• 29 Apr
    • 横の関係

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識  国際外交や政治経済には直接的に関係がなさそうだが、関係という点では面白い視点なので、前回の儒教文化の縦の関係に比して、今回は横の関係を見てみたい。人間関係も国家間の関係も、関係という点での本質的な部分では同じものである。  さて、前回のブログで、縦の関係について開設した。人間関係を常に自分を基点として上下に並べ、自分より、上の相手であると判断した場合は平身低頭で媚びへつらい、自分より下であると判断した場合は、横柄傲慢に振る舞い、さらにそれが進むと理不尽極まりない罵倒や侮辱を、立場上言い返せない相手に投げかける。無論、本人は自分が上だと思い込んでいるので、悪いと思っていないし、自分には相手を侮辱したり罵倒したりできる「権利」があると思い込んでいる。  ちなみに、この上か下かの判断は、完全に主観的であるが、判断の根拠とされるのは大抵、年齢、性別、肌の色、学歴、容姿、組織での肩書き、経験年数などである。しかしながら客観的にみて、これらはみて単なる「違い」であり、そこに上下をつけているのは個々の独自の個人的な「主観的価値判断」であり、それは他者には一切関係ない。であるので、上記にあげたような違いを根拠として自分より上か下かを規定して、下と見なした場合に罵倒したり侮辱したりする権利は、誰にもない。勝手にあると「思い込んでいるだけの話である」。この場合、見逃せないのは、下と見なした相手に対して、横柄で傲慢な態度で罵倒したり侮辱したりするのは、相手が、組織に属していたりして、経済的な理由でその組織を離れることができないことを承知の上で、相手が言い返せない、あるいは逆らえないことを「認知」した上で、その状況を利用していることである。これは別な例に例えると、まさしく、後ろ手に縛り付けて抵抗も逃げることもできない相手に対して殴る蹴るの暴行を思う存分与えることと同じことである。これは日本文化の本流にはなく、日本文化にも寄生虫のように紛れ込んだ、まさに支那大陸や朝鮮半島で文化の核をなす、儒教文化においての特徴であることは、前回のブログで説明した。  一方で、横の関係とは、年齢、性別、肌の色、学歴、容姿、組織での肩書きの違いを客観的に認識しつつも、それらに絶対的な価値観を与えず、違いをあくまでも客観的な違いと認識した上で、『対等の目線』で築く人間関係のことである。つまり、相手が組織において自分よりも権限の少ない地位にいたとしても、それをあくまでも「役割」の違いと認識し、接するときは同じ、対等の人間であると認知しながら相手の尊厳を守り、また自分の尊厳も相手に尊重してもらいながら関係を維持することである。この場合、相手が年下であろうと異性であろうと別の人種であろうと偏差値の学歴において異なろうと、容姿において異なろうと、組織での肩書き、つまり権限の多さに差があろうと、それは単なる客観的な違いに過ぎず、客観的に上も下もないと認知した上で人間関係を築くのである。  その場合、当然ながら、地位や立場の違いを利用して相手の尊厳を否定するような罵詈雑言、威嚇、圧迫などを加えることなどあり得ず、尊重の気持ちでお互いに接することになる。人間である以上、主観的な好悪は当然ありながらも、仕事の上で接する場合はその主観的な好悪の感情を全面に押し出すことなく、必要最小限の関係に留めながらも、相手の尊厳を尊重する姿勢は維持される。性格的に合わない場合は、個人的な付き合いには発展しないだけの話である。互いの領分を犯すことなく、配慮を持った関係が継続される。  世の中には色々な人がいて、組織の中での立場の弱い人に、相手が言い返せないことを利用して罵詈雑言や威嚇、圧迫などを加えて満足する人(パワーハラスメント)がいるが、それらの人々の態度はまさにシナ朝鮮から流れてきた亜流たる儒教文化の流れを強く汲む人々であることを客観的に解説した。  筆者の観察と分析では、日本社会に流れる本流たる日本文化においては、むしろ横の関係が客観的にみて取れると感じるのは、いにしえより、年齢、性別、肌の色、学歴、容姿、組織での肩書きの違いを超えて人間としての付き合いができる人を、日本の人々は好漢としてみてきたきらいがあるからである。幕末の例で言えば、西郷隆盛や坂本龍馬などはその典型であろう。どれほど地位が上がろうと決して驕らず、いかなる人にも対等に接した彼らだからこそ、多くの人々を魅了してやまなかったのである。  翻って現代の日本社会を見るにつけ、年齢、性別、肌の色、学歴、容姿、組織での肩書きの違いを根拠に、立場の違いを利用して理不尽に罵詈雑言、威嚇、圧迫を加える人が、大企業や公的組織には非常に多いように見受けられる。  最後の最後に筆者の主観的な意見を混ぜれば、こうした現状は日本の儒教化、すなわち、シナ朝鮮化であり、日本文化をこよなく愛する筆者としては、実に実に残念でならないが、読者の方々は、どのように感じられたことか。無論、主観的意見である以上、万人の意見が尊重されるべきことは、言うまでもないが。  なお、縦の関係、横の関係の話は、前回も紹介したアドラー心理学に詳しいので、ご興味ある方は是非お読みいただきたい。   今回もお読みいただき、ありがとうございます。 国際政治・外交 ブログランキングへ 

