2010-09-13 20:30:16 1mystudioの投稿

神聖かまってちゃん / ロックンロールが鳴り止まないっ

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前回の日記で夏とはオサラバする予定でしたが、
本日も外を歩けば燃えるように熱く、
まだ蝉の鳴き声は鳴りやまないのでしょうか。

鳴りやまないのは『神聖かまってちゃん』の音楽も同じくで
全くこのバンドの事なんか知りもしなかったのに、
YOUTUBEで見かけてからは私の頭の中を
メロディーがループし続けている。

バンドのポジショニングとして、ボーカルの
ちょっとひきこもりチックなキャラと、
ノイジーでありながらもクリアな音世界のアンバランスさ
が売りといったところ。

後ろ向きな今の時代の若者像の一つ、
を表現していることになるのでしょうけれど、
私はなぜか70年代に何かを求めて街をうろついていた
若者たちが重なって見えてしまうのです。

ビートルズやピストルズなんてものは、
平成生まれの、携帯電話が一番の遊び道具である
現代若者にとっては、はるか昔の世界遺産でしか過ぎないのに、
大人が熱狂したと同じように、心を掴んで離さない
何か感じるものがある。

街を徘徊せずにはいられなかったのに、今はもう大人の世界に
どっぷりと浸かっしまったあの頃の若者と
同じ情熱をなぜか感じ取ってしまう
このメロディーとリズム。

「抑えきれない何か」を持っていて、
頭の中でロックンロールが鳴り止まない限り、
きっと青春時代というものは終わることはないのでしょう。

私の耳からはこの夏『神聖かまってちゃん』の音楽が鳴りやまなかったのでした。


2010-08-31 21:52:51 1mystudioの投稿

レメディオス / フォーエバー・フレンズ

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大好きな夏が去っていきます。
(今年はまだちょっと夏が続きそうだけれど。)



夏というのは誰もが子供時代に帰り、青春時代を懐かしみ、
終わりになるにつれ、現実に帰らなければいけない季節です。


夏になるとどうしても思い出してしまう映画が二つあります。


一本は「おもいでの夏」。

青春時代に見た映画で、 かなりショックを受けた思い出があります。


原題が「summer of 42」



舞台は1942年の夏。



1942年というと、いわゆる戦時中での話。



日本の戦時中の耐乏生活とは正反対にアメリカでは
のんびりした生活が毎日続いていきます。



その年の夏休みに経験した15才の少年の若き人妻
との出会いと別れ。



人妻の夫は戦争に出兵し、一人残った妻は
主人公の少年と知り合う......



この人妻を演じているジェニファー・オニールの美しさ
に当時の私は完全にやられてしまいましたね。



元モデルということで美しさは納得できるのですが、
映画を見ている間中は、主人公に乗り移って見ていますから、
二度と会うことができない現実や、彼女の運命のはかなさが
胸に突き刺さって、思い入れが倍増してくるわけです。



私はジェニファー・オニールとは
真剣に結婚を考えましたよ。



家出まで考えましたから。


本当に。



10年以上前にバラエティ番組にてジェニファー・オニールが
その後何をやっているか、という取材をしていまして、
たしか結婚をしてオーストラリアに住んでいるとのことでした。



相変わらずきれいで、娘がまた美人でした。




「思い出」や「想い出」ではなく「おもいでの夏」
というタイトルがなぜかぐっと来てしまいます。


初めて見たのは高校時代。



家にエアコンなどない頃で、避暑がてら
地元にあった名画座に自転車で通って観た、
二本のうちのひとつでした。



当時は思春期まっただ中の情緒不安定な時期でしたから、
見終わったあと、しばらくは何も手につかなかったことを
思い出します。



ニューイングランド地方の海岸線が
叙情的な舞台設定に一役買っていて、
いつかあそこに行ってみたいと思いながら
30年以上が過ぎています。



すでに大人になった主人公のナレーションが
映画のはじめと、終わりにかぶさって来て
青春は、過ぎてしまう一瞬の「おもいで」であることを
痛感させられる。



     その後は会うこともなく 消息も知らない

     あのころ私たちは子供で

     衝動的に生きていた

     日々は忙しく過ぎ

     私たちには重大なことも 起こっては消えた

     42年の夏 私たちは

     沿岸警備隊基地を4回襲い

     映画を5本見た
           
     雨が9日 降った

     ベンジーは時計を壊し

     オスキーはハーモニカをやめた

     私は特別な体験の中で

     子供の日と決別した 永遠に



この原作を書いたハーマン・ローチャー
(映画の主人公がハーミーという名前)
は映画がヒットした後、ジェニファー・オニールが演じた
ドロシーから手紙をもらったそうです。


