• 28 Jul
    • 日英同盟

       今回は歴史について徒然なるままに。  歴史が好きな方は日英同盟(1902-1923)についてご存知だと思う。日露戦争開戦を見越してその直前に締結された日本と英国との軍事同盟である。  この日英同盟、主観的には賛否両論であるが、客観的にいうと、確かに日本がロシアに勝つことができた主たる要因の一つとしてあげられる。英国は日本が戦争をするために必要な国債売却の面倒もみたし、また軍事面でもバルチック艦隊を徹底的に疲弊させることにも尽力した。その他にも多くの分野、場面で英国は日本と歩調を合わせることで、日本がロシアにかろうじてではあるが勝利をすることができた。    ロシアと組んだフランスが何の役にも立たないばかりか邪魔までしてロシアに益しなかったことと比べれば、雲泥の差である。  もちろん、それだけではない。米国のユダヤ系の人々も財政面で日本に協力したり、英国だけではない様々な力が働いて日本の勝利に繋がったことは言うまでもない。  また、英国も、それらをボランティアとして行ったのではなく、まさしく彼らの国益保護のために行った訳であるが、それは国際関係では当然の話である。  大東亜戦争に突入するきっかけとなった要因の一つは、この日英同盟が破棄されたことによると言う見方は、客観的な事実であろう。別に良い悪いの主観的な判断の話ではない。  さて、この日英同盟、表立っては話にはならないが、日本と英国との間で、大東亜戦争後随分と長い間水面下で話し合われてきていると言う話がある。もちろん、完全に裏の取れた話ではないのであくまで話であるが。  もしもこの日英同盟が再び締結されることになれば、これは国際関係を大きく変えるきっかけになることは間違いない。特に、当たり前だが、アジアの情勢は大きく変動する。煮ても焼いても食えない英国ではあるが、実利に徹した人々の文化は、私は主観的には実は非常に好意的にみている。今後の国際情勢が注視される。  私は、英国宰相としてその名を歴史に刻んだパーマストン子爵の言葉ことのほか好きでいつも眺めている。曰く、  We have no eternal allies, and we have no perpetual enemies. Our interests are eternal and perpetual, and those interests it is our duty to follow...   英国には永遠の友も、永遠の敵もいない。あるのは永遠の国益だけだ、そしてその国益に従うことが我々の義務である.......  第3代パーマストン子爵、ヘンリー・ジョン・テンプル  今回もお読みいただき、ありがとうございます。  初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常 国際政治・外交 ブログランキングへ 

      NEW!

      2
      テーマ:
  • 27 Jul
    • 主観を殺し、主観を犠牲にすることを強制する現代日本社会の闇(亜流の儒教文化の影響から)

       来るべき東京オリンピックに向け、新国立競技場で突貫工事が進められているが、その中で労働者の一人が失踪の後、自死を遂げた。   https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20170723-00000029-jnn-soci    これを聞いた時、筆者は、またか、と暗い気持ちになった。この労働者は現場監督だった23歳の若者で、遺書には謝罪の言葉が連なっていたという。それを聞いてさらに筆者は暗澹たる気持ちになったものである。    日本は確かに、諸外国と比べて、文化のレベルで主観性の度合いが低い。同時に、主観的な気持ちを殺して、公(時にはこれが会社となる)に尽くすことを求めるどんよりとした空気が重くのしかかってくる社会である。    今回は筆者の主観的意見だが、筆者はこうした主観性を押し殺して公に尽くすことを強制する日本の空気は、亜流の儒教文化が、日本の本流文化と奇妙に結びついて醸し出す雰囲気であると分析している。正直、冗談ではないという気持ちである。    人間は、すべからく「主観的な生き物」である。これは日本人とて例外ではない。だからこそ、好きな食べ物嫌いな食べ物、タイプの異性苦手な異性、好きな色嫌いな色がある訳である。これを否定して、人間が人間としての幸せをどうして追求できるであろうか。    今回死んだ若者は、午前1時まで働き、午前4時には起床していたという。これが人間の生き方であると言えるのか。これほどの過酷な労働を強要されて、人間が人間たる生活をできるのか。家でホッとくつろぐ時間どころか、生命にとって何よりも大切な眠る時間まで奪い去られて、そんな風に人間を扱って良いと思っているのか。    この若者も、就職した会社を一度やめたらもう人生は終わりだとでも考えていたのかもしれない。やり直しを許さない硬直した日本社会は、希望よりも絶望を若者に植え付ける。ひと昔ほどではないとしても、未だに、一度線路から外れた人間には落ち目の人生しか残っていないという考え方が、しっかりと社会の風潮として存在しているのである。    海外と比べても意味はないが、それでも、再チャレンジをいくらでも認める海外の方が、はるかに風通しが良いと感じる日本人は、筆者だけではない。もちろん、海外は人種差別も激しいし、理不尽な階級社会(学歴社会)もあるし、様々な理不尽な差別もあり、別に桃源郷という訳ではないが、「再チャレンジ」という観点では、明らかに日本よりも開放感があるのは間違いない。    会社だけが人生ではない。ふと視線を移せば、そこには果てしなく広い青空が広がっていることを、この閉塞感に満ち満ちた日本社会で苦しむ人々には、たまには思い出してもらいたいというのが、筆者の切なる願いである。      今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      1
      テーマ:
  • 24 Jul
    • 2015年末の日韓合意に基づく慰安婦財団活動終了へ

       もう話す必要などどこにもない話かもしれないが、下記の報道にあるように、南朝鮮で日韓合意に基づいて設立された慰安婦財団が解散の方向に向けて動きだした。理事長は、国内での強烈な批判に耐えきれず、辞意を表明したらしい。  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170723-00050086-yom-int  そもそも、事実などどうでもよく、自分たちに都合の良い話を真実にすればそれでいいと考える主観度100%の南朝鮮(韓国)とまともに話し合いをしてきたことが、そもそもの間違いであることを、今回日本は改めて認識したと思う。  正直者がバカを見るという諺、日本と南北朝鮮との関係で、日本に対して使われるもの以外何ものでもない。  朝日新聞が火をつけて焚き付けて広げたこの慰安婦問題。そもそも問題などどこにもない状態で人為的に作り出されたこの問題に、日本はあまりにも長く付き合いすぎたと思う。その結果が、世界中に散らばる「謎の慰安婦像」である。もはや史的事実となんら関係がない架空の存在の銅像が、問題の象徴として欧米諸国にばらまかれているのである。  国際感覚を身につけるというのは、外国では日本とは全く異なる考え方価値観で行動するということを理解するということである。  隣国であるにもかかわらず、日本人はあまりにも大陸、半島の文化に無知であった。そのことがこの慰安婦問題という奇怪極まりない話をこれほどまでに膨らませることになった。  そして、戦後日本に巣食う妖怪、「反日日本人」という存在が、マスメディア、小中高大の教師、政治家などにこれほどまでに多いという日本独自の状況もこの問題を膨らませ続けている一要素であることは間違いない。  客観的な観察と分析の中かから、真実は浮かび上がってくる。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。  初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常国際政治・外交 ブログランキングへ 