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  • 28 Apr
    • 儒教文化の真髄(縦の関係)

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    前回に引き続き、少し儒教文化の話を。    儒教文化と一口に言ってもたくさんの側面があるし、これについて本を書こうと思えば一冊どころでは済むまい。客観的事実だけでもいろいろなことが観察されるし、主観的意見を交えれば収集がつかないほどになるであろうが、今回はこの短いブログで、その儒教文化に流れる真髄を語りたい。もちろん、客観的な事実としてである。良いか悪いかの主観的判断を書いたところで、議論の決着は永遠にない。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いなのであるのが、人間の性である。    さて儒教文化。儒教文化というと、親孝行、友を大事に、主君に忠義を、礼儀正しくなど、東洋的な社会で美徳とされる概念を諭しているという印象があると思う。これは西洋社会でも普通に受け入れられるものであり、客観的事実としてこういう側面もある。しかし筆者の観察と分析ではここが儒教文化の真髄ではない。    事大主義という言葉を聞かれたことがある読者も多いと思う。どういう意味かというと、要は、長いものには巻かれろ、強きに従いという意味であるが、これは裏表の関係として自分より弱いものにはどんなことをしても良いという意味にも繋がる。    既に何年も前から南朝鮮(South Korea)のドラマ、特に歴史ドラマや恋愛ドラマ(反日歴史歪曲ドラマもたくさんあるが、それらはもちろん日本で放映されるわけがない)が日本で女性層を中心として人気であるが、歴史ドラマなどを見ると、そこかしこに、上司や強いものには平身低頭で媚を売り、自分より立場が弱いとか部下であるとか年下であるとかすると、途端に傲慢で横柄に振る舞う場面が見られる。そういう態度を批判的に作っているのではなくて、当然あるべきものという感じで見られるのである。歴史ドラマなどでは特にその傾向は強いが、現代ドラマでも上司と部下、店と客との関係でもそれはものすごく見られる。    これは筆者の分析であるが、これこそが儒教文化の真髄である事大主義なのである。自分より下だと認識した場合の傲慢さと横柄さこそが儒教文化そのものである。これはもちろん、主観的な判断ではないので、良いか悪いか、素敵か醜いことかは見る人により異なるし、それを話しても意味はない。    上下関係や立場の違いを利用して、相手が言い返せないことや逆らえないことを認知した上で侮辱や罵倒をすることは、パワーハラスメントそのものであり、言い換えれば後ろ手に縛った状態で殴る蹴るの暴行を加えるようなものである。これこそが、縦の関係の極致であり、儒教文化の縦の関係の構造なのである。無論、それがいいことか悪いことかは、それぞれの人間の価値観により決まるが。    一方で、日本文化の本質である「もののあわれ」は、四季の移り変わりの中でそこはかとない、つまりは言葉や論理では表せない移ろいゆくものへの儚さに思いを馳せる心の持ち方であり、情感や感じられる想いを大切にする精神文化である。鎌倉武士の確立した「名こそ惜けれ」の精神は、盗みや殺しなどの不正をして利益を得ることは恥ずかしいことであり、惜しむべき(大事にすべき)は死んだ後でも残る名誉である。この名誉は実質的な爵禄というよりもむしろ、後世の人々がどう評価するであろうかということに重きを置いた意味での名誉である。命を捨てても守るべきは金や地位ではなく、後世の人々からの公正な評価である、ということである。「思いやり」という特殊な精神文化もこうした歴史的な背景から生まれてきたものというのが筆者の分析である。    であるからこそ、儒教文化の浸透しきったシナ大陸や李氏朝鮮では、ついに最後まで自己改革ができず、日本での明治維新のようなことは起きなかった。明治維新は、儒教的な事大主義に染色されていない日本だからこそ可能だったのである。明治維新の原動力となった人々が、20代30代の地位も金もなき若者たちであり、最終的には彼らが実権をとり様々な刷新を実行することを許す日本の文化的土壌があったことが、明治維新の、奇跡と呼ばれた明治維新の成功の理由なのである。    儒教的価値観である年齢、肩書き、門閥によって社会制度が牢固として固まりきっていたシナ大陸や李氏朝鮮では、明治維新のような刷新は、客観的に物理的に不可能だったのである。    縦の関係を築く人間は、決して横の関係は築くことはできない。常に自分よりも、上なのか、それとも下なのかの主観的な判断が働き、それを元に態度や関係性が決定される。であるから、上には媚びへつらい、下には横柄傲慢に振る舞うのである。逆に、横の関係で人間関係を築く人は、こうした縦の関係はありえない。こうしたことは、アドラー心理学を紹介した『嫌われる勇気-自己啓発の源流「アドラー」の教え』に詳しいので、ご興味のある方は読まれることをお勧めする。    相手の年齢や肩書き、門閥などを超えて、その人の考えや発言内容、さらには人間として魅力などを重視した人間関係を構築した幕末の若者たちの行動は、儒教文化が既に入り込んでいながらも、それを押しのけるほど強く流れていた日本文化の本流の後押しによって推進されていたのである。年齢、肩書き、門閥など、儒教文化で牢固として動かない価値観を超えるような行動など、その文化にどっぷりとはまっているシナ大陸や李氏朝鮮では、起こりようもなく、多少起こりかけたとしても、あっという間に潰されるのである。    反日という絶対価値観を疑うことも見直すことも絶対に許されない硬直しきった現代の朝鮮社会を見れば、今も昔も、朝鮮半島は何も変わっていないことがよくわかる。これはシナ大陸も全く同じである。    ハーバード大学のサミュエルPハンティントンは、著書、文明の衝突の中で、日本をシナや朝鮮と明確に区別して、日本文明を一つの文明圏として確立した。この著作への主観的評価はそれぞれにしても、客観的には彼は間違っていないのである。    ブラック企業でのパワハラ(パワーハラスメント)行為、圧迫面接、客だからということで横柄に店員に接する人々は、まさに、こうした縦の関係を基調とする「儒教文化圏」に住んでいると言える。    日本人が、日本文化とは何か、日本の伝統とは何かを、今一度考える機会を持てれば、自然とパワーハラスメントなどは消滅していくであろうというのが、筆者の分析から導き出される結論である。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 27 Apr
    • 復興相の辞任から見えること