彼女は子供がいて、すでに孫もいる年齢になり
幸福に暮らしていたということでした。


+++++++++++++++++++++++++++++

もう一作は「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」



初めて見たのは、フジテレビの1時間ドラマで、
実際にそのときに見たのは残り10分くらい。



「変わった感じの面白いドラマだよな」とそのときは思い、
何か心に引っかかったまま、しばらくして再放送を見て、
これまた完全にやられてしまいました。



大人びた女の子を演じる奥菜恵のせつなさと痛みが
「おもいでの夏」のジェニファー・オニールとも
重なって見えます。



「あの世代」の女の子は男の子よりもずっと大人びていて、
いつか遠い所に行ってしまう予感を男の子側は感じながら
日々を送っていたのです。



小学生の5人組が主人公で、その中の一人とクラスメート
の女の子との恋を描いた作品。



テレビ用に作った短編で、後に映画館でも上映されました。


これくらいの年代は思春期の入り口で、
その向こうに青春時代が待っていて、
子ども時代との別れの準備期間でもあります。



二十代以降の青春体験というのは四十代、
五十代になっても再現が可能ですが、
十代の青春というのはその瞬間でないと味わえない、
再現不可能な貴重なものだと思うんです。



何となく過ぎていく夏のある一日。


夏休みの毎日がゆっくりと進む。



プールと、草のにおいと、アスファルトの照り返し。



永遠に続くような子供の時代もいつかは終わりを告げ、
突然、人生ではじめての「青春」というものと出会う。



「青春」とは別れ、痛み、何かを失うこと。



二学期からは転校でいなくなってしまうクラスメート
との学校のプールでの別れ。



夏休みが終わると今まで仲の良かった友人の席は
からっぽになったまま。



花火を真横と真下から見た時、彼らは少年から
別れを告げ、大人への階段に一歩、足を踏みだす。


そして一度踏み出してしまうと、もう二度と
あと戻りはできない。


両作品とも「十代の青春」「悪ガキグループ」
「かなわない恋」「永遠の別れ」「ノスタルジー」
そして「夏」という、青春ドラマの感動の
定番パッケージ商品なのですが、
それが解ってはいても、それでも涙ものです。



実は私も中学時代にクラスメートの女の子が
病気で亡くなり、一度も見舞いに行かなかったことを
後悔したことがありました。



しばらくの間、胸に突き刺さり、永遠の別れのつらさを
生まれて初めて実感したのでした。




もしあなたが、失ってしまった十代の頃の感性を
取り戻したいと思ったなら、両作品とも絶対
におすすめします。



主人公たちは今はもう大人になってしまっていて、
あの日の別れのことなど、
すっかり忘れてしまっているのでしょうか。




あのころ感じた夏空の青さも校舎の静けさも蝉の声も
今とは違う。


十代の夏は二度と戻らない。



でも青春の夏は毎年全ての人の前にやってきて
そして去っていく。



夏という季節は「青春のあの日」に帰るためにある。



今年の夏よさらば。



また来年会おう。


2010-08-26 23:17:29 1mystudioの投稿

はっぴいえんど / 夏なんです

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夏は子供たちの元気な姿をあちらこちらで見かけることが出来て,
元気な気持ちになれる季節。



夏休みが終わりに近づき、彼らの声が通りから消えてしまうのは
さびしいものです。


近年「右脳ブーム」というものが出現し,右脳を鍛えれば
人生の成功者になれる,といった売りの本も出版されていますが,
「人生の成功者」を目指そうとする時点で右脳的可能性は
しぼんでしまうのではないかと思うのですが。



右脳を鍛えたかったら子供が描いた絵を眺めて
見るのもいいでしょう。



子供の感覚にこそ「右脳的」に見習う価値は
あるんじゃないかと思います。



よく言われるのは「子供の絵を真似るのは無理」
という言葉。



全くその通りで、あのタッチは誰にも真似られない。



誰もが通った道なのに大人になった途端100%の人間が
右脳からその感性を捨て去ってしまう。



子供が「子供の絵」を書けると言うのは、
誰かに評価されることを一切考えてなくて、
ただ書いていることが幸福で夢中になれているから。



多分、誰かからの評価を得たいと思った瞬間に、
輝いていた才能はどこかに消えてなくなるのでしょう。



我々のような「他人の評価が気になって仕方がない大人たち」は、
すでに彼らと同じ絵を書くことはできないけれど、
文章だったらまだ多少は後を追いかけることもできるかも。




