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手紙(5) 人の育て方

2010-06-13 10:53:04 Theme: 手紙
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人の育て方のご相談ですね。

人を育てる。それは、大変なことですね。
私も子育てや、働く仲間の支援をしてきたつもりですけど。
それは、それは、大変なことですよ。

子供は無邪気ですから、親のことなど気遣ってくれませんよ。
寝ていようが、働いていようが、お構いなしです。
天使のように笑っていた次の瞬間に、悪魔の叫びのように泣き散らします。
それでも、私たちは笑顔と支援を捧げます。不思議なことにそれができます。
いてくれるだけで、嬉しいのです。
それが人を育てる原点ですね。

経営をはじめて、最初に社員になってくれる人がやってきた日は嬉しいですよ。
私のような者の会社に勤めてくださるなんて、
私の代わりに電話にでて、私の代わりに留守番してくださるなんて。
どんどん稼いで、お給料を払いたいと頑張るものです。
働いてくれて、本当にありがとう。

私、子育てを、ようやく18年。
経営を、ようやく14年やりました。
ここに至って、やっと思うのですね。
人を育てるなんて、おこがましい。

そんな私が、人材育成のプロだなんて可笑しいですね。
おこがましいと思うほど、大切な、大切な人たちとの事を振り返りながら、
仮に人の育て方というものがあるとするならば、こんなことだと思うのです。


「育てるのではなく、自ら育つ支援をする」

どうやら、人には成長意欲というものが、備わっているようで
少しでも幸せになるために、進歩しようと思っているらしいのですね。
その存在を喜び、幸せを祈って、成長を讃えることで、
彼らは、また前に進もうとする。
親や上司は、幸せになるための相談相手のようなものですね。

みにくいアヒルの子ってご存知ですか。
アヒルになるか、白鳥になるかは、本人しか知らないのですね。
いや、本人も人生の途中からしか、分からないのかも知れません。

彼らも”じぶん”になるために生きています。

草木を育てるのに似てますね。
長く伸びよと引っ張るのではなく、水や日差しをプレゼントする。
彼の”じぶん”を信じること、できますか。


「成果を上げるために育てるのではなく、良い人になるよう育てる」

成績は気になりますね。仕事も、勉強も。
私たちは、より「良い人生」を過ごすために「良い成績」を求めます。
人生が「良い成績」の犠牲になっては、本末転倒ですね。
反対に「良い人生」を求める人は、自分にとって必要な「成績」を自ら求めます。
大切なことは、良い人生を求める「良い人」を育てることかも知れません。

「良い人」は、自分を大切にする人。
本当に自分を大切にする人は、隣人が自分を大切にする気持ちがわかるようになります。
チームの大切さがわかるようになります。国や世界の大切さがわかるようになります。

私は100メートル走はクラスでビリ。
逆上がりは、大人になってからできるようになりました。
勉強は、クラスで真ん中より少しだけ良かったような気がします。
お調子者で、なまくら者と言われました。

でも幸せになりました。

自分より成績の低い人が、自分と同じでないからと、責めますか。
自分より成績の高い人が、人として崇高だからと、あがめますか。

自分と違う考え方の人を排除しますか。

ただ月末の成果のために、ただ次の期末テストのために
ただ資金繰りのために、人を育てているわけでもないのです。


「遠くをともに夢見ながら、確かな次の一歩を見つめる」

彼らにも、欲しいものがあります。

たとえば、犬が欲しい人がいたとします。
彼は、ただ犬が欲しいだけではなく、その犬と過ごす爽やかな散歩道や、
犬を喜ぶ家族の笑顔をイメージしているかも知れません。
経済的に豊かな、芝生の庭のある住まいを想像しているかも知れません。

たとえば、課長になりたい人がいたとします。
彼は、ただ課長になりたいだけではなく、
部下から愛され尊敬される自分の姿をイメージしているかも知れません。
知識が豊富な、大きな成果をだす姿を想像しているかも知れません。

どうなれば、人生が幸せなのか、共感できる人になってみたいものです。
そして、今踏み出すべき具体的で確実な一歩を見届ける人であってみたいものです。
もし、自分が信頼されている人であれば、どう踏み出すかを教えてあげたいものです。

