西洋に先んじる日本の歴史

テーマ:

 初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。

 

 主観と客観

 客観についての補足

 外国人には思い遣りがガチでないという事実

 優しさ(主観的)と思いやり(客観的)

 二種類の「正しさ」

 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識

 

 以前、下記の記事で、日本においてははっきりとわかっているだけで、鎌倉幕府の成立以来、権威と権力を分けるシステムが成立していたことを紹介した。


 

 海外にいてよく感じるのは、欧米人(欧州と北米)の圧倒的な人種的優越意識である。これはもう悪気などなく、ほとんどの人たちが巌のような硬さで持っている。文明を発祥させたのも、近代科学を引率してきたのも全て欧州とその移民たちの北米であるというとてつもなく強烈な自負である。これは、本当に、全然悪気も悪意もなく、当然のこととして、優越意識とともに持ってる感覚で、当たり前すぎて、それによって彼らが他の人種や文明を見下している感覚を忘れて見下すほどである。

 

 素直に、無邪気にそう信じているので、目線が安定の上から目線なのである。本当に悪意なく、優越意識を持ち、他の地域と文化圏を完全に見下している。何度もいうが、悪意はない。まあ、悪意のある輩もいるが、大多数は素直にそう教育された通り思い込んで生きているのである。

 

 しかしながら、日本の歴史を紐解くと、実に、誠に、驚くべき事実が次々と見えてくる。上記の記事で紹介したように、権威と権力を分けるシステムを構築すること、今を遡ることなんと800年ほど前なのである。西洋がこの権威と権力を分けるシステムを明確に持つに至ったのは、実にごく最近の話に過ぎないのである。

 

 全員ではないが、多くの日本人は、実に素直に欧米の方が優れていると信じている。その意識は、英語学習熱にも少なからず反映している。欧州言語と日本語とは根本的に根っこから性質を異にするものであるが、なぜか、日本語の方が劣っていて西洋語の方が優れていると本気で信じている人が日本人には多いのも、根本的には、この、「西洋優越」という幻想を無邪気に信じているからに他ならない。

 

 この権威と権力の話以外にも、西洋に先駆けること何百年ということが、いくつも発見できるが、そのことは倉山満氏の「倉山満が読み解く太平記の時代」に詳しいので、ご興味のある方は一読されることをお勧めする。

 

 いずれにせよ、思いやり文化一つを取っても、日本の客観的な独自性は、主観的で恐縮ながら、世界に胸を張って余りあるものである。

 

 筆者も、英独仏の3ヶ国語を学びつつも、日本語の素晴らしさをいささかも疑っていないが、それはこうした客観的な事実を元に分析しているからに他ならない。

 

 日本人はまず、日本の歴史及び伝統文化が、西欧に劣るどころから、場合によっては彼らの遥か及ばざる先駆的なものであるあることを、客観的に認識してはいかがであろうか。無論、欧米を参考にすることはたくさんあるであろうし、そのことはそのこととして、冷静に観察すればいいだけの話である。

 

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。

 


国際政治・外交 ブログランキングへ

 

AD