ということで今回は全国の小学生の作文を集めた詩集の紹介です。




== == == == == == == == == == == == == == == == == ==


「ユーモア詩集」 

 
日本作文の会

== == == == == == == == == == == == == == == == == ==



         『ふしぎなこと』

         
         せんせい

         
         ロケットって

        
         とんでいくとき

        
         そら こわれへんの

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

三次元のものを二次元で想像して見るとかなり面白い。

二次元のものを三次元で見てもまたおもしろい。

これってけっこう右脳的。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


          『幸せ』



    1「松ちゃん幸せって何」

    
    2「幸せというのは楽しいことや」


    1「おれの幸せは学校の保健室でねること」


    2「お前授業中保健室行ってねるんか」


    1「ちゃうけどしてみたいということや」


    2「俺は遊んでいるときが幸せや」


    1「勉強がしたないだけやろ」


    2「お前もいっしょやろ」

   
    1「うちのお父さんはおふろあがりに
     パンツ一ちょで野球を見ながらビールを飲むことやで」

   
    2「うちのおとうちゃんも
      トランクス一ちょで巨人戦見てる」


    1「お母さんはテレビ見ることかな」


  2「うちのお母はんはカルピスのんでふとんの中にいてる時」


    1「大人になると幸せって小さくなるねんな」


    2「今のうちに遊んどいた方がええな」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ホントホント。


遊べるときは遊んだほうがいいよ。


大人になると幸せって小さくなるんだよホント。


だからみんな無理して「でかい夢を追いかける振り」を
しているんだよ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

      『おとこのひと』



      びじんの女のひとがとおったら


      見てた おとこのひとが


      「ええけつしてるな」


      「ええかおしてるな」


      ていっていた


      そうじゃない女のひとが とおったら


      「ええ てんきやな」


      て そらを見上げていた

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

たぶん本当にいい天気だったんでしょう。


つまり「けつ」と「かお」を見るより、
空を見上げる事のほうが幸福だと、
今やっと気がついたわけですね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


       『あのこと』



        ああ



        神様




        ほとけ様



        大仏様



        ついでに スーパーマン



        ああ



        どうかあのことを



        妹がお母さんに



        言わないように



        ああ



        もう ..... おしまいだ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なんだ、なんだ。


テストの点数のことか。


おねしょをもらしたことか。


まあ誰にでも秘密はあるからな。


「謎」が多いほうが人生が魅力的だったりするし。


でも多分、妹は「あのこと」をお母さんに言うと思うぜ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


         『二学期始業式』



          あーあ、


          先生の顔見たら


          夏休みが


          ほんとうーっに


          おわったって、かんじがするよ


          せなかをしゃきっとしたいんだけど


          体の中


          まだ


          夏休みなんだよな

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そうなんだよな。


オレも毎年9月1日の朝は、目が覚めた時、
もしかしたら夏休みの最初の日にタイムスリップ
しているんじゃないかと思って目を開けたけれど、
やっぱし夏休みは終わってたよな。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


           『漢字の試験』


           きょうは漢字のしけん。


           よし、百点、とってやる。


           だんだん書いていく。


           先生が、タビ、といった。


           あたりをみまわした。


           窓から旅かんがみえた。


           旅かんのかんばんに


           旅、という字がかいてあった。


           ぼくは、見てかいちゃった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

エライ。


「要領がいい」っていうのは何にも悪いことじゃないからな。


カンニングなんて言うのは「知的労働」なんだから、
その報酬を受ける権利はあるんだよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

          『さんかん日』



          さんかん日だ。


          お母さんたちが、


          きれいになって来たぞ


          ぼくんちのお母さんは、


          スカートをはいて来たぞ


          先生、


          さんかん日って、


          おしゃれする日なのかな

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そうです。


この日のために最高級の化粧品を無理して買って、
スカーフなんか巻いて、口紅なんか何回も塗りなおして。


お母さんにとってのこの日は戦いの日。


そうなんです。人生は戦いなんです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


          『せんせいあのね』



          おかえりのよういって


          ぜんぶ


          らんどせるにいれるの


          がっこうも いれて


          もってかえって


          いいの

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もちろんいいとも!