      4
      テーマ:
  • 23 Jul
    • 完全にマスメディアがコントロールする国、日本

       日本人の左翼系の活動家に影響された国連(連合国)の、これまた左翼系の人種差別主義的な人権派職員が、日本を人権や報道の自由の観点から厳しく弾劾する構造は、最近に始まったことではない。日本は報道の自由がないという点で独裁色の強い後進国並みだという。客観性のカケラもないジャッジメント(主観的判断)である。    そんな国で、どうして「完全な嘘」を根拠に政権打倒を目指した偏向報道がこれほどまでにまかり通るのか。報道の自由がないシナや南北朝鮮のような国であったら、現在のマスメディアが狂ったかのように叩いている安倍政権批判など、絶対に許されるわけがない。あっという間に逮捕されて処刑されて終わりである。    ところがである。日本の左翼マスメディアは憲法改正に本気で着手した安倍政権を、手段を選ばずこれでもかと、森友学園、テロ等準備罪、そして現在の加計学園の話で叩きまくり、ついに支持率26%(毎日新聞)という結果を叩き出した。今頃は、高級クラブでマスメディアの諸君は祝杯をあげていることであろう。    筆者、日本の民度をある程度信じていたので、こんなバカな報道はだいたいにおいて国民に相手にされていないと思っていたが、やはり読みが甘かった。色々と周囲の話を聞くと、本気で地上波や新聞の報道を信じて、安倍総理に嫌悪感を抱いている一般国民は多いという。    インターネットがいかに普及しても、限度がある。年配者などはあくまでもテレビにしがみついている世代である。そういう世代が安倍政権を引き摺り下ろす結果になるのかもしれない。    まあ、世の中成るように成るが、マスメディアとそれに引きずられるこの国の国民のあまりのリテラシー力の低さに、正直、夏の暑さに加えて、うんざりするというのが、筆者の目下、正直な気持ちである。    もちろん、主観的な気持ちなので、読者の方々にはそれぞれの気持ちがあって当然である。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      1
      テーマ:
  • 22 Jul
    • フランス軍統合参謀長の辞任表明

       マクロン大統領がフランス軍への予算を大幅に減らすことを決めたことに関し、フランス軍の統合参謀長がそれに異を唱える形で辞任を表明した。  これは、フランスの財政政策と安全保障政策の両面から捉えることができる問題である。  フランスの経済状況は、日本に比べると圧倒的に悪い。それは客観的な数字から明らかであるが、単純にいって失業率が常に10パーセントを前後していることからも明白である。これに関して、フランス政府としてはなんらかの手を打たなければならないが、EUの中央銀行が金融政策の決定権を持っていることから金融政策の自由がないため、財政政策をフルに活用して経済政策を進めなければいけないところにフランスの苦しみがある。  日本がアベノミクスの成果によりほぼ完全雇用状況を作り出していることと比較すると、その違いは一目瞭然である。  そんな中、減税やら予算の移し替え(まさに財政政策)を通じて経済の活性化を測るマクロン政権は、軍事費を大幅に削減し予算を作り出すことを決定した。それについて、フランス軍のトップである統合参謀長が反対の意を表明するため辞任したわけであるから、これは穏やかではない状況であると言える。  基本的に、経済が低迷している中で財政政策だけで乗り越えようとすると様々な問題が生じるのだが、その理由は、簡単にいって、「今あるパイ」をどのように分配するかに話がいってしまうことにある。「パイそのものを増やす」という成長の路線に繋がる話ではないので、「あちら立てればこちらが立たず、こちら立てればあちらが立たず」という話になり、国内での利権をめぐる争いが激化するのである。  それゆえ、ケインズ経済学を基調とするマクロ経済学では、常に、金融政策と経済政策の統合を説くわけである。この両政策をうまく回して初めて経済は成長路線に乗るわけであるから、当然と言えば当然の話であるが、いかに多くの国がこの当然の政策をやることにつまづいているか、今回のフランスの例はそれを端的に示してくれているのである。  フランス軍の予算を削減すれば、別に人件費だけではなく、設備にも予算削減が迫られる。人件費が下がることは即ち、単純にいって失業者を増やすことである。また設備の予算を下げるということは、即ち、軍事力減退も意味することになる。予算こそ国家であるというのは、お金の増減により、各部門の興廃が決定するからに他ならない。  筆者は日本人だしフランスの内政についてとやかくいう立場にはいないが、今回のマクロン政策、果たしてフランスにとって吉と出るか凶と出るか。  政治は所詮、主観的決定であり、好き嫌いである。しかし、その結果、国の運命は大きく変わる。  今後も注視していきたい。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。  初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常 国際政治・外交 ブログランキングへ 