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    「東北でよかった」、正直、この言葉は「東京で震災が起きたら大変なことになる」という話を強調する為に入れなければならない言葉ではない。それどころか、この発想自体が、どのような文を構成する上でも一切、全く必要ではない。いや、それどころか、「震災が起きたのが東北でよかった」などという発言は、どう考えてもどんな状況でも、そう思っていない限り出てこない言葉である。安倍総理が即座に謝罪して復興相がクビになったのは、あまりにも当然の結末である。    この事件をみて筆者は常に頭にある日本の闇について改めて考えた。    自由民主党、政権政党であり、安倍総理が率いている日本でもっとも政権担当能力がある政党である。しかしながら、それはすなわち、所属している政治家全てが政治家に適した人材であるというわけでは全くない。周知のことであるが、理解に苦しむ親シナ派も入れば、親南朝鮮派、親北朝鮮派もいる。のみならず、理念もなにもなく、ただ職業として、商売として政治家をやっている政治家も多数いる。    そうした政治家が、当選回数により、大臣の順番待ちをしている。無論、政治家としての政策遂行能力などない。復興相を見ればわかるが、東京大学法学部卒であろうが、なんであろうが、そんなものは政治家の素質とはなにも関係ない。政治家の素質も、大臣の素質も、政治能力もない人間が、当選回数の多さで大臣の地位を当然のこととして要求するわけである。    これこそが、日本の闇そのものである。そしてこの闇は、やはり、日本文化に入り込んでしまっている亜流文化である、シナや朝鮮の本流文化である、儒教文化による影響なのである。以前も指摘したが、日本文化の本流は、「もののあわれ」「名こそ惜けれ」「思いやり」などであり、儒教文化は完全なる外来亜流である。    年齢、肩書き、経験年数によって、上下関係を構築し、能力や素質を一切無視して権限や権力を手に入れようとする。そしてそれらの条件を元に、後に続く人材を拘束する。財務省で、未だに複式簿記や会計次年度繰越主義が採用されないのは、それを採用することは、単式簿記や単年度主義で伝統的にやってきた諸先輩のやり方を否定することになり、絶対に許されないという、全くもって不合理な理由によって暗黙に受け継がれているからに他ならないのである。こんな理由で、国家が運営されているのが、日本という国なのである。    筆者は別に、西洋的な能力第一主義ではない。能力は誰にでもあるので、適材適所で人間が活躍できる社会こそが健全であると考えているに過ぎない。しかしながら、現在は、その場所で能力がないにも関わらず、年齢、肩書き、経験年数、しがらみなどの理由で大臣にもなってしまう時代なのである。    ブラック企業のパワハラ会議やパワハラ上司の存在も同じである。年齢、肩書き、経験年数という、実際ほとんどなんの意味もない理由を元に、自分よりそれらの年数やら肩書きが下と認識される人に対して、人間性を否定するような、人格を否定するような暴言やら扱いを平然と行うわけであるから、正直、唖然とせざるを得ない。しかし、そうした状況は実に、日本全国津々浦々で、はびこり切っているのである。    日本文化に寄生虫のように入り込んで巣食っているこの亜流、シナ朝鮮式儒教文化。これがなんなのかを冷徹に分析し認識することに以外に、日本文化の復活はない。    「震災が東北でよかった」と、平気で言えてしまう東大卒で当選回数が多いだけの復興相の辞任劇を見ながら、心底そう思った。     今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 26 Apr
    • マクロンは既に勝ったつもりらしいとか

