人吉旅館

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熊本県南部の盆地にある城下町「人吉」。古くから「開拓の神様」として名高い阿蘇神社の分社として国宝指定される「青井阿蘇神社」の周囲に、まろやかな微弱アルカリ性炭酸泉(人吉温泉)が湧く。温泉は市民にも愛され、市内に点在する銭湯でも利用されている。神社から最も近い旅館が、清流球磨川のほとりに立つ「人吉旅館」。


よく掃かれた小石の前庭に木造二階建てのクラシックな風情は、旅人の心を癒してくれる。玄関を入ると磨きぬかれた廊下が連なり、ロビーでは名物球磨焼酎の試飲もできる。料理は、川魚や支那天(鶏の天ぷら)といった郷土料理のほかに、女将は韓国の出身ということもあって参鶏湯やビビンバなど本格韓国料理の人気も高い。


湯は少々加温されているものの申し分のない泉質で、美肌効果がある。茶褐色の湯が満たされた湯船のなかは木造りのベンチ式になっており、湯の中で腰をかけて力を抜けば旅の疲れが瞬時にして吹き飛んでいく。源泉のみを使っているため浴槽は広くはないが、飲むと胃腸にも効く湯は、九州の極上の湯のひとつだと思う。


球磨の小京都と呼ばれる人吉は、隠れた食の宝庫でもある。夜の街を歩けば、名物のうなぎ屋、居酒屋、ラーメン屋などが路地に軒を連ねる。「勝よし」で食べた煮込み、「竜」で味わった豚骨ラーメン、どれも文句のない味わい。人吉旅館は、一泊朝食でも、ひとり旅でも泊めてくれるので、折角なので連泊して、一泊は宿で夕食、もう一泊は街に繰り出してみるのもおすすめである。


球磨地方では観音信仰が深く、相良三十三観音の巡礼に現世利益を願う善男善女も多い。連泊した中日には観音様をいくつかまわり、健康祈願をしてみてはいかがだろう。


(2008年12月)


▼人吉旅館


熊本県人吉市上青井町160

JR肥薩線人吉駅から車で約5分。

人吉産交バスターミナルから徒歩5分。

0966・22・3141

http://www.hitoyoshiryokan.com/index2.html


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小会瀬

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1万円で大満足


新潟県東部「東蒲(とうかん)」と呼ばれる地域は、中世は会津領芦名藩だった。そのため、現在でも会津の食や風習が残る。東蒲の中心は阿賀野川沿いの盆地に広がる阿賀町。


阿賀町といえば、毎年5月に実施される「狐の嫁入り行列」で名高い。麒麟山にかつてそびえた津川城は、別名「狐戻城」とも呼ばれ、狐をも戻す急峻な要害の地。この麒麟山には、かつて狐火と呼ばれる光がよく見られ、まるで狐が提灯を点して行列をしているかのような様子が、現在でも春の神事として残る。


町の南部の山あいの八田蟹には、数多くの稲荷社があり、毎年稲荷寿司を持参し祀らねば祟りがあるという稲荷信仰が今でも残る。まさに「狐」に守られた地なのだ。


八田蟹から小会瀬(こあせ)川を遡ることわずか、ブナの森の中に小さな6室の宿「小会瀬」が立つ。主人の打つ会津そばや、特区として生産する「どぶろく」、そして旬の料理を求めて、地元の方々の宴席も多い。


宴席の後は、御神楽(みかぐら)温泉の湯で温まろう。


季節の変わり目に降る天気雨。阿賀町の森の自然の生業は、まるで狐の神々のいたずらのようだ。


もうすぐ、山の小さな宿は、深い雪の中で明かりを点す。静かな季節がやってくる。


(2008年11月)


▼小会瀬


新潟県東蒲原郡阿賀町広谷乙2091-1

JR磐越西線津川駅から車で約15分。

02549・5・3535

http://www.koase.com/


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群馬県の北西部、草津温泉へと通じる街道の谷あいに、12軒の宿が肩を寄せ合う「沢渡(さわたり)温泉」がある。古くから「草津の仕上げ湯、直し湯」として知られ、湯治客は草津の強酸性の湯で荒れた肌を沢渡のアルカリ性の湯で癒してから帰路についた。明治末期には50軒の温泉宿が立ち並び、賑わったという。