      2
      テーマ:
  • 20 Jul
    • 縦(上下)の関係に生きること、横(対等)の関係に生きること

       国際関係も人間関係も、主体が国家か個人かの違いはあるにせよ、関係という意味では同じものである。    周囲を見渡して、極端にペコペコとへり下る人がちらほらといると思うが、そういう人は、相手を自分より上(年齢、肩書き、能力、性別、人種、出身地、etc)と主観的に判断すると、ものすごい勢いでへり下る。そしてこういう人は、逆に自分より下だと判断すると、打って変わって傲岸不遜な態度をとる。    こういう態度は、日本では度々見受けられるが、それは以前に何度も紹介した通り、亜流としての儒教文化が日本に入り込んでいる影響である。その証拠に、そうした態度は、日本社会では一般に心地よいものとしては受け止められない。日本文化の本流は、武士道であり「もののあわれ」であることを強調したが、その精神性と儒教の上下関係精神は実はあい入れあうものではない。しかし、現代では儒教文化が、社会、特に企業では強く通っている。    これは国家の態度としても実にはっきりとでる。シナや朝鮮は、まんま儒教文化圏である。「三跪九叩頭の礼」を見ればわかるが、これでもかと言わんばかりにへり下る。こういう国は、相手が自分より弱いと見れば、嵩にかかって上から潰しにかかってくるのは、上下の関係に生きる人たちの行動理論にピッタリと当てはまる。    個人の関係に戻すと、上に対しても「さらっ」とした感じで対応する人は、自分より目下と思われる人に対しても普通に接するのは、実はこういう人は「横の関係」に生きているからである。つまり、先ほどいった、年齢、肩書き、能力、性別、人種、出身地、etcなどで、人間に上下をつける主観的な判断をせず、基本人間に差はない、つまり平等であることを知っている人なのである。そしてこういう人は、一般に好感を持って受け止められるのは、日本文化の本流が、実は上下関係ではなく、横の関係を基調とするものであったことの証左であるというのが筆者の分析である。しかし、現代、特に企業社会では、完全に上下の儒教的関係が幅を利かせている。    補足だが、こういうと、必ず皇室に関することを指摘する人たちがいるが、天皇陛下は「上」というよりも、「無私」を体現される御存在として伝統的に尊敬されているという表現が合う。会社の無能で尊大で傲慢な中味空っぽの上司が威張り腐っているのとはまるで種類が違う御存在であるのが、天皇陛下である。並べることがそもそもおかしいのである。    心理学者のアドラーがいった横の関係とは、真に人間がお互いに存在を尊重し合う関係であるが、その真逆を行く国家がシナや南北朝鮮であることを、日本はしっかりと念頭に置いた上で諸所の対処をして行くことになる。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      5
      テーマ:
  • 19 Jul
    • ついに見えてきた戦後日本の真の闇(安倍総理を巡る報道から)

       先週、青山繁晴氏が参議院の委員会で質問した。加計学園の話を巡って、前川全文科省事務次官と愛媛県前知事の加戸守行氏を参考人として招致し、質問をしたのだが、これが、恐るべきことに、その後の報道状況で、まさにシナ共産党統治下や北朝鮮、ロシア、アフリカ独裁各国、南米独裁各国、南朝鮮、東欧、中東、中央アジア、東南アジアなどの独裁的国家で見られることが起きた。  つまり、情報の統制である。この青山繁晴氏の質問が、あったことすら、抹殺されたのである。朝日、毎日、読売、民法各局、NHKなどの主要メディアで、この青山氏の質問が完全になかったかのように報道されなかったのである。朝日新聞などは、事実すら無視されて報道されなかった。  この異常性について読者諸君は気付かれたか。客観的には単に情報が統制され抹殺されただけであるが、ある種の社会的常識(主観)を交えてみれば、マスメディアが自らの好みにそぐわない話を、客観的事実であるにもかかわらず抹殺した、民主国家では考えられない異常事態であると言えるのである。  インターネットの世界では、言論がまともになされる場があるので、それに目を向けるとはっきり見えてくるのは、安倍総理が憲法改正に本気で着手したがために、マスメディアが手段を選ばず、なりふり構わず安倍政権を潰すことを目的に動いているということである。  森友の問題はわかりやすが、騒ぐだけ騒いで結局安倍総理になんら法的にも道義的にも問題がなかったことがわかった途端にマスメディアは潮を引くように報道がやんだ。加計学園も同様である。京都産業大学の記者会見、加戸守行前愛媛県知事の証言からもわかるように、加計の問題に安倍総理がなんの関係もないことはすでにはっきりとしたが、これは実はずっと前からわかりきっていた話である。それを承知でひたすらに安倍総理を叩き続けたのは、とりもなおさず、憲法改正に本気で着手した安倍総理を、何が何でも潰すためである。  北朝鮮やらシナの動きやら、世界情勢やら災害における自衛隊の活躍やらで、憲法9条改正に賛成する日本人は20年前に比べて飛躍的に増えた。つまり、正面切って安倍総理の改憲構想にマスコミが異を唱えても、民意の同意は得られないことを察したマスメディアは、正面切って改憲に反対することを不利と認識し、どんなに汚い手を使ってでも、兎にも角にも安倍政権を潰すことに舵を切ったわけである。  今回の話は、インターネットの各情報サイトから筆者が得た情報を元に書いた。ある程度客観性を守ったが、それでも裏付けが取れていない以上、主観的判断の指摘は免れない。それを承知で、一読いただければと思う。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。  初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常 国際政治・外交 ブログランキングへ 

      1
      テーマ:
    • 聖職者らしくあればあるほど深まる闇

       以下のような報道があった。  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170718-00000143-jij-eurp  カトリックの聖職者による少年への性的虐待というのは昔からよくある話であるが、近年になってもそうした傾向は一向に減っていないようである。  これは別に聖職者だけではなく、教師、弁護士、医師、政治家、学者など、いわゆる世間から「立派な職業」と言われる人ほど表と裏の顔に大きく差が出ることは昔からよく言われる心理学の話である。  人間、裸で生きれば皆似たり寄ったりのもので、欲もあれば見栄もある。そういうものを隠すような生き方で、他者から必要以上に崇められるようになると、心の闇がより深まり、上記のような事件となって世間に明るみに出たりする。自然な欲求を不自然に抑え込むことで人間の心理がいかに歪むことか。  「まさかあんな立派な素晴らしい人が.......」という話は、世間を騒がすような事件があるときによくある話である。  これは別に事件に直結しなくても日常どこにでも散見される話である。テレビで澄まし顔でコメントしている立派な肩書きのコメンテーターが裏に回ると信じられないような振る舞いをしたりすることが多いのもその例の一つであるが、会社でも組織でも家庭でも、権威を持って他者を威圧するような人などもそうした面を持っていることが多い。  そういう意味で、メンツを極端に重視するシナや朝鮮の文化においては、目を覆うばかりの残虐性が確認されることが多いのは、これもまた、心理学的には実に理にかなう話である。もちろん、日本でも上記に述べたようにこうした傾向はあるし、欧米にもある。しかし、文化において表面、あるいは体裁に重きを置けば置くほどこの傾向が強まるという点で、日本の隣の大陸や半島ではこういう傾向が他国よりさらに深まるという話をした。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。  初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常 国際政治・外交 ブログランキングへ 