友達も持って帰っていいし、校庭も持って帰っていい。


ついでに学校から見える夕焼けやサッカーボールを蹴る音や
赤とんぼでいっぱいになった空も。


今この瞬間の自由も、二十年後の自分のために持って帰っていい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


どうですか

あなたの右脳はビンビンに刺激されましたか?


2010-08-22 12:51:23 1mystudioの投稿

デオダート / 輝く腕輪とビーズ玉

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ずっとネットの通じない世界にいたため、日記の更新が途絶えていましたが、
また復活いたしましたのでよろしくお願いいたします。

さてCTIレーベルの続きになりますが『CTI』は
『Creed Taylor Issue』の略で『クリード・テイラー製作』という
べタなネーミング。

そしてCTIを語るときどうしても外せないアーティストがいて、
それはご存知デオダートになります。


今はもう過去の人扱いですが、彼の作り出したサウンドは
世界中のミュージシャンのDNAに入り込んでいると
確信していますよ、私は。


1964年、ブラジルでデビューした後、アレンジャーとして、
フランク・シナトラ、アレサ・フランクリン、
アントニオ・カルロス・ジョビン、ミルトン・ナシメントなどの
数々のアルバムの製作に携わる。(ウィキペディアより)

70年代に入って「クロスオーヴァー」ムーブメントが始まりますが、
彼こそがその波を起こした一人であるのは間違いありません。

クラシック作品『ツァラトゥストラはかく語りき』を
電化ミュージックに仕上げた作品がなんといっても有名で、
多くの人にとっては「今さら」的な曲になるでしょうけれど、
アレンジとか音源の選び方なんかは21世紀の今から見ても
抜群のセンスであります。

他にもジョージ・ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」とか
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」、
スティーリー・ダンの「ドゥ・イット・アゲイン」、
ムーディー・ブルースの「サテンの夜」なんかを
天才的センスでカバーしている。

クラブミュージックというジャンルから眺めてみると、
マイルス・デイヴィスとデオダートの音源をいじっていればだれでも
アーティストになれてしまうという、世界遺産レベルの才能の持ち主です。

この曲『輝く腕輪とビーズ玉』はパーシー・フェイスの曲を
ダンスバージョンにアレンジした軽快な曲。

今だと車の中でカーステレオで流しながら
海岸沿いを飛ばして走るとキモチよさそうなアレンジ。
(クーラー必須)

今の音楽シーンではもっと評価されるべき一人になるでしょうね。
2010-08-06 15:19:52 1mystudioの投稿

アントニオ・カルロス・ジョビン / ウエイブ  

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マイルスを語ると、なぜか電化ジャズという表現を
使いがちですが、70年代では『クロス・オーヴァー』という
くくりでよく語られれておりました。

このクロス・オーヴァーというジャンルを発展させた最大の貢献者は
クリード・テイラーになるでしょう。

元々彼はA&Mレコードの中にCTIレーベルを立ち上げます。

そして、ジャズが一時の勢いを失っていた時に、ポップなコンセプトのインストもの
をプロデューサーとして発表して行くわけです。

当然熱気を放っていたロックのマーケットを意識したのでしょうけれど、
CTIレーベルの作品の持っている独特の黒さというか、独自のグルーブ感は
今も昔もワン・アンド・オンリーの個性を放っていると思います。


アーティストとしては

アート・ファーマー
アイアート・モレイラ
アントニオ・カルロス・ジョビン
ウェス・モンゴメリー
グローヴァー・ワシントン・ジュニア
シーウィンド
ジョー・ファレル
ジョージ・ベンソン
ジム・ホール
スタンリー・タレンタイン
デオダート
ハービー・マン
パティ・オースティン
ヒューバート・ロウズ
フレディ・ハバード
ポール・デスモンド
ボブ・ジェームス
ミルト・ジャクソン
レイ・バレット
ロン・カーター
などなどになり、バリバリのジャズミュージシャンも
CTIの息が吹きかけられると、なぜかグルーブ色が倍増してしまいます。

インパルスレーベルのプロデューサー時にはコルトレーンで一発当てた
テイラーの商才は、時代の変わり目をうまく利用し、電気の通ったジャズを
一般に普及させていくのでした。