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識  AFPの報道によると、フランス大統領選挙の第一回投票で1位となったマクロンは、既に勝利宣言かと思わせるような行動をし、高級ビストロで祝杯をあげたという。  確かに、現職大統領をはじめ、多くのマスメディアが反ルペンキャンペーンを大々的に取り行っており、1回目の投票で1位となったこともあり、浮かれる気持ちはよくわかる。客観的に見て、風はマクロンに吹いているようにも見える。  しかし、これを見ると、本当に思い出されるのは、驕る平氏は久しからず、という言葉であり、桶狭間での今川義元の敗北である。誰がどう見て、どう考えても勝つ予定の戦に、織田信長に破れる前の今川義元も、今のマクロンのような心境だったのではなかろうか。無論これは、筆者の主観的な推測であるが。  前回も触れたが、パリは機関銃を持った武装警察官が厳重に警備しながらの選挙が執り行われているほどテロリストに警戒した状況が続いている。いつどこで爆弾が破裂するかわからない状況である。国内でのアラブ系移民に対する不信感とフラストレーションは極地に達していると言っていい。もともと差別的なフランス人が、この状況を放置するわけがない。選挙はあくまでも、蓋を開けて見るまではわからないのである。  この二週間は、まことにもってフランスから目が離せない。北朝鮮の動向も気になるが、世界に広く目を向けていきたい。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。 国際政治・外交 ブログランキングへ 

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  • 24 Apr
    • フランス大統領選挙のこと

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識  マクロンとルペン候補の一騎打ちが決定したフランス大統領選挙、マクロンが圧勝との報道が多い中、筆者少し異なる予想を立てたい。  確かに、敗退した他の二候補共にマクロン指示を打ち出しており、マスコミは揃ってルペン候補とその政党国民戦線を極右政党とレッテル貼りでこき下ろしているので、一見するとマクロンが圧倒的に有利であるかのような印象を受ける。しかしながら、アメリカの大統領選挙でも見られたのは、左翼系のマスコミの反トランプ扇動にも関わらず、多く人のがトランプ大統領に投票した事実である。特に、共和党内での候補者選びでは、並み居る強敵を次から次へと打ち倒していったトランプ大統領の強さは今でも思い出される。  「I am your voice!!(私こそがあたながた国民の声である!)」と叫ぶトランプ大統領の言葉には、ある意味、嘘はなかったのである。中南米からの不法移民に怒りとフラストレーションを抱える声なき声は、選挙結果に見事に反映した。左翼系マスコミは上っ面の人道主義を押し出して、現実の不法移民による犯罪やら労働市場への侵食を一切伝えなかったが、国民は生身の肌の感覚としてそれを強く認識していたのである。  フランスの大統領選挙、もちろん結果は蓋を開けて見なければわからない。大方の予想通りマクロンの圧勝に終わるかもしれないし、そうした下馬評を覆してルペン候補が勝利するかもしれない。来月の初旬の選挙まで、目が離せない。欧州の大国の一角であるフランスの動向は、即欧州の動向を左右する。実に面白い展開であることは間違いない。フランスのラジオなどを聞いていると、極右政党を勝たせるなとの左翼メディアによる偏向報道が目立つが、そうしたものを跳ね返したアメリカ大統領選挙もあり、今後の展開は誰にも予想できまい。  時代は大きく変わりつつある。これまでの常識が通用しないことは、既にアメリカの大統領選挙により実証済みである。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。 国際政治・外交 ブログランキングへ 

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  • 22 Apr
    • 「武力行使なら全面戦争」