      1
      テーマ:
  • 17 Jul
    • シナで次々と拘束される日本人会社員

       シナ大陸へ進出することを、外務省、経産省などが率先して誘導してきたことは有名な話である。    そして、大企業は別として、中小企業は身ぐるみ剥がされて這々の体で戻ってくることが多いこともよく知られた話である。    にもかかからず、シナへ進出する企業は昔ほどではないほど今でもあり、そうした会社の社員が、スパイの容疑で次々と拘束されている。無論、ひょっとしたら本当にスパイだった人もいるかもしれないが、その大半は全然普通の民間人であると言われている。    いつになったら、日本から大陸や半島へのねじ曲げられたイメージが現実に即したものになるのか。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      4
      テーマ:
  • 15 Jul
    • アフリカのなんでもあり文化

       このブログでは常々、アフリカや南米、中東や東欧という主観性の極めて高い国々は、その主観性の高さゆえに利益のために手段を選ばない、なんでもありの国家であると指摘してきた。    最近の報道で明確になってきたのは、北朝鮮がロシアやシナ(国連安保理の五大常任理事国の二つ)から援助を受けているために国連での制裁が意味をなさないということと、さらには、アフリカ諸国との密着により北朝鮮は常に潤い続けるということである。    ロシアやシナが北朝鮮のバックにいることは明白であるが、アフリカ諸国が北朝鮮のバックにいることは、日本ではあまり知られていない。    基本的に、主観性の高い地域、すなわち、アフリカ、南米、中東、北欧などは、自分たちが利益を得られれば、なんでもやるのである。実際、アフリカ諸国は日本からいろいろな形で支援を受けているが、そんなことは一切どうでもよく、北朝鮮と関係を結ぶことで利益を得られれば、日本なんか気にせず、北朝鮮に協力するわけである。    日本とアフリカ諸国との関係は、今後も続くし、ある程度進展する関係である。しかし、基本的に、自分たちだけよければそれでいいという考え方で、日本の立場など一切考慮せず北朝鮮に利益を許与するような文化が、アフリカ諸国の本流文化であることを、少なくとも日本人は客観的に理解する必要がある。主観的にどういう判断をするかはまた別問題である。    強調させていただくが、アフリカ、南米、中東、東欧、ロシア、インド、シナ朝鮮はいうに及ばずだが、こういう主観性の度合いの極めて高い地域の国々は、自分たちの利益のためなら、一切の恥の感覚なく、なんでもする。取引相手が、人道的に問題のある国であろうと関係ない。だいたい、アフリカ、南米、中東、東欧、ロシア、インドなど、もともと人道も人権もないような極めて主観性の度合いの高い地域ばかりである。北朝鮮と取引することで日本が困ろうがどうしようが、はっきり言って「知ったこっちゃない」のである。北朝鮮、あるいはシナとの関係で甘い汁を吸いつつ、日本からもうまく金を引き出そうという魂胆以外はない。これは別に批判しているわけではなく、単なる客観的な事実である。    アフリカや南米、中東や東欧、ロシアやインド、シナや朝鮮などは、そういう文化を持った国々であることを、日本人はまず、客観的にしることから始めるべきであろう。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      3
      テーマ:
    • フランス革命記念日(7月14日)

       昨日、7月14日はフランス革命記念日だった。1789年7月14日、かの有名なパリのバスティーユ牢獄が民衆によって襲われたことに端を発し、フランス革命は成就された。この日をもってフランスは国民の祝日とし、毎年盛大に祝っている。フランスがフランスたる所以はまさにこの日に集約されるということであろう。  フランス革命をめぐる評価は万人により様々に異なる。主観的な問題なので当たり前であるからそれはいい。筆者は個人的に、フランス革命の功罪は現代社会に大きく影響していると分析している。しかし、客観的には、この日を境に、国民国家が成立したということである。フランスという国家を意識してフランス人という国民が成立した日でもあるといえる。  まあ、その話はいい。筆者は昨日、そのことから色々と思いを巡らせた。  フランスのニュースをよく見るのであるが、昨日はまさにこの話題一色であった。パリのシャンゼリゼ通りを前に行われた式典では、トランプ大統領が招待されたことで色々とフランス人の評価が分かれていたが、まあ、とにかく、フランス人は屁理屈の塊のような人たちなので、主観的意見を言わせたら延々と終わりなく続く。  個人的にフランス人の知り合いやら友人やらが多いので、彼らと話す機会が多いのだが、もうとにかく、面白いの一言である。疲れているときはちょっといやだが、エネルギーが溢れているときは彼らと話をするのは本当に面白い。話し出したら止まらないし、常に様々な角度から物事を見ているように見せかけて(つまり客観的であるように見せかけて)実はめちゃくちゃ主観的にしか物事を見ていない人がほとんどである。しかし、それをうまく隠すのである。普通の日本人がまともに議論したらまあ太刀打ちできない。それもそのはずで日本では文化的に「受け入れられない態度」がフランスでは「そうあるべき態度」として見なされているからである。別に日本人が劣っているわけではなく、全く違う価値基準で生きているということである。  もちろん、これは日本とその他の諸外国全てに共通する関係であるが。  フランスは本当に面白い国である。そのイメージの良さは他を寄せ付けない、まさに群を抜いている。その証拠に世界での人気の観光地No. 1はいつもパリである。しかし、リピーターは少ないときく。なぜかというと街は汚いし人は不親切だし治安は悪いからであるが、そのリアルな実態があまり伝わらず、初めての人はひたすらにパリを目指す。パリ病という言葉が日本人にあるが、理想を求めてパリに行き、あまりの理想と現実の違いに愕然とし、心を病んでしまう人が多いということであるが、この話はだいぶ前どこかで話したかもしれないのでご興味のある方は参照されたい。  歴史を見ても明らかであるが、まあ、この国は近代に入ってからは特にであるが、戦争に弱い。やれば負ける。百選百敗と言えば言い過ぎだが、まあそんな感じである。そのくせ、いつもなぜか最終的には勝者の側にいて、常に戦勝国なのである。これはこれですごい話で、どれほど彼らが外交的な立ち回りに秀でているかということである。二枚舌どころか、何枚舌なのかわからないほど言葉巧みに複雑な国際社会を切り抜ける。今も、五大常任理事国の一角である。第二次世界大戦では国ごと取られたのに、である。  また、先ほど述べたことにも繋がるが、フランス語は欧州言語では、英語は別格として、常に人気第一位である。フランス語は素敵な言葉、というイメージがこれほどまでに強固に世界中にあるのも、彼らのイメージ作りが非常に上手であることの証左である。  いずれにせよ、どの民族も国民もそれぞれが特徴をもっているのでそれらを客観的に観察することで色々と見えてくることはあるのである。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。  初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識 国際政治・外交 ブログランキングへ 