彼の功績のもうひとつは、まだローカルな音楽だったボサノヴァを
世界に普及させて行ったことでしょうね。

アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトという、
今ではビッグネームの彼らへの先物買いに成功したわけです。

『ウエイブ』という曲はボサノバの代表曲で、コード進行はちょっとややこしいですが、
ハマると非常に気持ちのいい演奏ができる名曲。

もちろん聞いても気持ちよく、特にこの季節には最高ですネ。


2010-07-28 23:30:04 1mystudioの投稿

マイルス・デイヴィス / イッツ・アバウト・ザッツ・タイム

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1960年代後半からは、いよいよ「電化されたジャズ」の
時代がスタートします。

初めはロック、ファンクとの融合を試み、
徐々におしゃれなBGM化していく音楽に変貌を
遂げることで生き残りを図ったジャズという音楽。

初期のころは「クロスオーバー」というジャンル分けをされ、
次第に「フュージョン」という軟弱な音楽分野が発展していきました。


電化ジャズを最初に発表したのはマイルスだと思っていたら
どうやらキャノンボール・アダレーが一番初めだったようですね。

で、マイルス作品だとどうしても『ビッチェス・ブリュー』あたりの
吹きまくり作品を真っ先に思い浮かべてしまいますが、
歴史的な傑作アルバムとしては『イン・ア・サイレント・ウェイ』
を忘れることはできません。

彼は60年代後半でアコースティック・ジャズに別れを告げ
『マイルス・イン・ザ・スカイ』で実験的な電化作品を
まず発表します。


その後アルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』に才能が
昇華されていきますが、今聴いて感じるのは、
クラブ・ミュージックとして聴かれる「アンビエント・ハウス」とか
「トランス」に近い作品であること。

このアルバムはメンバーたちのセッションにおいて録音した音源を、
プロデューサーのテオ・マセロが編集して一つの作品に
仕上げていく手法をとっていますが、これって完全に
DJたちのやり方ですよね。

今じゃ当たり前の表現手法を彼らは40年以上前に使っていたわけです。

今みたいに最先端の機材もなかったでしょうから、
オープンリールのテープを切ったり貼ったする、オタッキーな
作業だったことでしょう。

私がハウスというジャンルを知ったのは90年代に入ってからですが、
当時通っていたクラブの雰囲気が70年代のアングラ感を上品にした
感じだったのを思い出します。
(90年代を「当時」なんていう表現で語る時代になったのか。)


このあと電化ジャズはテクニックを見せびらかす
フュージョンというジャンルに変化していしまい、
つまらなくなって行くのですが、
死ぬまでアンダーグラウンドなポップミュージック
を発表し続けたマイルスだけは、天才中の天才だった
ということになるんでしょうね。


2010-07-20 21:59:16 1mystudioの投稿

オーネット・コールマン / ダンシング・イン・ユア・ヘッド

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一旦ジャズに戻って今日はフリージャズの話し。

前々回にマイルスがモードと出会い、
ジャズをさらに自由な空間に開放したことを書きましたが、
そのまた更にフリー化させたのがオーネット・コールマンという男。

いわゆるフリー・ジャズの誕生です。

60年代のジャズはこのフリー・ジャズの革新的なアプローチを
スタート地点として、ジャズというジャンルを解体する方向に
向かっていくのですが、それだけオーネット・コールマンの作りだした音楽は
それまでのミュージシャンにとってはインパクトがあったということでしょう。

実際にはサン・ラとかセシル・テイラーがすでにフリーミュージックの
コンセプトで音楽活動を行っていましたが、もっとポップな形で
世の中に出したのがオーネット・コールマンで
彼はプロデュース能力もなかなかのものです。

ジャズ評論家の相倉さんはジョン・コルトレーンの死とともに
ジャズは死んだと述べていますが、私はフリージャズの登場により、
もうやることがなくなってしまい、死に至った、と考えております。

もうこの後にジャズという分野で新しい何かを生み出せなくなってしまい、
進化が行きつく先まで逝ってしまった。

マイルスはオーネットの生み出した音楽を批判していたようですが、
絶対に「先にやりやがってチクショー!」という
嫉妬心からのものでしょうね。

こう見ていくと、現代音楽に近づくジャズと、
ロックに向かってしまうジャズに分かれるのですが、
歴史に綿々と受け継がれていくアカデミックな音楽と、
近代に誕生したコマーシャリズムバリバリの
ロックという音楽に吸収されてしまうというのも、
皮肉なものです。