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識  時事通信の報道によると、北朝鮮は「武力行使なら全面戦争」と、アメリカに対して非常に強い姿勢を示している。  勝敗の話でいうならば、最終的に北朝鮮が勝つ可能性はありえない。北朝鮮軍がワシントンDCに乗り込んで、彼らの国旗を打ち立てる日は、地球が明日滅びるよりも可能性ははるかに低い。しかしながら、アメリカ、及び彼らが歪曲した歴史を元に憎みに憎んでいる彼らの隣国、日本が何らかの被害を受ける可能性は充分にある。特に、距離からいえばアメリカ本土よりもはるかに日本本土が攻撃を受ける可能性は強い。  以前の記事でも書いたが、お花畑サヨク(日本共産党、民進党、社民党、NHK、民放各局、朝日、毎日などの主要新聞や、中日、北海道、沖縄タイムズ、琉球新報などの地方紙、さらには日本中にはびこる小、中、高、大の極左教師たち)は、今後日本がこうした外国勢力から攻撃をされ、どれほどの死傷者が出たとしても、基本的国家権とも言える「国防」を整備することを命がけで妨げ続けてきた責任を取る気は毛頭ないであろうが、そんなこととは関係なく、理性をかなぐり捨てた外国勢力は攻撃を仕掛けてくるのである。いくら日本国憲法で、 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」 しようとも、北朝鮮は日本にミサイルや核兵器を打ち込むことを躊躇しないであろうことは、拉致事件をはじめとする数々の非人道的な行為を見れば明らかである。彼らは平和など愛していないし、公正も信義も持ち合わせてなどいないのである。これももちろん、客観的な事実である。  明日の国際情勢の変化で事実として東京や大阪といった大都市をはじめ、米軍基地のある場所などにも北朝鮮からミサイルや核兵器が飛んでくる可能性はをあることを客観的に認識して、日本人は対処並びに覚悟をするしかない。  なんども繰り返すが、こうした悪夢が杞憂として終わることを願ってやまない。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。 国際政治・外交 ブログランキングへ 

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  • 21 Apr
    • パリのテロ

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    大統領選挙目前に起きた今回のパリでの警察官殺害テロは、無論、偶然ではない。はっきりと意図されて行われたものである。イスラム国による犯行ということであるが、イスラム国の意図するところが何かということがはっきりとわかる事件である。    イスラム国としては、フランスでマリーヌ・ル・ペン(国民戦線)党首が大統領に選出されることでフランスが欧州連合から脱退し、結果、欧州全体の調和が崩れて欧州が弱体化することを目的としていることが窺われる。    一方で、フランスのナショナリストも今回の事件を契機にマリーヌ候補への支持をいよいよ明確にするであろうことが予想され、今回は、欧州連合から出たいフランスのナショナリストと欧州の弱体化を願うイスラム国との思惑が一致したという感じではないであろうか。    ちなみに、いうまでもないことだが、フランスがEUに留まることが良いことか悪いことかは、これはもう完全に主観的な政治意見であり、個々人の判断に委ねられることである。    明後日に控えるフランス大統領選挙に目が離せないところである。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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    • 台湾・八田像損壊犯のこと

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    産経新聞の報道によると、台湾で八田與一さんの像を破壊した人間が、元台北市議であることが判明し、当人が警察に出頭したという。1958年生まれということだが、実はこの報道、大事な点が一点抜けている。この一点が入っていないと、客観的な情報の分析は不可能なのである。では、それは何か。    それは、この男が、本島人なのか、それとも外島人なのかという点である。これは台湾の歴史を学ばなければ理解できない話であり、この本島人と外島人との間の違いは、大東亜戦争後の台湾の歴史を知る上での核の中の核なのであるが、長い説明を省いて要点のみを言えば、本島人は大東亜戦争で日本が敗れた時点ですでに台湾にいて、日本とともに50年の歴史を歩んだ人たちとその子孫であり、外島人とは、日本が戦争に敗れた後、蒋介石とともに台湾に侵略し、台湾人である本島人を虐殺し、略奪の限りをしたシナ人とその子孫である。現代では単純に割り切ることはできないが、基本的には、本島人は親日派が多く、外島人には反日親シナ勢力が多い。今回の男は、完全に親シナ勢力の一人であり、反日バリバリであることから、おそらくは外島人の系統に属すると考えられるが、事実としてどうなのか、報道が待たれるところである。    このことが明らかになれば、親日の台湾人がどうしてこんなことを?という疑問は一気に氷解するのである。「なんだ、やっぱり外島人(シナ人)の犯行か、本島人(台湾人)の犯行だとしたらおかしいもんなぁ」ということで終わってしまう。台湾の人々の多くが歴史に関しても親日的であることの事実は揺らがないということになる。    ちなみに、台湾の人々に、その人が本島人か外島人か聞くと、どれだけ若くても即座に答える。筆者も海外で出会う台湾人に最初に聞く質問はこれである。政治的な意見に関しては、人によって様々異なるが、本島人であからさまに反日的な人とは、正直一度も会ったことはない。    読者の皆さんも、もし身近に台湾人がいて、誤解なく本島人か外島人か聞くことができるようであれば聞いてみると、面白いことが見えてくるかもしれない。無論、聞くか聞かないかは、あくまでも本人の責任の範囲であるが。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 18 Apr
    • 英国庶民院解散総選挙について