      3
      テーマ:
  • 14 Jul
    • 人権弾圧大国、シナ共産党国家

       シナでノーベル平和賞を受賞した人物が、癌のため病死したという報道があった。癌と診断されたためシナ共産党はが獄中から病院へ搬送したのち、今回の結果となった。    別に目新しい問題ではないが、シナ共産党の人権弾圧ぶりはいつでも常軌を逸している。こんな国家と普通に付き合うこと自体が国際感覚からしておかしいと思うが、それもまた主観的判断になるのであまり深くは追求しない。    兎にも角にもシナ共産党は人民を抑圧し、人権を弾圧し、時に人民を虐殺し、外に向かっては歴史を歪曲して自らの正当性を主張している。これは客観的事実である。    このシナという国が、日本を歴史問題で批判した際、朝日新聞、毎日新聞をはじめ、民法各局やNHKは必死になってシナ共産党を擁護し、応援する。    この状況がいかに論理的につじつまの合わない状況であるか、読者の方々はお気付きであると思う。    現在進行形で人を殺し、民族を浄化し、人権を大弾圧しているシナ共産党国家を、リベラル(人権派)と呼ばれる日本のマスコミが、死に物狂いで擁護しているのである。しかも、彼らの主張する嘘を全面的に受け入れて、それをバックアップしてまで、擁護しているのである。    これが、自由、人権を高らかに唄う、朝日新聞やら毎日新聞と言った日本の正義派や人権派の実態なのである。    自由人権平等を狂ったように主張しながら歴史問題でシナ共産党や南朝鮮と共同して日本を徹底的に断罪する人権派のマスメディアが、自由と人権と平等を完全に踏みにじり、現在進行形で虐殺や強姦や略奪を繰り広げるシナ共産党を礼賛しているというこの客観的な状況、読者の皆様はどのように思われるか。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      2
      テーマ:
  • 13 Jul
    • 台湾の悲しみ

       少し歴史の話をしたい。主観的な気持ちを述べたい。    個人的な話からで恐縮だが、筆者はこれだけ客観だ公平だと言いながら、実はものすごく涙もろい。感動的な映画を見るとすぐに泣いてしまう。感情を移入し、号泣することもしばしばである。  と同時に、その感情(主観)を持って政治や経済、ましてや歴史を見てはならないことも熟知している。であるからこそ、このブログを立ち上げた。    台湾は、筆者にとっては特別である。筆者は10代の終わりまで、完全に「サヨク」であった。高校や中学の教師たちは、意識的にせよ無意識的にせよ、完全に反日で、高校生の頃には「俺はなんで日本人なんだ、なんでこんなくだらない国に生まれたんだ」と本気で悩んだものである。  それはそうであろう。歴史における日本の価値を完全に否定し、その上完全な嘘とデタラメを根拠に日本を悪虐非道な国家であったと教え込まれ、さらには現代でも自衛隊という悪の組織を持つダメ国家で、隣の善良な中国、韓国、北朝鮮に謝り続けなければいけないと教えられて、原爆を落としたアメリカ様のおかげでやっと少しはまともな国なったんだと教えられ、それでも日本が好きと言えるのは相当特殊な精神構造の持ち主だけであろう。    しかし、大学入学後しばらくして、小林よしのり氏の戦争論に触発され、その後様々な書物と出会ううちに、台湾関連の書籍に行き着いた。特に、伊藤潔氏の「台湾」からは相当感銘を受けたし、 蔡焜燦氏の「台湾人と日本精神」にはまさに落雷に打たれたかのような衝撃を受けた。司馬遼太郎氏の「台湾紀行」では、何度号泣したかわからない。    今でこそ、蔡英文総統の元、素晴らしい政治的状況を作り出しているが、実際、李登輝前総統が1988年に総統に就任するまでの間、台湾は文字通り、暗黒の島であった。「台湾監獄島」という書籍もあるように、まさしく、島丸ごとで監獄であった。蒋介石の息子の蔣経国が総統に着いてからは状況は大分ましにはなったものの、それでも「台湾人」には辛く苦しい時代が続いた。    どれほど多くの台湾人(本島人)がシナ人によって殺されたことか。未だにその数は明らかではない。2.28事件を参照されたい。    どれほどたくさんの、なんの罪もない台湾の人々が、戦後シナから蒋介石と共に渡ってきたシナ兵たちに虐殺され、強奪され、抑圧されてきたことか。この歴史を知らずに、大東亜戦争後の台湾を語ることなど、決してできない。    以前も書いたが、現代の台湾の若者は、歴史に疎い。日本語世代の方々のような、日本に対する思い入れはまずない。しかしそれでも、筆者は、出会った人が台湾人であった時は、その衝動を抑えきれないほどの情を感じるのである。それは、日本の意思では全くなかったにせよ、それがアメリカにより強制されたことであるにせよ、台湾を捨てざるを得なかった日本という国の一国民として、日本が去った後の台湾の悲劇に思いを馳せるにつけ、湧き上がる悲しみなのである。    日本は台湾を見捨てたくて見捨てたわけではないが、結果としては見捨てることになった。そして、蒋介石率いるシナ人たちの残虐非道なる仕打ちに対して、完全に無力であった。それも仕方のないことで、日本自体が生き残ることに必死だったということもある。日本が悪かったわけではないが、それでもなお、あまりにも悲惨な台湾人たちの運命に、胸がかきむしられる思いを抑えきれないのである。    司馬遼太郎氏と会談した時、「司馬さん私は22歳まで日本人だったんですよ」と、輝くような笑顔で語った李登輝前総統に、私たち日本人は心の底から恩義を感じるべきであろう。それは、常軌を逸した反日の姿勢を貫き続けるシナや朝鮮を見るにつけ、より強く感じることである。    今回は主観的に記事を書いた。無論、客観的な史実に基づいた上であるが、主観的に賛同されない方もたくさんいるかもしれないので、それはもちろん構わない。意見は各自の自由なのである。    台湾をふと思い、この記事を書いた。読者の方々はどのように感じられたか。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。     初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      4
      1
      テーマ:
  • 11 Jul
    • 既成事実を作り上げれば嘘も真実にできる方式(南朝鮮)