共同浴場のすぐ隣、木造2階建ての宿が「まるほん旅館」。家族経営の全18室の小さな温泉宿だが、沢渡温泉ではこれでも最大規模だ。創業400年を誇り、現在でも湯治客が多いという。一般の温泉旅館と違い、「連泊」客が半数以上で、「リピーター」がとても多い。「一人旅」も歓迎しており、その理由は、「一日に多くの客を取り過ぎてはいけない」という先代の教えを貫き、守っているためだ。沢渡温泉の多くの宿が、源泉かけ流しであり、泉質を守るため、湯船もそう大きくはない。そこで、いつでもゆっくり湯に浸かってもらうため、お客を詰め込んだりすることは決してしないのだという。


「湯小屋」と称するまるほん旅館の大浴場は、吹き抜け天井の総ひのき造りの建物に湯船が2つ。肌にまとわりつくような塩化物泉がとうとうと注がれている。湯に浸かるだけで肌がつるつるになる沢渡温泉の湯は「一浴玉の肌」と称される、いわゆる美人の湯だ。


食堂でいただく食事は、地のものが工夫して提供され、ボリュームもたっぷり。クセのない鯉とこんにゃくの刺身には、キレのある地酒の冷酒がしっくりと合う。量の少ない夕食献立は、通常献立から「鮎塩焼き」と「茶碗蒸し」を差し引く。それでも、療養滞在客や女性には十分な量だろう。


まるほん旅館の周辺には、深山幽谷のごとき霧降の滝など往復2時間くらいのハイキングコースがあり、広葉樹に囲まれた山々のなか、のんびり滞在するのも悪くない。


(2008年10月)


▼まるほん旅館

群馬県吾妻郡中之条町沢渡温泉

JR吾妻線中之条駅から沢渡温泉行きバスで25分。

0279・66・2011

http://www.sawatari.jp/





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上松屋旅館

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 たまには一人旅、という老若男女が増えている。

 忙しい日常を抜け出し、温泉にどっぷり浸かり、上げ膳据え膳を楽しむ。明日の鋭気を養うための命の洗濯だ。


 そんな時、覚えておいて便利なのが、「上松屋旅館」。

 平日は常時、一人旅を受け入れてくれる。いずれにしろ、週末の温泉宿は、込むので一人旅には向かない。平日なら、ひとり旬の料理を部屋でゆっくりつつき、何度も温泉に浸る貴重な時間を楽しむことができる。もちろん、二人旅、三人旅でもよい。


 旅館があるのは、「信州の鎌倉」と称され、常楽寺、安楽寺という鎌倉時代創設の古刹や、南向きに位置する長野市の善光寺に対面する位置関係にあることから「北向観音」と呼ばれる厄除観音に囲まれた「別所温泉」。善光寺だけのお参りは片参りといわれ、古くから北向観音に参拝し、ついでに温泉に入っていく人々が絶えなかった。今でも、共同浴場が残り、上松屋旅館の目の前にある。

 

 別所の湯は、まるでコラーゲンが溶けたようにまろやかな湯。微かに硫黄臭のする温泉らしい湯だ。上松屋でも、もちろん、かけ流しで、何度入っても飽きがこない。湯の町を見下ろす露天風呂では、夜風が気持ちいい。


 10月には、地場の松茸で賑わい、宿泊料金も上がる。

 別所の松茸を楽しむか、冬の静かな温泉を楽しむか。ぜいたくな選択が待っている。


(2008年9月)


▼上松屋旅館

長野県上田市別所温泉1628

JR長野新幹線上田駅から上田交通別所線で終点「別所温泉」下車、徒歩10分(14~17時まで電車到着に合わせ送迎あり)。

0268・38・2300

http://www.uematsuya.com/



仙峡閣

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 会津(若松)の奥座敷といえば「東山温泉」が有名だが、深山幽谷のごとき景色の「芦ノ牧温泉」も忘れてはならない。ゆったりと流れる大川に臨み、数軒の旅館が立っている。


 大型旅館から一軒離れてぽつんと建つのが「仙峡閣」。武道が奨励された明治期、神社に「武徳殿」が建立された。仙峡閣では、福島市板倉神社の武徳殿を移築して温泉宿の母屋としている。白虎隊の血をひく会津の地らしい由縁である。


 素晴らしいのは母屋だけではない。こんこんと湧く塩化物泉は自家源泉で、湯船の底からふつふつと湧出している。新湯のあふれる温泉はぜいたくそのもので、よく温まる。温泉好きにはたまらない湯である。


 あてがわれた角部屋の「二十番」客室からは、大川の流れがよく眺められ、涼しい風が通り抜ける。湯上がりのビールがおいしい。


 座敷でいただく食事は、素朴ながら山の幸満載。齢七十を超えた女将さんと、心優しいご主人が宿を切り盛りする。いつまでも残したい湯宿の一軒である。


 会津若松は、鶴ヶ城が有名だが、実は五大仏都(京都・奈良・鎌倉・平泉・会津)に数えられるほど古寺の多い地。一日は寺めぐりに興ずるのもおすすめである。


(2008年7月)


