経済学に主観はない。あるとすれば、経済政策の目的に、国民経済が活性化して人々の生活が豊かになることをおくか、国民経済を破綻させて国が滅びる方向を持ってくるかの違いがあるくらいである。通常は、人々が豊かに暮らせることを目指すが、中には変わった人がいて景気が極度に悪化して自殺者が増えて、社会が崩壊することを望む人もいるので、この辺の主観的な問題は多数決で決まらざるを得ない。筆者が主観的に望むのは、多数派の人々が人々の幸せを願う方向で政治を考えることであるが、まあそれはここではおく。

 

 さて、経済学。上念司氏や高橋洋一氏の解説に詳しいが、現在、政治家として有名な人の中には、経済学の基本や常識の観点から見たらとんでもない話を平気でする人たちが結構いる。

 

 例えば、こども保険という名前の、実は保険でもなんでもない増税を声高に叫ぶ小泉進次郎氏、また最近総務大臣になった野田聖子氏はひたすらに増税の必要性、日銀の金融緩和の終結を唱えている。

 

 実際、マクロ経済学、及び現在の日本政府の貸借対照表を見れる人からすれば、まさにど素人のとんでも話であり、どのくらいとんでも話かというと、「従軍慰安婦の強制連行」を歴史的事実だというくらいとんでもない話なのである。

 

 白を黒といい、黒を白だといってる人たちの話である。

 

 ちなみにであるが、デフレ状況で消費が伸び悩んで景気の上向き加減が鈍化している今日において、増税などは正気の沙汰ではない。デフレ下で増税(消費増税等)をすれば、それはあたかも、焚き火をしようとして薪をくべなければいけない、ガソリンを注がなければいけないところに、一生懸命ホースで水をかけるような、バケツをリレーして水をかけ続けるようなことなのである。当然、焚き火は消え、火は二度とつかなくなる。

 

 今は真冬で体を温めるため焚き火をしようとしているのに、そこに水をぶっかけて、挙句には体にも水をぶっかけて、「寒いなんてのは精神がたるんでいるからだ!心頭滅却すれば火もまた涼しだ!」と風邪で寝込んでいる人を裸にして滝行を強制するようなことである。

 

 経済同友会などは、「支持率低下を恐れず増税を」などといっているが、まさに上記の、狂いきった精神論者と同じである。恐るべきことに、この人たちは消費税率を17%まで上げるべきだと公然といっている。公然と日本経済が壊滅的に破滅すればいいといっていることと同義である。これが一流の大企業やらのお偉い方々のレベルである。恐るべき無知であると言わざるを得ない。

 

 http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS21H2Z_R20C15A1PP8000/

 

 また、そういう狂った話を平気で、国会議員としてあるいは大臣として声高にしているのが、小泉進次郎であり野田総務大臣であり麻生太郎でありということになるのである。別件ではあるが、筆者は稲田朋美前防衛大臣を見て危うさを感じたのは、歴史問題では客観的な事実に沿った話をするが、経済政策に関しては、財務省のいうがままの増税路線を垂れ流していたからである。歴史問題は誰でも確認すれば理解できるが、多少の理論や理屈が伴う経済学については、びっくりするほど無知である人は、驚くほど多い。

 

 経済学に主観はない。単純に、理論があり、客観的にこうしたらこうなるよ、ということを歴史的にも実証しつつ話しているだけである。小学生以下の経済知識で国政を担っているこれらの政治家は、もし彼らが国民経済を上向かせたいと考えているとしたら、本当に猛省していただきたい。病人を叩き起こして裸で走らせることで病気が回復するというのはやめていただきたい。病気の時は、ゆっくりと安静にして寝ることが一番なのである。しかし、それをオッケーとしている日本人の民度もまた、問題ではあるが。

 

 最後は思わず筆者の主観的な願望、切実な願いを書いてしまった。

 

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。

 

 初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。

 

 主観と客観

 客観についての補足

 外国人には思い遣りがガチでないという事実

 優しさ(主観的)と思いやり(客観的)

 二種類の「正しさ」

 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識

 


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