       正直、世界情勢は非常に活発で、そんな中、あまり南朝鮮の話に時間を割きたくないのだが、南朝鮮(韓国)の慰安婦に関する態度が年を追うごとにエキセントリックになり、さらには朝日新聞や毎日新聞などの日本側の応援団がそれを煽りに煽っているので、残念ながら再度少しばかり触れたい。    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170710-00000040-yonh-kr    ソウルに慰安婦博物館を建てるそうである。    どれだけ客観的な事実検証を見せても全て無視。ひたすらに自分たちの主観的な、検証や裏付けのない根拠に基づいた意見を広めるために推進する南朝鮮(韓国)の人々。    韓国との友好を叫ぶ日本人の人たちは、友好という言葉をどう理解しているのか、一度とことん聞いてみたいものである。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      1
      テーマ:
  • 10 Jul
    • 経済政策(内)と外交政策(外)

       これは筆者の分析だが、当然ながら筆者の主観的価値観が入る話である。    政治の基本は、経済と外交である。国内においては経済政策、国外との関わりでは外交政策。この二つこそが、政策の両大輪であると筆者は分析している。    「農は国家の基本なり」という言葉を聞かれた方もいらっしゃると思う。農業政策は、食料政策であり、すなわち、国民の生命を維持する根幹の政策であるという意味の言葉である。    現代では、産業の基盤は単純な農業だけではない。工業、サービス業など非常に多岐にわたる産業構造がある。その産業全てが経済政策によって動向を左右されるのである。つまり、前出の「農は国家の基本なり」の農は、現代においては経済に置き換えることができるという意味である。経済を円滑に回してこそ、国民は飢えることなく豊かな生活を送ることができるのである。すなわち、経済は国家の基本なり、である。    ちなみに、今回は細かくは触れないが、その経済政策は財政政策と金融政策の二つに大別されるが、詳しくはこれまでのブログ記事にたくさんあるので参照されたい。    経済政策は国民生活の安定と向上を図るものであることを説明した。これは無論、諸外国とも大きく関係するが、根本的には国内政策である。どれだけ金融を緩和するか、どれだけ公共事業を行うかなどは、一切外国に干渉されることはないし、外国の顔色を見て行うことでもない。    では国外、つまり、外国との間の関係を決定する政策は何かというと、当然であるが、外交政策である。これはもちろん、安全保障政策も含まれる。これだけ国家間の交流が常態化した現在(もちろん、これは100年も200年も前から常態化しているが)において、諸外国との交渉や取り決めなどは国家の運命を左右するものとなる。戦争などはわかりやすい例で、日本はその大東亜戦争前に外交政策で大きなミステイクをしたために現在に苦悩があるというのが筆者の分析であるがそれはまた別の機会に。    国家の治安を語る上で、内(国内)においては警察力、外(外国との関係)にあっては軍隊というのが常識であるが、これを政策に置き変えた場合、内においては経済政策、外にあっては外交政策とご理解いただけるとわかりやすいと思う。    その、国家の政策の二大機関とも言える経済政策と外交政策を、戦後の政治史において、安倍内閣ほど円滑に回した例を私は知らない。もちろん、外交政策においては岸信介、経済政策においては池田勇人といった傑出した政治家はいた。戦前では高橋是清閣下の名が輝かしく記憶に残っているが、戦後では、外交の岸、経済の池田(実は外交も素晴らしかった)という歴史がある。    安倍晋三総理は、この外交と経済の両方において目覚ましい活躍を見せている戦後の稀有な政治家であるというのが、筆者の客観的な観察と分析から生まれた主観的判断であるが、筆者は現在のところ、「慰安婦の日韓合意」などのいくつかのミスを除いては非常に高く、安倍内閣を主観的に評価している。    その安倍総理を、マスメディは森友学園、加計学園、テロ等準備罪などの問題で安倍総理がほとんど無関係であることに目を瞑り叩きに叩き、さらには稲田大臣の失言、豊田議員のパワハラなどの問題で印象操作に拍車をかけ、ついには都議会選挙で徹底的にネガティブキャンペーンを張って自民党の大敗を招いて安倍政権の支持率を大きく下げることに成功した。    政治は所詮主観である。嘘も駆け引きもあっての政治であろう。しかし、このまま安倍政権を潰した後、この国を、この日本という国を、どこに持って行こうとしているのか。マスメディアには一切の展望がない。ただただ、主観的な感情を優先して安倍政権を叩くことに無我夢中になっている。    読者の方々はどのように感じられるか。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      2
      テーマ:
  • 09 Jul
    • 内閣支持率

       以前も似たようなことを書いたが、報道があまりにもひどいので内閣支持率について一言書きたい。    サヨク系マスメディアは安倍政権が殊の外お嫌いである。彼らは戦後民主主義という特殊な思想を根拠に情報を取捨選択するだけではなく、時に彼らの主観的正義を視聴者に洗脳するような報道をし続けている。    世界の情勢を一切見ることなく、自らの信仰を洗脳するために公共の電波を使っているのであるから、これは本当に問題だと思うが、現状大多数のマスコミがそうであるので一市民としてはなんともしようがない。公平中立客観性などは彼らにとってなんの価値もないことなのである。    そうしたマスメディアが、これまた誘導尋問的に電話での世論調査などをしている。あれだけネガティブキャンペーンを張ってなおかつ誘導的な調査をすれば、誰が考えても支持率が下がるのは当たり前の話である。    しかしまあ、そんなことを言っていても仕方がない。実際マスメディアの面々はそういう人種で占められているわけだし、これはもうどうしようもない。それによって安倍政権が潰れる(とも思えないが)としてもそれもまた政治である。    ただここで筆者が、主観的に思うのは、これほどまでに経済政策や外交政策で成果を上げることができる内閣をサヨクメディアが潰したとして、その後に続く政権は、それがたとえ石破氏であろうと小泉進次郎氏(当選回数的に無理だが)であろうと、どうなるんだろうということである。まずもって成果が上がらないであろうことは、いやそれどころか、財務省のほぼ言いなりの彼らのとる政策がどれほど日本経済にダメージを与えるかは、彼らのこれまでの経済政策論を聞いていれば、マクロ経済学を学んだ筆者としては痛いほど見えてくる。    しかしそんなことは全く関係なくマスメディアは不毛な揚げ足取りで安倍内閣を攻撃し続けている。    この国の実態をよく表している状況だと観察できる。    要は、国民も国も、どうなろうとどうでもいいというのが、この国のインテリ層の認識レベルだということである。客観的な事実である。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      3
      テーマ:
  • 08 Jul
    • シナと南北朝鮮以外の諸外国を異様に美化したがる傾向について