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。  主観と客観 客観についての補足 外国人には思い遣りがガチでないという事実 優しさ(主観的)と思いやり(客観的) 二種類の「正しさ」 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識  Yahoo!ニュースの見出しで読売新聞が、「EU離脱の信問う」と書いているのを見た。英語を理解できる人が書いているのかどうか、本当に疑ってしまう。これでは、今回の英国の選挙が、EU離脱を問うた国民投票と同じ意味を持つかのような印象を受ける。  ということで、先ほどBBCのサイトへ行き、メイ首相の演説を直接聞いた。読売新聞の書いているような事は全く言っていない。有名大学をでたエリート集団の新聞やらテレビ局やらの輩の仕事の杜撰ぶり、あるいは低レベルぶりは、朝日や毎日やNHKに止まらなず、どうやら新聞各社に共通する傾向のようだ。  今回のメイ首相の解散総選挙の決定は、現在の保守党政権が進めるEU離脱の交渉のやり方、方針について、野党が"game playing"、つまり、「反対ごっこで邪魔をしてくる」ことで審議がスムーズに進まないことから、EU 側に与える印象も悪くなり、それによりEUとの交渉にも支障が出る恐れがあるため、議会制民主主義の根本に立ち返って、保守党のEU離脱交渉の方針を、国民が支持するかどうかの「信」を問いたいと言っているのである。そのための解散総選挙なのである。  別に、今更改めて、イギリスがEUに残るべきかどうかについての信を問うているのではない。偏向歪曲、印象操作報道は、保守と認知されているはずの読売ですら、例外ではないようである。朝日や毎日や中日や東京や北海道や共同通信などはもちろん論外の低レベルぶりであろうが。  下記の記事に書いたように、英国はグローバリズムではなくナショナリズムを選んだ。これは、客観的に見て、主権国家が追求する元々の道であると観察される。   支持率は現時点では保守党が他を圧倒しているのであるが、選挙は時勢の風の影響が大きいので、じっくりと経過を見守りたい。  今回もお読みいただき、ありがとうございます。 国際政治・外交 ブログランキングへ 

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  • 16 Apr
    • 西洋に先んじる日本の歴史

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    以前、下記の記事で、日本においてははっきりとわかっているだけで、鎌倉幕府の成立以来、権威と権力を分けるシステムが成立していたことを紹介した。    海外にいてよく感じるのは、欧米人(欧州と北米)の圧倒的な人種的優越意識である。これはもう悪気などなく、ほとんどの人たちが巌のような硬さで持っている。文明を発祥させたのも、近代科学を引率してきたのも全て欧州とその移民たちの北米であるというとてつもなく強烈な自負である。これは、本当に、全然悪気も悪意もなく、当然のこととして、優越意識とともに持ってる感覚で、当たり前すぎて、それによって彼らが他の人種や文明を見下している感覚を忘れて見下すほどである。    素直に、無邪気にそう信じているので、目線が安定の上から目線なのである。本当に悪意なく、優越意識を持ち、他の地域と文化圏を完全に見下している。何度もいうが、悪意はない。まあ、悪意のある輩もいるが、大多数は素直にそう教育された通り思い込んで生きているのである。    しかしながら、日本の歴史を紐解くと、実に、誠に、驚くべき事実が次々と見えてくる。上記の記事で紹介したように、権威と権力を分けるシステムを構築すること、今を遡ることなんと800年ほど前なのである。西洋がこの権威と権力を分けるシステムを明確に持つに至ったのは、実にごく最近の話に過ぎないのである。    全員ではないが、多くの日本人は、実に素直に欧米の方が優れていると信じている。その意識は、英語学習熱にも少なからず反映している。欧州言語と日本語とは根本的に根っこから性質を異にするものであるが、なぜか、日本語の方が劣っていて西洋語の方が優れていると本気で信じている人が日本人には多いのも、根本的には、この、「西洋優越」という幻想を無邪気に信じているからに他ならない。    この権威と権力の話以外にも、西洋に先駆けること何百年ということが、いくつも発見できるが、そのことは倉山満氏の「倉山満が読み解く太平記の時代」に詳しいので、ご興味のある方は一読されることをお勧めする。    いずれにせよ、思いやり文化一つを取っても、日本の客観的な独自性は、主観的で恐縮ながら、世界に胸を張って余りあるものである。    筆者も、英独仏の3ヶ国語を学びつつも、日本語の素晴らしさをいささかも疑っていないが、それはこうした客観的な事実を元に分析しているからに他ならない。    日本人はまず、日本の歴史及び伝統文化が、西欧に劣るどころから、場合によっては彼らの遥か及ばざる先駆的なものであるあることを、客観的に認識してはいかがであろうか。無論、欧米を参考にすることはたくさんあるであろうし、そのことはそのこととして、冷静に観察すればいいだけの話である。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 15 Apr
    • 北朝鮮の危機を前に隣国として確認すること