2010-07-13 22:29:25 1mystudioの投稿

ヴァンゲリス / アンセム

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ワールドカップ南アフリカ大会はスペインの優勝で幕を閉じる。

今大会は始まる前はわが日本代表の惨敗必至で多くの人は
クールの構えていましたが、予想外の活躍に日本人も燃えました。

決勝戦は勝つ資格のあるスペインが勝ち、
サッカーの面白さを思う存分伝えてくれた。

こう見えても私は中学高校とサッカーをやっていたため、
日本サッカーが不遇時代からずっとこのスポーツを見続けてきました。

ワールドカップで思い出すのは1978年のアルゼンチン大会。

私が上京した年に開催された大会。

当時は今のようにインターネットはもちろん、BS,CS放送もなく、
日本国内にはサッカーやフットボールというスポーツが存在していないような
状況だった。

当時住んでいた四畳半のアパートに14型のテレビを置いて
夢中になった1ヶ月間でした。

あの時はジーコがブラジル代表として初めて出場したものの、
チームは今回同様平凡な出来で去って行った。(一応3位にはなったけれど)


フランスのプラティニもW杯デビュー。

非常にいいチームでその後の活躍を予感させる試合ぶりだったものの
グループリーグ敗退。

まだこの頃はアジアやアフリカはお客さん状態で、ヨーロッパや南米には
全く歯が立たない状態だった。

このときの優勝メンバーの一人がオズワルド・アルディレスでその後
Jリーグチームの監督としても活躍。

私はその年か翌年の日本で行われたジャパンカップという大会で
確かアルヘンチノス・ジュニアーズと彼のいるトットナム・ホットスパー戦を
国立競技場に見に行ったのを覚えています。

まだサッカー人気は希薄な時代。

客席はガラガラ。

ほとんど観光気分でやってきただろう南米とヨーロッパの強豪チームでしたが、
本番になると勝負にこだわる彼らの本能が目覚めたか、かなりの熱戦でした。

話は戻って、アルゼンチン大会の決勝は『アルゼンチン対オランダ』

アルゼンチンが延長で3対1で優勝。

『アルヘンチーナ』の大合唱と紙吹雪は今でも強烈な印象として残り、
日本人の中にもアルゼンチンサッカーのファンを多く生んだ大会だったと思います。

そして結局今回も、オランダは延長戦で涙を飲んだのでした。

ワールドカップは戦争も止めてしまい、世界がこの一カ月の
ためだけに動くという、人類にとっては絶対に無くすことのできない大会。
(自分たちが世界一になれないスポーツを認めようとしない
アメリカ人にとっては別ですが)

78年はジーコ、プラティニ、ロッシ、ルンメニゲという
その後のサッカー界を動かす選手たちを生んだ大会。

決勝戦を生中継で夜中に起きて見ていた私は、
試合終了後も興奮で眠る事が出来ずに
ついさっき終わったばかりの試合が書かれた新聞がないかと
(あるはずないのに)駅前まで歩いて行き、スポーツ新聞を探すのでした。

仕方なく部屋に戻り、さっきまでの試合を思い返しながら
眠りについたのでした。

しかし興奮は抑える事はできず、午後に目が覚めると、
東京スポーツの早刷りを買って記事をむさぼるように読んだのでした。

2010年の昨日、東京スポーツを駅の売店で手に入れてもちろん読みました。

32年前と同じように。

ツイッターやブログで感動と興奮を、赤の他人と共有するなんてことも
できなかったあの頃。

日本がこの大会に出場するなんてこと自体、夢としても見ることもできなかった、
サッカー不毛の時代だったあのころ。


当時のサッカーファン、関係者たちに、32年後には日本は
ワールドカップに出場してあの強豪デンマークを破ったことを
今から伝えに行きたい気持ちです。


もちろんだれ一人信じることはないでしょうけれど。


ヴァンゲリスの『アンセム』は2002年大会の公式テーマ。

あの一ヶ月間も楽しかったよなあ。




1978年の翌年、日本を舞台にしてさらに強烈な才能が世界デビューを果たしました。

その名はディエゴ・マラドーナ。

日本で開催された79年ワールドユース大会でアルゼンチンは優勝を果たし、
歓喜の中カップを持ったマラドーナが国立競技場のトラックを走りまわったのを昨日のように思い出します。