武徳殿 仙峡閣

福島県会津若松市芦ノ牧温泉

会津鉄道芦ノ牧温泉駅駅より車で10分。または、会津若松駅から小塩廻り芦ノ牧温泉行きバスで40分、仙峡閣入口下車徒歩5分。

0242・92・2026

http://www.f-onsen.com/senkyokaku/


東三番館

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 初夏を迎えると、涼しげな高原の温泉に行きたくなる。温泉があれば文句はない。福島県中部の安達太良山(あだたらやま)中腹に位置する「岳(だけ)温泉」は、そんな初夏におすすめの温泉だ。


 平安時代の文献にも登場し、江戸時代には陽日(ゆい)温泉と呼んだ古湯である。安達太良山の山頂直下に湧き出る源泉を延々八キロの距離を引き湯している。管の中でもまれ、柔らかく適温となった湯が岳温泉十五軒の旅館の湯船に注がれる。薄っすらと白濁し硫黄の香りが鼻をくすぐる。


 残雪が融けると、安達太良山は花の季節を迎える。安達太良山八合目の薬師岳(標高1,350m地点)まで「あだたらエクスプレス」と呼ぶゴンドラが六分で運んでくれ、山頂駅周辺の遊歩道に咲く小さな花々を誰もが楽しめる。七月に見ごろとなるのはハクサンシャクナゲ。


 ちょうど、6月から11月3日までの週末(土・日・祝)には、東北新幹線郡山駅から岳温泉を経由してゴンドラ駅(奥岳)まで、シャトルバスが運行される。ゴンドラに乗り高山気分を味わった後、岳温泉で一泊して帰りたい。ゴンドラ駅から岳温泉まではタクシーに乗っても10分の距離だ。


 おすすめは「東三番館」。一泊1万円以下で泊まれるシンプルな宿だが、実は隣接する「陽日の郷あづま館」の姉妹館であるため、同館の大浴場や貸切温泉も自由に行き来できるのだ。お得に泊まるというのは、こういうことも言うのだろう。


(2008年6月)


▼東三番館

福島県二本松市岳温泉1-7

JR東北本線二本松駅よりバス25分。

0243・24・3311

http://www.e-sanbankan.com/


※写真の露天風呂は、隣接する「陽日の郷あづま館」の露天風呂。



 




 

 湯の香ただよう蔵王温泉を歩いていると「ジンギスカン」の看板が目につく。戦後間もないころ、当時の村長の発案で、綿羊農家救済のために、山形市の銅町に中央部が盛り上がった鉄鍋を特注し、羊肉を焼くジンギスカン鍋が生まれた。鍋で焼くスタイルは当時珍しく、蔵王は「ジンギスカン発祥の地」といわれる。

 ジンギスカンは、蔵王温泉の十軒ほどの食堂と一部の旅館・民宿で提供している。温泉街の中央にある食事処「ろばた」は、その一軒。生ラム肉を使ったジンギスカンと温泉で人気の店だ。ジューシーな肉はクセがなく、一度食べたら忘れられない味である。


店の前には無料の足湯があり、地元の人や旅人がいつも歓談に興じている。加えて、店の奥には貸し切り風呂があり、十時から十五時まで一時間単位で利用できる。こちらは日帰り客に好評。いずれも自家源泉のかけ流し。湯の花の舞う硫黄泉を楽しめる。

そして、なんと食堂の二階は三室(洋室)の小さな宿になっていて、まさに隠れ家そのもの。宿泊すれば、ジンギスカンと温泉の両方を存分に堪能できる。蔵王ならではのだいご味だ。


 五月、山菜の季節を迎え、ジンギスカン定食にも山菜の小鉢がつく。六月になると、山開き。蔵王はトレッキング客でにぎわい始める。さて、たまには温泉にジンギスカンと洒落こむのはいかがだろう。


(2008年5月)


ろばた

山形県山形市蔵王温泉字川原42-7

JR山形駅から蔵王温泉バスターミナル行きバスで40分。終点下車徒歩5分。

023・694・9565

http://www.t023.com/~zao/top.html


※写真はジンギスカン定食(1,600円)



ホテル大雪

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 今年の桜は堪能されただろうか。もし、まだという方がいれば、北海道ならこれからが花見の季節。本州からひと月遅れの桜が咲く。旭川の桜名所といえば旭山公園。人気の動物園も桜色一色に染まる。その後、北海道では芝桜が丘を染め、本格的な花シーズンが幕を開ける。