       今回の話は、保守層に多い話である。    ご存知のように、シナと南北朝鮮は押しも押されぬ反日の大国である。自他共に認める反日国家として日々日本の国際社会における評価をとにかく失墜させるべく、全力を注いでいる。客観的事実である。    他にやることは腐る程あると思われるが、とにかくシナと南北朝鮮は命をかけて日本の国際社会の評価を下げることに全力を傾けている。ご苦労なことである。    さて、そういうシナや南北朝鮮を見て、気分の良い日本人はあまりいない。もちろん、朝日新聞や毎日新聞をはじめ民放各局やNHKなどの反日メディアの人たちや民進党や共産党の野党、あるいは小中高大にはびこる左翼教師たち、あるいは反日弁護士。こういう人たちは、日本がシナや朝鮮に侮辱され、世界から見下されることでエクスタシーを感じているようで、シナや韓国や北朝鮮とともに国連で日本弾圧キャンペーンにいそしんでいたりする。これまた客観的事実である。    こういった現状であるので、シナや韓国、北朝鮮に対して嫌悪感を主観的に感じる人が多いのは心理的によく理解できるし、人間は感情の動物であることを考えれば当然至極のことである。    その反動であろう。日本人、特に保守層の中には、シナや韓国北朝鮮以外の外国に過剰なまでの期待と親近感を寄せている人が多いのである。これもまた客観的事実である。    インドなどはその典型例である。インドは言わずと知れたアジアの大国。核兵器も保有している。今現在、シナの直接の脅威となりうるアジアの大国は、日本を除けばこのインドだけである。そしてこのインド、親日国としても非常に知られている。歴史的には、インドを支配していたイギリス軍と日本は戦っている。その際、大勢のインド人が日本軍と行動を共にした。日本兵はイギリス兵と完全に異なり、人種差別をしなかった。イギリス兵はインド兵と一緒に食事をすることなど絶対になかったが、日本兵は共に同じ地面に座り、食事をした。そうしたことに感動して日本に感謝をしたインド人はたくさんいたのである。    なるほど確かに、シナや南北朝鮮に比べれば、インドは間違いなく親日である。少なくとも、意味不明な歪曲された歴史を根拠に日本を侮辱したり謝罪を求めたりすることはない。これもまた客観的事実である。    しかしながら、である。実際のインド人とその文化を客観的に観察すると、どういうことが見えてくるか。インド人はシナや朝鮮ほどなのかそれ以上なのか以下なのかは議論の分かれるところであろうが、彼らもまたものすごく主観性の度合いの高い文化を有している。カースト制度を見ていただこう。完全に固定されている。その差別は徹底しているし、その差別を利用しての犯罪も後を絶たない。強盗や強姦、殺人などは社会に満ち満ちているのである。  また、主観性の度合いが高いということは自分勝手の度合いが高いということでもあるので、自己主張を始めるとものすごく止まらない。私の知人のイラン人は、アラブも嫌いだがインドも嫌いだとはっきりいっていた。もちろん、インド人のあまりの我の強さにうんざりしてのことである。まあ筆者の観察ではイラン人も自己主張、我の強さはなかなかものであるが。    とにかく、他者への配慮なく、自己の主張を押し通すのは、シナや朝鮮とあまり変わらない。先日の「世界での残忍な現状」に書いたことを参照していただきたい。    確かに、「反日」はない。しかしながら、主観性の度合いが高い文化を有するため、日本人にとっては非常に疲れてしまう人々であることは間違いないのである。また、若い人たちはすでに歴史など関係なく、戦争の体験を通じての親日感情などはもちろんない。日本はただ、日本である。    シナや朝鮮のストーカーのような異常な執念に疲れ切った人々には、インドやその他の国(トルコも似たような状況)の親日などは心地よく感じられるが、そこに過剰な期待をすることは、後々禍根を残すことにもつながる。物事は常に、客観的に観察した上で、分析しなければならない。    そうしなければあとで苦しい思いをすることになるだけである。    もちろん、意味不明な憎しみを向けられていないだけましであるし、なるべくは良好な関係を築きたいが、海外などでインド人と触れ合った人は分かるであろうが、彼らは彼らで強烈な個性を持っていることに目を伏せるべきではない。    後悔のない主観的な判断は、徹底的な客観的な観察と分析から生まれるのである。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      4
      テーマ:
    • 「可哀想なお婆さんの証言を疑ってはならない」という主観的判断

