作家の乃南アサさんが日経新聞の取材に語っていました。
「生きる力」についてです。
生を全うするのは当たり前のことで、なぜ生きるのかなんて考えない時代があった。
必死に食べ物を確保し命を永らえる。子を産み、その大事な命を守るために必死で働く。
食べて雨露をしのげれば人間はどんな状況でも生きていける。
そうした生き物としての力が本来的に備わっている。
今回の震災に仙台で体験した同氏は、
同じ運命を背負った人たちが助け合い、
ときに智恵を使って互いの衝突をいなしたりかわしたりして
懸命に生きている姿に、これこそ人間本来の素晴らしい生きる力だとしています。
今の人は人生に快楽を求め、ごほうびがないと頑張れない。
生き方が多様になり、テレビや雑誌で成功者を見ると、もっと別の生き方があったんじゃないか、
自分は貧乏くじを引いたのではと思う、 とも考察していました。
自分の生き方に満足していると、つまらない人と言われる。
今は何が幸せかもわからない。ぼんやりとした不幸せ感が社会をおおっている。
そして最後に、被災地の人も私たちも、深く考え込まないでとにかく生きること。
理屈はあとでついてくる。 とありました。
被災地の人は、人間本来の「生きる力」が、
発揮しやすいモードに切り替わっているのかもしれません。
むしろ問題は、被災しなかった私たちのほうです。
本来の人の力を互いに信じて、力を合わせて共存していくことに、
もう少し心を配ってもいいのかもしれません。
今日、一年間担当してきた自治会の役員の仕事がすべて終わりました。
次年度の役員に仕事を引き継いで、ようやくお役目御免です。
また数年後に回ってきますし、当年は時間や手間が掛かりますが、
これとてやはり、皆で住み易い快適な居所を維持していくために機能している仕組みですから、
工夫しながら続けていくのが良かろうと思っています。
とにかく一年間、やりきることができてホッとしていますし、よかったとも思っています。
私たちと同じ代の役員の方々も皆よい人たちで、お互いに楽しかったね、と労をねぎらいました。
短い人生の一年間、自治会役員として地域の仕事をできたことは大変有意義でした。
皆に感謝しながら、よかったなぁ。。と充実した満足な気持ちです。
久し振りの感覚でした。
家族の時間、仕事の時間、地域のゆるやかなつながりの時間、
仕事の後の酒場での時間、友達との趣味の時間..
もう残りの時間はそれほど豊富ではないのだろうから、どんな時間も大事に楽しませてもらおう
そんな風に考えています。
この人たちと、こんなふうに時間を共有できるのも、そう何回もないのだろうから、と思うと、
その時間がとてもいとおしく感じます。
そんなふうに関わっている人たちと、そこに居る私を、少し外側から眺めてみると、
ふだんより少しだけ やさしい気持ちになって その時間を愛でるように楽しめるものです。
自分の本当にしたいことをしないと、自分の人生でなくなってしまう。
そして、自分がしたいのは強引に押しのけながら生きることではなく、
人として共に生きていく、という楽しみ方です。
これからも、私の人生を、私のものにするために、大事に ていねいに 過ごして行くつもりです。