次の大会も代表関係者になって出てほしいよな、マラドーナ。
2010-07-06 22:41:30 1mystudioの投稿

マイルス・デイビス / ソー・ホワット

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ジャズの歴史の中でチャーリー・パーカーの存在は
非常に大きなものでした。

大袈裟ではなく、今この瞬間の音楽シーンにもDNAが
受け継がれているのではないかとも思いますが、
ぞれ迄のムードミュージック的ジャズとは違い、挑戦的で
パンキッシュで破滅的な所なんかは60~70年代のロックシーンに
通じるところがありました。

黒人がメインで動いていたジャズの中で白人が関わってきたのが
クールジャズが始まった40年代あたりで、ウエストコーストを中心に
インテリ向けのジャズとして発展していきます。

そうこうしているうちにジャズの一つの分岐点が1955年にやってきます。

それはチャーリー・パーカーの死によって。

その後も当然ジャズとしての音楽シーンは続いていきますが、
この後教祖を失ったミュージシャンたちは次の生き方を模索し始めていくわけです。

このままでは過去のスイングジャズと同じでマンネリ化していく運命を感じ取り
マイルス・デイヴィスなんかは持ち前のアンテナの感度を高め、
時代を動かすべく「モード」の世界に突入するのでした。

モード・ジャズという言い方がありますが、
これは何かといえば、これまでのコード進行の中で演奏する代わりに、
例えば4小節丸ごとはあるスケール(ドレミファソラシド)の音を
好きに使って演奏してよい、という決まりの中でアドリブを行う手法。

これですと、コードが激しく動いて、それについていく大変さから解放され、
もっと自由に演奏が行えるというメリットがあり、毎日の決まり切った
演奏から解放されたかったミュージシャンにとっては刺激的な音楽だったのでしょう。

マイルスはこの奏法に出会ったことで、その後ロック色を強めていく。

自由に何かができるというのは、実際には非常にテクニックを要する世界でもあり、
コードに縛られない分、演奏は難しくもなってきます。

そして自由を追求すればするほどジャズという音楽から離れて行き、
結局21世紀の今では完全に過去の音楽になり、クラシックとしての
ポジションだけが残ってしまった。

彼はある意味ジャズとの決別を「モード」というメッセージに込めたのかもしれません。



2010-06-28 22:10:53 1mystudioの投稿

スタン・ゲッツ&アストラッド・ジルベルト / イパネマの娘

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キャノンボール・アダレイがファンクな日々を送り始めた
1950年代半ば、麻薬でヘロヘロになったミュージシャンが逮捕されます。

ウィキペディアによると
「1954年には注射用のモルヒネ欲しさにシアトルの薬局で
武装強盗未遂事件を起こして逮捕され、
ロサンゼルス郡南カリフォルニア大学医療センターに収容されてしまう。」

その犯罪者の男の名はスタン・ゲッツ。

服役を終えたゲッツは北欧に居を構え、その後アメリカに帰国し、
ボサノバとジャズの融合させます。

ジャズというのは様々なジャンルと融合しやすい音楽。

アフリカの土着性と融合させたダラー・ブランドや
アルゼンチンのフォルクローレをサックスで表現した
ガト・バルビエリ。

即興詩とフリージャズなんていう組み合わせもあり、
ご存知のように60年代後半からはロックと手をつないだりと
常に居場所を探しながら動き続けた音楽。

スタン・ゲッツはクールジャズのジャンルでくくられますが、
その音色とボサノバの持っている精神性は非常に近いものがあったのでしょう。

彼はアメリカで戦い続けることに限界を感じ、麻薬で現実逃避を行い
北欧で出会った地元の民謡に魅せられ、アメリカ以外にも
文化が生きていることを実感する。

そして帰国後ボサノバに生きる意味を見出すのでした。

ボサノバというジャンルは、現実から抜け出すにはちょうど良い
リズム感だったのでしょうか。

アメリカでは今度はアルコール依存症に苦しむものの、
昔と違い、音楽活動においては充実していたことは間違いないでしょう。

晩年ガンにかかり闘病生活を続けながら活動を続けるものの、
満64歳で亡くなります。

1991年6月6日の事でした。

この人のアルバムを一枚選ぶとしたら『スイート・レイン』に
なるでしょうか。

ボサノバから離れ、モードを意識した曲調の中、
スタン・ゲッツでしかさせない音色で、雨の情景を
想像させてくれる名盤でしたね。

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