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    客観的な事実の分析として、大東亜戦争の終了後、日本人が台湾、満州、そして朝鮮から引き上げるとき、もっとも安全に引き上げることができた場所は台湾であり、満州や朝鮮からの引き揚げ者の中には、命を落としたものも多いほど、満州や朝鮮からの引き上げは、非常に危険で厳しいものであった。その理由は、客観的な事実として、現地の朝鮮人から略奪や強姦、虐殺などを受けたことによることは、高山正之氏の変見自在シリーズに詳しい。もちろん、そうした危険な状況から日本人を匿って助けた朝鮮人も事実としているが、朝鮮各地でこうした目を覆う惨劇が繰り広げられたことは、主観的判断(良いか悪いか、善か悪かなど)を横に置いて、客観的事実として記されるべきである。    また戦後の日本人社会で、朝鮮人の人々が日本国内において、「我こそは戦勝国民なり」と、事実ではない肩書きのお墨付き(準戦勝国民)をアメリカからいただいたことを良いことに、各地で暴行や略奪を働いたことは、蔡焜燦氏の「台湾人と日本精神」に詳しい。台湾人の方々は、これに比較して驚くほど日本人に対して暖かく、台湾においても台湾の方々が、「また落ち着いたら会いに来てください」といった言葉を日本人にかけて見送った話は枚挙にいとまがない。台湾の人々が、日本国内においても、準戦勝国民という肩書きに奢ることなく、日本人に紳士的にふるまったことは、これもまた歴史的な客観的な事実である。これをどう評価するかは、それを観察する人個々の判断によるが。    また、これは南朝鮮の政府であるが、大東亜戦争後、現在南朝鮮に不法に占拠されている竹島の周辺で日本人の漁民を拿捕し、凄惨な拷問を加え、幾人かは殺されている。これもまた客観的な歴史的な事実である。慰安婦や南京のような、デタラメな歪曲事実ではない。    こうした行為は、すべからく文化的な精神風土から発生することで、個々人の資質に理由を帰するべきではない。もし、朝鮮半島で生まれ育たなければ、こうした行為に及ぶことはありえないとも言えるからである。しかしながら、現に事実として、こうした残虐行為をするという伝統が、彼の地にはある。日本が併合していた時に行われたとされている拷問は、南朝鮮内の博物館で様々展示されているが、これらのほとんどは、実際に日本人がやったことではなく、朝鮮の歴史的な伝統的な拷問を、日本人がしたと歪曲して伝えていることは、青山繁晴氏が虎ノ門ニュースなどでも詳しく解説している。    今回のブログのポイントは、そういう精神風土、精神文化を持った北朝鮮の人々が、暴発する恐れがあるということはどういうことかということである。お花畑を歩いて、歴史を歪曲して自らの思想を正当化する為に生きている日本のサヨクの人々は、そんな危険な爆弾を素晴らしい朝鮮人が日本に打ち込むわけがないというかもしれないが、実際は、客観的な事実として、躊躇なく打ち込む精神風土を彼らが持っているということである。    つまり、現実に爆弾やミサイル、もしくは核兵器を日本に躊躇なく北朝鮮が打ち込んでくる可能性は、かなりの確率であるということを、日本人は今、この時点で、確実に、客観的に認識する必要があるということである。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 14 Apr
    • 海外で完全無防備な日本人女性留学生のこと