       昨日に引き続き、慰安婦の問題について触れたい。  慰安婦の証言のほぼ100%が内容を疑われる証言であるが、その中でも色々と酷いものとしてあげられるものがある。  既になくなっている「元慰安婦」の証言ではあるが、実名を出すと色々と問題もあるので、内容紹介にすると、例えば、「日本軍がクリスマスパーティーの時」という証言を残している人がいる。大変残念であるが当時の日本軍はクリスマスパーティーを戦場ではしていなかった、完全に偽証である。  ある老婆は、証言をするたびに、時間と年代、場所などがコロコロと変わり、しかもその年代の差が数日ではなく数年単位、場所も隣町くらいではなく、支那大陸か朝鮮半島かの違いほどの大きなものであった。同じ内容なのに証言の度に毎回変わるのである。しかもよくよく調べると、その老婆が実際にその当時、そこにいた可能性は物理的にありえなかったりするのである。  またある老婆は、戦後の日本で「従軍慰安婦」として働いていたということを平気で言ったりもする。もはや無茶苦茶である。  実は、きちんと彼女たちの言っていることを精査すると、日本軍による強制連行や、性奴隷として働かせた実態は、一ミリも、完全に客観的に見て一ミリもないのである。証言のみで支えられている韓国側の主張は、その証言からすらも一切日本軍の罪の実態が浮かんでこないのである。別に「日本が無罪であってほしい」と思って見ているのではなく、完全に数式を解くのと同じように見た上での話なのである。  結論を言うと、この慰安婦問題は、「嘘も百回つけば本当になる」方式で宣伝されているに過ぎない。一切の客観的、あるいは科学的な論考は無視されている。「大きな声で繰り返せば嘘も本当になる」方式でもある。  「こんなに可哀想なお婆さんが勇気を出して証言しているんだからそれを疑うことは絶対に許されない、非人道的行為である!!」  こんな理屈が通るなら、世の中偽証だらけである。冤罪天国となってしまう。嫌いな奴がいたらすぐ告訴、理由はその場で作ればいい。「こんなにお金もない力もない可哀想な私が言っているんだ!それを疑うなんてありえない!これは真実だ!」と大声で喚けばそれが真実と認定されるのであれば、これほど楽な話はないであろう。嫌いな奴は即逮捕、有罪である。なんの検証も必要ない。恐ろしい話であるが、こういう話を許容してしまうのが、主観性の度合いの極めて高い、儒教文化圏の支那大陸や朝鮮半島の一大特徴なのである。  とにかく、まともに客観的に検証したら既に20年以上前に決着している話なのである。  元慰安婦の老婆も次々となくなっており、そうしたことから既成の事実として定着させようとする政治的な動き(それしかない)が活発であるが、どれほど頑張ったところで、嘘は嘘、真実を歪曲することはできないのである。   何かのご参考になればと思う。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。  初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識 国際政治・外交 ブログランキングへ 

      1
      テーマ:
    • 慰安婦の問題について

       数学や算数が得意な方はよくお分かりになると思うが、数式を解くのに感情は必要ない。単純に検証作業を進め、解を導き出すだけである。    数学の問いの解を得るのに、感情は本当に必要ない。これは当然の真理である。誰でもそうだが、手順を踏んで検証をすれば、解にたどり着く。    実は、歴史問題の検証も全くもって同じ話である。感情を排して普通にできることである。果たしてその問題は史実かどうか、ということを丁寧に検証していくのに、感情がいるはずもない。    ということで、日本では丁寧に検証作業が行われ、吉田清治の嘘話が明るみに出て、朝日新聞でさえそれを「日本語版のみであるが」認めざるをえなくなり、さらには、吉田清治の息子ですら恥を感じて慰安婦像の撤去などを試みたというニュースもあった。つまり、慰安の強制連行や奴隷狩りなどは、完全な嘘話、フィクションであることがはっきりしたわけである。    しかし、南朝鮮の新大統領は、それを真っ向否定し、完全に180度日本の主張と異なる話を押し出している。つまり、慰安婦の奴隷狩りはあったし、強制連行もあったということである。    当然であるが、日本側(私も含め)は主観的な感情や意見や主張を横に置いて、徹底的に客観的に、まさに数学の問いの解を求めるごとく冷静に客観的にこの慰安婦問題を検証した結果、国際法的にも人権の観点からも、なんの問題もなかったわけである。    方や文大統領は、真っ向反対の話を日本に主張してくるわけである。強制連行はあったし、奴隷狩りもあったと。一切の客観的検証を捨てていうがままに書き取った『元慰安婦と称する』老婆の話を完全に客観的事実として、それを根拠として日本側を断罪しているわけである。    賢明な読書の方々は、もはやどこにこの問題の主要なポイントがあるかお分かりだと思う。     今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      3
      テーマ:
  • 06 Jul
    • 世界での残忍な現状

       メキシコのマフィアがどういう風に人を殺すか、ここで書くのは憚れる。あまりにも残忍極まりないからである。どうしても知りたい方はご自身で調べられることをおすすめする。ではそれはメキシコだけなのか。中南米のほとんどの国で残忍な虐殺や殺戮、強姦や誘拐事件が多発している、そういう状況である。    ではアジアではどうか、東南アジアの危険度は、あまり語られないが、実際、フィリピンでもインドネシアでも、凶悪犯罪はものすごく多いし、人の命の重みもなく、簡単に殺される。シナはどうかといえば、これはもう政府が率先して人民を虫けらのように殺すし、シナ人マフィアの残忍性は世界でも有名である。南朝鮮での強姦比率はものすごく高いし、北朝鮮には人権などあった試しはない。    アフリカはといえば、日中の昼日中であれ都会の薄暗い小道に引き摺り込まれて強姦されるなどざらにある話で、真昼でも危なすぎて徒歩で移動など考えられない街が無数にある。内戦も絶えず、常に殺し合いの毎日である。    東欧は、これも同じで人種差別が酷すぎて有色人種は居住することすら命がけであるし、犯罪率も非常に高い。ウクライナなどはすぐに暴力に訴えることで有名で、議会でも普通に殴り合いをしている。ルーマニアなども治安の悪さには常に定評がある。    インドはもう強姦やら殺人が多すぎて、おまけにカーストの徹底した差別で社会の裏表があまりにもコントラストである。    欧州でも移民が流入してこのかた、危険度はぐんと高まっている。北米とて同じである。    全てこれ、主観性の度合いの高い地域ばかりである。否、主観性の度合いが高いからこそ、盗み強姦殺し、なんでも御座れの世界になるのである。言い換えれば、日本があまりに異質なのである。    日本の治安の良さは、世界標準から見てこれも明らかに異常なのである。だからこそ、ありえないほど中味のないお花畑のマスメディアや野党が跋扈できてしまうのであるが。    世界に目を向けて初めて日本がわかる。一人でも多くの日本人が、ただ盲目的に海外に出て外人に舐められたりいいように弄ばれたりするのではなく、意識を持って海の外を見て欲しい、筆者の切なる、主観的願いである。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。    初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識   国際政治・外交 ブログランキングへ  

      5
      テーマ:

プロフィール

Fairness

血液型:
B型
自己紹介:
日本で数年、会社員を経験後、幼い頃からの希望であった海外居住を実現するべく日本を脱出。今に至る。海外...

続きを見る >

読者になる

AD

旧ランキング

政治・経済
61 位

ランキングトップへ

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

    PR

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。