夢をかなえるためにも、今が大切です。


「止まっても、枯れても、最期まで信じきる」

たとえ同じ親から生まれ、同じ環境で育った兄弟姉妹でも、
人というのは、まったく違うように育つものです。
得意な教科も、性格の強みもまったく違う。
まして、職場のようなところは多種多様。
こんな価値観で、こんな能力で、生きていけるのかと思うことも、しばしば。

しかし、もしもあなたがその人を育てようと思うのなら、覚悟しなけれななりません。
私たちには、思いのほか短く、そして大切な人生が一度、与えられているに過ぎません。
この人は、自分に最期までつきあってくれると思えるか思えないかは、あまりに大きな違いです。
それは、たとえ人生最期ということでなくても、一期一会という言葉が表わすように、
その瞬間に全てをかける情熱であってもいいのだと思います。

人生には、一人止まってしまうこともあります。枯れてしまうこともあります。

それでも、この人だけは信じ抜いてくれると、
そう感じる人に、人は惹かれていくのかも知れません。

あなたは、自分を育てて得する人についていきますか。
あなたは、自分を育てることが業務だと思う人についていきますか。

人を育てることは、大変なことですね。
こんなことを言っている私も、人生を最期まで生き抜いたことが一度もないので、
これで、うまくいくかどうかもわからないのです。
ただ、あなたにも自分が信じる方法があるのであれば、
自信をもって、最後まで貫いてみるのもいいかも知れません。

自分の信じることに、誠実であること、愚直であること。

私にも、子供がいて、部下がいます。
みんな、それぞれ違うものを求め、違う課題を持ち、違う速度で、
着々と成長しているようです。
気がつけば、大木になっている人もいます。
気がつけば、自分の蕾に気づいた人もいます。
あらあら、芽吹くまえに疲れている人もいるようです。
しばらく前は、全員、種でした。

ともに生きてくれる
ともに働いてくれる
人間は素晴らしいですね。

人を育てるご相談でしたね。
お答えには、ならなかったかも知れません。
またお便りください。

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スティーブ・ジョブスのスピーチ

2010-05-30 21:38:18 Theme: 紹介
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「スタンフォード大学 卒業式でのスティーブジョブスのスピーチ」