 旭川の奥座敷といえば、渓谷の柱状節理が見事な層雲峡温泉が有名だ。ロープウェイで登る大雪山の黒岳では五月中旬までが春スキーの季節。残雪に彩られた山々の景色がすがすがしい。温泉はうっすらと硫黄の香りが漂い、体がよく温まる。


 層雲峡の丘に立つ「ホテル大雪」は三つの大浴場を持ち、居ながらにして湯めぐりができる。約二百室の客室と食事を組み合わせた季節ごとの宿泊プランも豊富だ。六月から八月までの本格シーズンを除けばお得なプランも多い。


 今の時期のおすすめは、北海道の素材で作った創作料理を出してくれるレストラン「大雪山荘」を使った「わくわくドライブプラン」。四月二十六日から営業再開される旭山動物園の年間パスポート付きで五月までなら一万円だ(消費税・入湯税込み、五月三、四、五日は三千五百円増)。四月二十五日に東京から旭川へ就航予定のスカイマークも、五月いっぱい就航記念で片道一万円。桜の季節に北海道の旅はどうだろう。


 どうぞ皆様、よい旅を。


(2008年4月:日本経済新聞掲載はこの号で終了)


ホテル大雪

北海道上川郡上川町層雲峡

JR旭川駅から層雲峡行きバスで1時間50分。
01658・5・3211

http://hotel.taisetsu-g.com/



 沖縄本島の西方に、県で一番人口の少ない村がある。サンゴ礁に囲まれ、東シナ海に浮かぶ「渡名喜(となき)島」。幸い戦火を浴びなかったので、豊かな自然と赤瓦の家々が残存し、福木(ふくぎ)の屋敷林に囲まれた集落は重要伝統的建造物群保存地区に指定される。

 

 渡名喜島では、少なくなりつつある赤瓦の家を残そうと、改修を始めた。そのうち四軒が「赤瓦の宿ふくぎ屋」となった。村落に散在する空き民家が客室だ。サンダルを履いて、にわか島人になりきろう。白砂の路地にある赤瓦の「ふくぎ食堂」がフロントを兼ねる。温泉旅館のようなサービスはないが、素朴な人情と料理でもてなされる。


 那覇から出る船は一日一便。荒天時には欠航にもなる。旅が自分の思い通りにならないと気が済まない方にはおすすめしない。ここでは「きままに過ごす」。島の滞在は、都会人が忘れてしまった生活スタイルを思い出させてくれる。島には小さな商店があるのみ。遊ぶものも何もない。ただ、すれ違うたびに挨拶してくれる子供たちの目は輝き、何年も見たことのない星空が広がる。


 現代は便利になりすぎて、人はわがままになった。旅は、そんな自分をもう一度みつめ、原点にリセットしてくれる力を持つ。何もない島なのに、帰るときには皆、島のファンになって帰ってゆく。


(2008年3月)


赤瓦の宿ふくぎ屋


沖縄県島尻郡渡名喜村1909

那覇泊港よりフェリーで2時間15分。

098・989・2990

http://www.tonakijima.jp/



 平安時代に「四万(よんまん)の病悩を治す霊泉」として発見されたと伝わる「四万(しま)温泉」。山あいを縫って走る四万川の清流に沿うように、良質な湯が湧き、温泉宿が肩を寄せ合う。首都圏から三時間弱と近く、足しげく通うファンも多い。


 木造宿や射的屋が並び、映画やドラマにも使われる飾り気のない温泉街を抜けると、川魚を名物にした小さな料理屋がある。ここが「料理旅館くれない」。一階は小上がりの食堂で、自慢の「湯蒸し鰻重」は撮影で訪れた俳優の支持も厚い。二階で六室の旅館を営み、部屋の目の前には清らかに澄んだ四万川が流れる。


 食事には、一年じゅう、新鮮なヤマメやイワナが刺身や塩焼きで提供される。さばく直前まで清流の水で生かし、料亭で修行を積んだ三代目が心を込めて調理する魚は身がしまっていてうまい。自家製の漬け物や米、卵、豚肉など、食材の多くが上州産。地元の材料を使う「地産地消」を率先している。


 隣接する旅館から湯を引いた温泉は、三つの源泉のブレンド。露天風呂のない小さな湯船だが、ぜいたくな源泉をそのまま楽しめる。


 通常の宿泊料金は一万二千円からだが、客足が減る二月は一万円。気ままに連泊していく湯治客が多いという。三月になると、四万川の渓流釣りが解禁となり、春もそこまでやってくる。


(2008年2月)


料理旅館くれない


群馬県吾妻郡中之条町四万4143-2

JR吾妻線中之条駅よりバスで約40分。

0279・64・2006

http://49071.com/