AmebaGG NEWS

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2012年02月23日

自然

テーマ:あげな・こげな
博多ホメホメ新聞-TS3R00210001.jpg

以前に、漁師の方々と半日ご一緒しました。

自然相手に仕事をしている人は、

いい顔をしてました。

矮小な自我など、

恥ずかしいものです。
最近の画像つき記事
画像一覧へ ]
2012年02月23日

テーマ:あげな・こげな
博多ホメホメ新聞-TS3R0027.jpg

仕事で奥飛騨に来ました。

四季のある国で

地域の四季の彩りを愛でる。

楽しい仕事です。
2012年01月23日

豊後高田市

テーマ:あげな・こげな
大分県国東半島の人口2万4千人程の町・豊後高田市。
 
近年は、昭和レトロの町として観光客に人気の町です。
 
懐かしい風景や品物が残っていることを利用したまちづくりができたのも
 
町があまり大きな変化をしてこなかったことがよかったのだと思われます。
 
ところが、この町はレトロと対極の魅了的な取り組みも行っています。
 
それが、「学びの21世紀塾」です。
 
地域の大人が自分の得意分野を、地域の子どもたちに教える寺子屋のような制度です。
 
かつては「戴星堂」や「涵養舎」をはじめ多くの寺子屋が存在したという豊後高田市ならではの取り組みです。
 
こうしたことを実現化している町にたいへん感銘を受けました。
 
陰ながら応援したいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
2012年01月06日

昇華

テーマ:あげな・こげな
企業内外のコミュニケーションにおいて形骸化が散見されます。 
 
 
キャッチボールと同様に、取れるボールを取り損なったらエラーです。
 
よく確認せずに早合点をして誤解釈すれば、それは受け手のミスです。
 
 
一方、暴投は投げる側のミス。相手が手を伸ばしても動いても取りにくい球を投げては意味がありません。
 
細かい字の数ページに及ぶ書類を、不案内な相手に投げ込んで、相手が理解できなかったとしても、それは情報の送り手のミスです。
 
 
コミュニケーションもキャッチボールも、まず相手に届けたいという思い遣る気持ちが無くては、何の意味もありません。
 
かつては“見て見ぬふり”も、ひとつのコミュニケーション技術でした。
 
今は、もっと積極的に関わって、コミュニケーションによる相互協力で、新たな局面を切り開いていく時代です。
 
本来、コミュニケーションはもっと自由に膨らんでいくものなんです。
2012年01月06日

選択

テーマ:あげな・こげな
博多ホメホメ新聞-120103_1843~010001.jpg

博多ホメホメ新聞-120103_1805~010001.jpg


実家に新年の挨拶に伺って

鰤雑煮や刺身や酒などで

いつものように、わいわい賑やかに。


言ってしまえば、

ただみんなで飲食しながら会話しているだけ

なのですが、

家族は人数が多いほど

なんだか楽しいんです。


先の三家族での家族旅行も

ザ・御一行様 なスペシャル感があったのは、

やはり大人数だったからだろうと思います。


時代は少子高齢化、多くは単身世帯、

無縁社会とも言われています。

絆に対する飢餓感はシェアハウスなどの住まい方にも見て取れます。


新聞やテレビで目にする市井の声には、震災後明らかに変化を感じます。

経済至上主義、成長至上主義ではなくなった実感があります。

振り子が方向を変えた瞬間、手元で僅かな角度を帯びた方向が

長い懸垂糸の先では大きな違いとなって現実化します。

今このときの小さな兆しをとらえて、しっかりと地に足をつけて歩いていきたいと思います。


一刻一刻の選択の先に、私たちの頼もしい未来が広がっています。
2011年12月25日

クリスマス

テーマ:あげな・こげな
博多ホメホメ新聞-西川チキン.jpg

イヴの晩餐のあと、

デザートをいただき、

トランプやジェンカで遊ぶ。

下の子が大富豪で見事な大逆転を遂げ

うわぁ~ と一同驚く。


今朝は今朝で

今年もサンタクロースが来たと喜ぶ。

僕は職場へ、あとはピアノの発表会へ。

きちんとした服に着替えて

各々出掛けた。


何気ない日常だけど、

家族の人数がMAXの今だから、

こうして何をするのも賑やかで楽しいのだろうな。

今のうちだな、

大いに楽しもう。
2011年12月19日

感謝して参りましょう。

テーマ:あげな・こげな
人は、だれかの役に立ちたい。

人間の本能です。

役に立っている度合いは、

相対化できません。

自分がどんな時に

人から感謝されているかも

あんがい本人には判らないこともあります。

