貞観元年、吏部尚書長孫無忌は、太宗より

 

お召を受けて、宮中に参内した。

 

うっかりして佩刀をはずさず、腰に付けたまま

 

東上閤門に入る。宮中から退出してから、警備を

 

している武官が初めて気付いた。

 

処分をする評議の際、尚書右僕射封徳彛が

 

「監門校尉が気づかなかったのは、死刑に相当する。

 

長孫無忌が刀を帯びて宮中に入った罪は、徒刑2年、

 

罰として納める銅銭が二十斤がよろしい」と言った。

 

太宗は、その意見に従うことにした。

 

 

 

 

 

 

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