"stay hungry, stay foolish."  ハングリーであり続けろ、愚かであり続けろ。


【スピーチの映像】


世界最高の大学の1つを卒業する皆と今日一緒に居られて光栄に思う。

私は大学を卒業したことがない。

本当のところ、これは私にとって最も大学卒業に近い体験だ。

今日は皆に私の人生からつの話をしたい。大したことじゃない、つだ。


最初の話は点をつなぐことについて。


私はリード大学をヶ月で中退したが、更に年半ほど後に完全に辞めるまで、

もぐりの学生として大学に顔を出していた。さて、なぜ中退したのか。


話は私が生まれる前に遡る。


私の産みの母は、若い未婚の大学院生だったため、私が産まれたら養子に出すと決めていた。

彼女は、大学卒の人が養父母になるべきだと、とても強く思っていたので、

私が生まれると同時に弁護士夫妻の養子になるよう万事整えていた。

その夫妻が、実は女の子が欲しかったと思っていたことを除いては。


待機者リストに載っていた私の養父母は、夜中に電話を受け、

「望んでいなかった男の子が生まれました。この子でもよろしいですか?」と尋ねられた。

ありがたいことに、養父母は「かまいません」と答えてくれた。


しかし、産みの母はその後、

私の養母は大学を卒業していないし、

私の養父は高校を卒業していないことを知り、

最終的な養子縁組の書類に署名することを拒んだ。


何ヶ月かして私の養父母が私を大学にやると約束し、ようやく産みの母は態度を緩めた。


17年後、私は実際に大学に行った。

私は無知にもスタンフォードとほとんど同じくらいお金のかかる大学を選んだ。


しかし、入学して6ヵ月経っても、私は学生生活に価値を見出していなかった。

私は人生で何をしたいか見当も付かなかったし、

大学がそれを見つけるのに、どう役に立つかも分からなかった。

一方、その時点で私は両親がそれまでに貯めたすべてのお金を食いつくしつつあった。


私は中退を決意した。


その時はとても不安だった。

しかし、振り返って見ればそれはこれまでにした最良の決断のひとつだと思う。

中退した瞬間から興味を持てない必須科目の授業を止め、

面白そうなものだけに、出席しはじめることができた。


良いことばかりでもなかった。


寮には、自分の部屋がないので友達の部屋の床で寝た。

コークの瓶を何本も店に返してセントを受け取って食べ物を買った。

クリシュナ 教の寺院で週間に回のまともな食事をいただくために、

毎週日曜日の夜、街を横断してマイルも歩くことを厭わなかった。


そんな日々が、好きだった。自分の興味と直感に従った結果、

出くわしたものの多くは、その後、お金に換えがたいものとなった。


たとえばこうだ。


当時のリード大学はたぶん、この国で最高の文字芸術
の授業を行っていた。

キャンパス中のすべてのポスター、すべての引き出しのラベルが美しく手書きされていた。

私は中退していて、普通の授業を受ける必要はなかったので、

文字芸術の授業を取ってその手法を学んだ。

セリフとサンセリフの書体について、

文字の組み合わせによって文字間のスペースを変えることについて、

素晴らしい印刷物は何が素晴らしいのかについて、学んだ。


それは美しく、歴史的では、科学では捉えられない芸術的繊細さで、私には魅力的だった。

ただ、これらのどれも私の人生で実際に活用する見込みはなかった。


ところが、10年後最初のマッキントッシュを設計しているときにそれが私に蘇ってきた。

そしてそれをすべてマッキントッシュの設計に取り入れた。

マッキントッシュは美しい印刷技術を組み込んだ最初のコンピューターとなった。


私が大学を中退してその授業を受けていなければ、

マックが複数の書体やプロポーショナルフォントを持つことはなかっただろう。

そしてウィンドウズはマックをコピーしただけなので、どのパソコンにも、それはなかっただろう。


私が大学を中退しなかったら、その文字芸術の授業を受けなかっただろうし、

パソコンは現在のように素晴らしい印刷技術を備えることはなかったかも知れない。


もちろん私が大学に居たときに先を見越して点をつなぐことは不可能だった。

しかし10年後に振り返ると、それはとても明白だった。


繰り返す。先を見通して点をつなぐことはできない。

振り返ってつなぐことしかできない。

だから将来何らかの形で点がつながると信じなければならない。

何かを信じなければならない。

直感、運命、人生、カルマ・・・何かを。

この手法が私を裏切ったことは一度もなく、私の人生に大きな違いをもたらした。


番目の話は大切なものとそれを失うことについて。


私は幸運だった。人生の早い時点でたまらなく好きなことを見つけた。

20歳のとき私は実家の車庫で、ウォズといっしょにアップルを始めた。

私たちは懸命に働いて、

10年でアップルは、車庫のたった人から4000人以上が働く20億ドル企業になった。

年前に私たちの最高の創造物であるマッキントッシュを出したばかりで、

私は30歳になったばかりだった。


しかし、私はクビになった。


どうして、自分が作った会社をクビになるのかって?


そう、会社が成長する過程で一緒に会社を経営するのにとても才能のあると思えた人を雇った。

最初の年ほどはうまくいった。

しかしその後、将来のビジョンが分かれ始め最終的に仲たがいとなった。

取締役会は彼の側に付いた。それで私は30歳にして失職した。


しかも、とてもおおっぴらに。

私は大人としての人生全体の中心だったものを失い、それは衝撃的だった。


何ヶ月間か、何をすべきか全く分からなかった。

先輩の起業家達を失望させたのではないかと感じていた。

私に渡されつつあったバトンを落としてしまったと。デービッド・パッカードとボブ・ノイスと会った。

そして、めちゃくちゃにしてしまったことを謝ろうとした。

私は有名な落ちこぼれとなり、シリコンバレーから逃げることも考えた。


その後、何かが徐々に私の中で湧き上がってきた。

自分がしてきたことが、まだたまらなく好きだと思った。

アップルでの出来事は、湧きあがった気持ちに、まったく影響を与えなかった。

私はやり直すことを決意した。


そのときには分からなかったが、アップルをクビになることは、私に起こり得る最善のことだった。

成功していることによる重圧は、再び新参者となったことによる軽快さで置き換えられた。

私は人生で最も創造性豊かな時期へと解き放たれた。


それから年間、私はNeXTという会社を起こし、

さらに
Pixarという会社も起こし、

素晴らしい女性と恋に落ち、結婚した。


Pixarは世界初のコンピューターアニメーションの長編映画、トイストーリーを製作するまでになり、

現在最も成功しているアニメーション制作会社になった。


驚くべき事態の展開により、アップルはNeXTを買収し、私はアップルに戻った。

そして、ローレンスと私は素晴らしい家庭を築いている。


私がアップルを首にならかったら、これらのことは1つも起こらなかったと私は確信している。

ひどい味の薬だったが、この患者には必要だったのだと思う。


人生は時にレンガで頭を殴る。


しかし、信じることを、止めてはいけない。私は自分がしていることがたまらなく好きだ。

それが私を動かし続けている唯一のものだと堅く信じている。

たまらなく好きなことを見つけなければならない。


それは、仕事についても愛する人についても真理だ。


仕事は人生の大きな部分を占める。

真に満足を得る唯一の方法は、偉大な仕事だと信じることをすることだ。


偉大な仕事をする唯一の方法は、自分がしていることをたまらなく好きになることだ。

まだ見つけていないなら探し続けなさい。妥協は禁物だ。


核心に触れることはすべてそうであるように、

それを見つければ分かる。


そして素晴らしい関係は、常にそうであるように、

それは年を経るにつけてどんどん良くなっていく。


だから見つかるまで探し続けなさい。妥協は禁物だ。




番目の話は死についてだ。


17歳のとき以下のような引用文を読んだ。

「毎日を人生最後の日であるかのように生きていれば、いつか必ずひとかどの人物になれる」。

私は感銘を受け、それ以来33年間毎朝鏡を見て自問している。

「今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」。

そしてその答えがいいえであることが長く続きすぎるたびに、私は何かを変える必要を悟った。


自分が、必ず死ぬことを知っておくことは、人生の重要な決断を助けてくれる、

私が知る限り最も重要な道具だ。


つまり、他の人からの期待やプライド、恥や失敗に対するいろいろな恐れ、

これらのことは死を前にしては消えてしまい、真に重要なことだけが残るからだ。


いつかは死ぬということを知っておくことは落とし穴を避けるための、私が知る最善の方法である。


何かを失うと考えてしまう落とし穴を。

死の前には、あなたは丸裸だ。

自分の心のままに行動しない理由はない。


年前私はガンと診断された。朝7時半にスキャンを受け、膵臓にはっきりと腫瘍が映っていた。

私は膵臓とは何かも知らなかった。医者達はこれはほぼ間違いなく治癒しない種類のガンだと告げ、

ヶ月からヶ月より長くは生きられないと覚悟するように言った。


医者は家に帰って身辺整理をするように勧めた。

これは医者の言葉で死の準備をせよとのことだ。

子供に、これから10年間に教えようと思っていたことすべてをたったの数ヶ月で教えろということだ。

可能な限り家族が困らないように万事準備が整っていることを確かめておけということだ。


別れの言葉を言っておくようにということだ。


ある日、私は一日中その治療を受け入ながら過ごしていた。

夜には、生体検査を受けた。

内視鏡を喉、胃、腸を通して膵臓に針を刺し腫瘍から何個か細胞を採取した。

私は鎮静剤で眠っていたが、そこに居た妻が、その時の様子を教えてくれた。


医者達は細胞を顕微鏡で見ると叫び出したという。

非常に稀な形体の膵臓ガンで、奇跡にも、手術で治癒可能だと判明したからだ。

私は、その後手術を成功し、今は全快している。


これまでで、最も死に接近した体験だった。

この後、数十年かに渡って、これが最接近であり続けて欲しいと願っている。


この体験を経て、死が純粋に知性的な概念であった時よりは、

若干強い自信を持って次のことを言うことができる。


死を望む者はいない。

天国へ行くことを望む人でさえ、そのために死にたいとは思わない。

それでもなお、死は我々すべてが共有する運命だ。それを免れた者はいない。


それでいいのだ。

なぜなら死は、ほぼ間違いなく生命のための最高の発明だからだ。

死は生命に変化をもたらす主体だ。古き物を消し去り新しき物に道を確保する。

現在は新しき物だが、いつかそう遠くない将来、徐々に古き物になり消し去られる。

芝居がかった表現で申し訳ないが正に真実だ。


時間は限られているから、誰か他の人の人生を生きることで時間を無駄にしてはいけない。

教条主義の罠にはまってはならない。

教条主義とは他の人々の思考の結果に従って生きることだ。

他の人の意見という雑音に自分自身の内なる声をかき消されないようにしよう。


そして最も重要なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。

心と直感は本当になりたい自分を、どういうわけか既に知っている。


その他すべてのことは二の次だ。


私が若い頃、全地球カタログという驚くべき出版物があった。

私の世代の必読書の一つだった。

スチュアート・ブランドという人物が、ここからそう遠くないメンロ・パークで制作し、

詩を思わせる作風を施して世に送り出した。


1960年代後半で、パソコンも卓上印刷もなく、

タイプライターとはさみとポラロイドカメラだけで作られていた。

グーグル誕生の35年前のペーパーバック版グーグルのようなものだ。

理想に満ちていて、巧妙な道具や偉大な概念が溢れている。


スチュアート達は全地球カタログの版を幾つか重ね、自然な成り行きとして最終版を出した。

それは70年代半ばで、私は皆の年齢だった。

最終版の裏表紙は朝の田舎道の写真で、大の冒険好きならヒッチハイクをしていそうな場面だ。


その下に次の言葉がある。

「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」。

これはスチュアート達が活動を終えるに当たっての別れの言葉だ。


「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」。

そして私は常にそうありたいと願ってきた。

そして今、皆が卒業して新たに歩みを始めるに当たり、皆もそうあって欲しいと思う。

「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。」


ご静聴どうもありがとう。


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宮崎県で起こったこと

2010-05-24 06:45:39 Theme: 紹介
ダイレクトメールでいただいた文章。
宮崎の農場の方がお書きになったものだそうです。
ひとりの職業人生の、一幕です。


何十人と獣医師が来たけどよ。
かき集められた経験の浅い獣医師たちは、
母豚を怖がってまともに注射も打てんちゃが 急所は首筋の血管なのによ、
柵の外から身を乗り出して、お尻に打とうとするわ、バカじゃねーか!
豚だって生きちょっし痛いから、ひょいとお尻を動かして逃げるわな。
しょうがねーかいよ、俺が柵に入って豚の首をガシって押さえつけてやる始末。
首筋に注射を打つやり方を教えたっちゃけど、ダメじゃわ・・・
もう、豚の首は、突き刺した注射のあとだらけ、痛々しいわ。
豚はギャーギャー暴れるわ 獣医師の免許をもっちょる奴しか、殺したらいかんかいよ。
手がだせん・・・ かわいそうでよ
でもな、みんな目に涙を浮かべながらも作業してくれてるし、
手を合わせてくれる人もいる。 命を救うための獣医師がよ。
今まで、命を助けるために、動物に声をかけ、一生懸命働いてきた獣医師がよ・・・
この注射を打ったら、こいつが死ぬって分かりながら、注射を打ちこむんよ。
そりゃあ、人としてつらいし、心が痛いわなぁ。歯を食いしばるしかないのかよ!
俺はさ、もともと出荷のための豚なら、なんとかあきらめがつくんよ。
出荷だと思えばいいちゃかい。 でも、母豚はよ。俺がこの農場に努めだしてから
ずっと面倒見てきたっと、性格もよく分かる。顔見りゃ名前も、出産した回数も、
病気した時、エサを腹いっぱい食って喜んだ時。悪ん坊や、甘えん坊、気性の荒い奴、
優しい奴、み~んな分かる。共に生活してきた家族やっちゃかい。
蹄疫に感染してしまって痛々しい症状が出てる奴は、鼻や口の水疱が破けて痛いもんやから
エサが食えんなっちょる。それでも腹はへるかい、えさを探すわな。
痛いやろうに・・・ まともにエサが食えんかい。今日まで俺が食べさせてやってた。
鼻も口元も、蹄も乳首も痛々しいのに、俺を見つめる目はやさしくてよ。
なんだか、向こうがごめんよ~言ってるみたいや。ありがとう言ってるのかなぁ(T-T)
注射打たれる姿に耐えられんで離れたところから見てたら、獣医師の腕をふりほどいて、
こっちに走ってくっとよ。 ひずめが炎症起こして血を流してるもんは、
痛いから立ち上がれんでずっと横になってギャーギャー言ってる。
でも、立ち上がらせて殺処分するところまで連れて行かんと、重いかいよ。
まず鎮痛剤打つっちゃわ。したら、痛みが取れるもんじゃかい。ひょいっと立ち上がる。
でも蹄からも血が出て、腐りよっかい 蹄が取れていくとど・・・
赤くなった蹄だけが地面に転がってるんやど・・・ それでも、蹄が無くなった足で、
俺の所に駆け寄ってくる はやくなんとかしちゃれよーーーー!(T-T)
ある程度の大きさの奴は、電気で殺すっちゃわぁ でっかい火ばさみみたいな物で、
まず頭を挟んでな、スイッチを入れると高圧電流が流れ、失神する。
そしてそのあとに、胸の所を挟んで、心臓に電流を流すとガタガタガタとしびれて
心臓を止めて殺すとど・・・かわいそうやんけ。
さっきまで、元気で、震えて泣きよったやつが。突然静かに死体となるんよ。
たださ、時々、その動かなくなった豚を運んでたり、穴の中に落とした時に、
生き返って動き出すやつがおるんよ。気絶してただけなんやろうな。
哀れでなぁ、また殺さにゃいかん・・・。
まだまだ元気な奴らはさ、どんどん穴ん中に落としていく、
みんなで板を使って追いやって穴に落としていく。 一番下に落とされた豚たちは、
熱と重さで圧死ししていくけどよ。後から後から落とされた豚は、
どんどんジャンプして穴から必死に飛び出ようとするんよ。
その生きようとする動物の必死さにまた泣けてくっちゃがぁ(TへT) その上から
ブルーシートをかぶせてよ、コンパネの板を上において、飛び出してこんように、
俺たち人間が上に乗るっちゃわぁ・・・ それでん、下から・・ドンっ!ドンっ!
て必死にぶつかってくっとよ。
ブルーシートの隙間からホースを入れて、中にガスを流し込むんよ・・・
すると、だんだん静かになってきてよ、しばらくするとシーンとなるんよ(T-T)
ちくしょーーーーー! 豚舎の中が、ギャーギャーって今まで聞いた事もないような
泣き声があちこちから聞こえるかいよ。 赤ちゃん子豚が不安な様子でジッとしちょっちゃわ。
病気に感染した奴は、蹄から血を流して痛いし、おっぱいが飲めんかい コロっコロっ死んでいく。
それでも、豚舎が違ってたりで感染していない元気な奴もいっぱいおる。
敷地が一緒やかいて、経営者が一緒だってだけで 殺さにゃいかんとか!
本当に、この子達も殺さにゃいかんとか!
周りの異常な雰囲気を感じちょっちゃろうね ひょいっと両手で掴み上げるわ
すると、身体をグッと堅くして、不安げに身体をブルブル震えてるのが手のひらから伝わってくるとよ。
ごめんなぁ、ごめんなぁ。俺が泣き出してよぉ
その身体に注射針が刺されて、静かに、ぐったりと手の中で重みだけを感じる物体になる
さっきまで硬かった子豚の力が抜けて、何の力も入らない柔らかい物になるんよ。
もうどんだけの涙が流れ出たかわからん
帰ってくる時・・・空気を送り込むファンのスイッチを切ってきた。
家に帰ってよ。風呂に入ってよ。飯はよう食わんかい。
焼酎飲みながらテレビをみてるとよ 俺・・・いつのまにかボロボロボロ泣いてるっちゃわ
今頃、眠るように死んでってるんだろうなぁ・・・・。
お前よ。豚は言葉がしゃべれんけんどよ。もしもよ、お前の子供をよ、「なんで?」って言われながらよ。
国からの指示やかい言うて・・・大好きなのに・・・手の中で殺せるか。


仕事に愛情傾けてきた。頑張ってきた。
一つの転機の様子が切なく伝わってきますね。


一人ひとりにとって真に望ましいキャリア形成を支援し続けたい
株式会社理想経営


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