まぁ、生きているうち

生かされているうちは

まだお役目があるということ、

感謝して参りましょう。
2011年12月10日

そして、社会も。

テーマ:あげな・こげな

人は、変わります。


社会環境が変わって、情報源が変わって、


列島も活動期に入って、自然環境も変わって、


でも、人は変わらずに営みを続けて。



それでも、


価値観や、暮らし方は、変わっていくのです。


今、うまくいっていないことがあれば、それは伸び代、変わり代があるということ。


課題が無ければチャンスも無い。



課題に気付けることは、営業センスとも言い換えられます。


想像力を働かせて、相手の立場に視点を移して、実際に足を運んで、言葉を交わして、


課題を獲得できれば、ずいぶんいいところまで来ています。



人は、変われます。そして、社会も。

2011年11月22日

戯言

テーマ:あげな・こげな

気持ちよく秋晴れた日は、


日没とともに放射冷却でぐんぐん気温が下がります。


美しい夕映えに帳が下りると、肩をすくめるような冬の寒さがもうそこまで。



秋空、夕暮れ、星空..と美しい空の表情と


しんと冷えた空気を感じると、


晩秋だな と思います。



この季節になると、


平和台球場からゾロゾロと帰る黄昏時を思い出します。


ラグビーの県大会を応援に行った帰りの風景です。



声を嗄らして、ひとつになって、母校にエールを送ります。


全学年全校生徒がひとつになる経験、


今でもラグビー部は眩しく感謝しています。



あの頃を思い出すと


不器用で、正直で、純情な、時代だったと思います。


子どもや学生だけでなく、大人もみんなそうでした。


真面目にやって貧乏くじを引けば、こんちくしょう、と感情をあらわにしたし、


それを慰める友達もいた。


大人が一生懸命で、失敗もたくさんしていました。


それでも腐ることなく、明日に明るい顔を上げ、また元気よく歩き出した時代です。



今は、技術や道具が進化して、


ともすれば昔よりも簡単に何でも出来てしまいます。


パソコンが使えれば、デザイナーやコンポーザーにだってなれそうなほど。


スマートな時代ではあるけれど、ちょっとひ弱な気もするし、


年間数万人の人が自ら命を絶つ時代なりの病みも感じます。



技術革新や進化した道具がなかった時代は、


懸ける時間と情熱と想いが、今よりももっとあったようにも思います。



お茶の間で見られていたテレビの視聴率は下がり、


もはやyoutubeの方が見られている時代。


しかもパソコンからスマートフォンやiPadなどのスマートデバイスで


個々が各々のコンテンツを楽しむ時代になりました。



価値観も多様化し、ライフスタイルもそれぞれです。


互いに共感できることが少なくなり、リアルで共有する時間さえも減ってくれば


SNSでゆるやかに繋がっていることの心地よさや安心感はなおさらなのかも。



かつての僕らのように


同じ気持ちで夕暮れを歩くことも


もはや難しいのかも知れません。



多様な価値観のグローバルな環境で


互いの思いを交わしていく新しい人たちが


今後もっと増えていくでしょう。



一番大切なことは、


考え思う主体である「私」が在ることと


それを伝える「コミュニケーション」。



いつの時代も問題や課題はありますが


今の若い者には感心しています。


かれらはきっと、今以上に素晴らしい時代を切り開いていくことと思います。


世界的な不景気や大きな自然災害を機に、


人間の中に眠っていた力が表層化してきているように感じるからです。


そして、その先頭を歩いているのは、いつの時代も「近頃の若者」です。



今を全肯定して、なおさらに突き抜けていけ。


2011年11月19日

楽しいなぁ

テーマ:あげな・こげな

もうこの歳になってくると猶予が無い。


いつか なんて 言ってる場合でもない。


ほしいものは、ほしいと取りに行くし、


いやなものは、そっけなく避けて通る。


我儘に 我儘に 人の迷惑でない範囲で


我がのままに 思いのままに 素直に生きるのだ。


だから 楽しい。


むしろ 楽しむ。


いろんなことがあって当たり前。


それでも 感謝して


今日一日を拝受して


どんな運命も楽しんで飲み干すのだ。



生きていることが楽しい、というのは


かつて私が思っていたよりも


ずっと深い感覚だなぁ。。

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
    powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト