広島と長崎

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 アメリカは、現在日本にとって極めて重要な軍事同盟国であり、同時に経済的なパートナーでもあり、またシナや北朝鮮との関係をめぐっては、協力しあう友好国でもある。(注意:重要か重要ではないかは主観的な視点が入る)

 

 その関係の枠組みは、今から72年前に確立された。

 

 もちろん、ご存知の通り、広島と長崎に人体実験のための原子爆弾が投下され、さらには日本列島の北から南まで徹底的に爆撃され、焼け野原とされ、非戦闘員たる一般市民が徹底的に虐殺された後、それらの関係が確立された。

 

 私は、恨みの文化に生きているわけではなく、また、憎しみの文化にも生きていない。日本は、まさに感謝を基調とした文化をもつ国であるので、過去の一つ一つの出来事にこだわって現在を決定するべきではないと考えている。もちろん、これは筆者の主観的な意見であるが。

 

 私にはアメリカ人の友人が幾人かいるし、彼らは戦後だいぶ経ってから生まれた人たちであり、また彼らが人体実験のための原爆投下を決定したわけでも命じたわけでもないので、彼らとその話をする機会はまずない。しかし、広島や長崎の原爆投下、及び列島各地への民間人虐殺を目的とした無差別爆撃について、客観的事実として忘れることはありえない。

 

 シナや朝鮮のように、捏造や歪曲した歴史をもとに狂気のような振る舞いをするのではなく、日本は真実の歴史を背景にしつつ、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツといった、かつて、いや今でも人種差別を基調とする偏見をもとにして日本及び日本人を見下している(もちろん全員ではない)人々と、これからも実利に基づいた関係を築いていくことになる。

 

 原爆、終戦の日を目の前にそんなことを考えた。

 

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。

 

 初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。

 

 主観と客観

 客観についての補足

 外国人には思い遣りがガチでないという事実

 優しさ(主観的)と思いやり(客観的)

 二種類の「正しさ」

 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識

 


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