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    日本文化は特殊である。それも、「どの文化もそれぞれに違うよね」というレベルを遥かに超えたレベルで、特殊である。このことは、「思いやり」という他国の文化に絶対に見られない特殊な精神風土を持つが故であり、また、そのことから日本文化における客観性の度合いの高さは世界の中でも群を抜いたものであり、主観性の度合いのおしなべて高い他国と日本が隔絶していることも、このブログで強調してきた。    しかしながら、そのことが返って、日本人の、特に婦女子にとっての海外における危険度をあげていることも以前から指摘してきた。ワーキングホリデーや語学留学で海外にでる日本人女性は、海外の外国人男性にとっては格好の的となっているのは有名な話で、私が日本人であっても気を緩めてそういう話をしてくる外国人男性も多かったほどである。思いやりを持つ日本人女性は、外国文化の男性にとっては、圧倒的に付け込みやすいわけである。    私の実体験として、多くの南朝鮮の男性は、日本人と性的行為を行うことを目的にしていたりする。もちろん全員では無いが、そのことをあからさまに口に出していう人たちが、筆者の体験でもそこそこに多かったのは事実である。その目的は、「復讐」であるというから、これはもう、開いた口が塞がらない。日本人の婦女子と少しでも多く性交渉をすることで、「日帝に対する恨みを晴らす」と本気で考えている南朝鮮(South Korea)の男性が、もちろん全員では無いにせよかなりいるという事実を、日本人婦女子は頭の片隅に置いておいたほうがいいかもしれない。無論、人間的に魅力的で、そのような、ある意味偏った洗脳教育を受けた考え方を持っていない南朝鮮人もいるし、一概にいうことはできないが、そういう男性も多いのは事実である。実際に、筆者の知り合いの日本人女性は、性交渉を持った後、あっけなく捨てられていた。    無論、恋愛は自由であり、他者の介入を受けるいわれの無い話であり、そのことについてとやかく言っても仕方のない話であるが、あくまでも、客観的な分析としての話であることをご理解の上、読み進めていただきたい。    もちろん、南朝鮮の男性だけでは無い、世界中の男性が、特殊文化の精神性をもつ日本人女性を的にしているのは事実で、そのため、海外では結婚をするものの数年で泥沼の離婚に発展するケースがあとをたたないし、10年も経てば帰国を切に望むものの子供の関係などで帰るに帰れず、苦労している女性も実に多いのである。思いやりのゼロの文化の男性に比して、思いやりの精神文化を持つ日本人女性の方が、遥かに精神的な負担が多くなるのは、当然のことである。    また、日本人女性も、思いやり文化を持つ一方で、日本における公教育において「誇り」つまり、日本人として誇りを持つことを、なんと「禁じられてきた」という、世界でも唯一の特殊環境を経てきたために、いざという時に精神の拠り所となる「アイデンティティー」が完全に欠落しているため、ただただ、相手に合わせることでしか対処ができなかったりするケースも多いのである。「私は国を愛しています」というと即「極右」のレッテルを貼られ、異常者の扱いを受ける国は、これまた、日本以外に世界中見渡しても無いのである。    こうした、世界で唯一の特殊な精神性である「思いやり」と、これまた世界で唯一の「自虐史観」が合わさった時、日本人は外国人にとって、単なるカモでしか無くなる。安倍総理になる前の国際社会でも、日本は長らく、単なるキャッシュディスペンサーであったのは、湾岸戦争時でも明確になったように、客観的な事実である。    日本文化がなんたるものなのかの認識なく英語を学んだところで、国際社会で通用するわけがなく、以前の記事でも書いたように(英国の姿勢からみるナショナリズムとグローバリズムの違い)、インターナショナル(国家と国家の間に立つ)ためには、まず何よりもナショナルであらねばならず、それには自国の歴史と精神文化を知り、誇りを持つことが初歩の初歩なのである。    そんなことを、永遠に終わらない海外での日本人留学生たちの悲劇を見ながら感じた。    読者の皆様はどのように感じられたか。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 13 Apr
    • 映画「君の名は」を見て

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    政治や外交、あるいは歴史問題とは全く関係のない話をしたい。    先日、遅ればせながら映画館で「君の名は」をみた。海外にいたため随分と長く待てをくったが、実際映画館で見てみて、なるほど面白い映画だと感じた。映画評論のブログではないので詳細は省くが、ここでは、筆者が主観的に感じた話を徒然なるままに書いてみる。    なぜこの映画がこれほどまでに人気を博したのか、その理由は、筆者の見方では、人間の純粋な恋する気持ちを真っ正直に描いたからである。変化球もなく、斜に構えた見方もなく、ただただ純粋に。うがった見方や斜に構えた見方は、一見面白くも見えるが、心に素直に届くのはいつの時代でも純粋な心なのであろう。    そしてもう一つの理由は、これまで、胡散臭いものとして厭われてきた魂や神様というものを前面に押し出した作品であったことがあげられる。昨今のスピリチュアルブームの中で、魂や神様の存在を、以前のように鼻で笑う人は、日本では随分減ってきている。神社の存在から厳かな空気を感じる人々が増えたことも、この映画の人気の理由であろう。    そして最後に、単純ではあるが、人々が願う気持ち。つまり、美しい恋を成就させてほしいと願う気持ちをくすぐるストーリー展開だったことが人気の理由であろう。かくゆう筆者も、最後までみていく中で、いつの間にか主人公の二人の恋愛成就を願っていたものである。またもう一度見たいと、感じた。人々がいつだって求めているのは、ハッピーエンドなのであるから。    閑話休題のつもりで書いてみた。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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    • ユナイテッドエアラインの事件から見える人種差別主義の傾向

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    先日9日夜、アメリカのシカゴのオヘア空港で、シカゴ発ケンタッキー州ルイビル行きの3411便で、ユナイテッドエアラインが自社の乗客管理ミスにより、4人の乗客を強制的に飛行機から退去させ、そのうち一人がそれを拒んだため、空港の警察官を使って、強制的に引き摺り下ろした。報道されている情報によると、4人全員がアジア系であったという。    これがアメリカの実態、いや、カナダも似たようなもの、いやヨーロッパも同じようなものなので、白人の実態なのである。ただ人種差別をするのは、有色人種の国々も同じようなものであり白人の専売特許ではないが、これは筆者の体験的な感覚ではあるが。また、日本のエアラインはここまでのことをするとは思えないのも、筆者の感覚でもある。    しかし、それにしても、白人の人種差別は徹底しいる。口では人間皆平等、人道主義などを偉そうに唄っているが、実際は、徹底的に肌の色により差別し、彼らの主観的な判断として黒人よりも下位の人種としてアジア系を取り扱う。今回、強制的に降機させられたのは、4人ともアジア人である。黒人もアラブ系も含まれていない。アジア系がいかに、白人から最下層の人種として取り扱われているかが読み取れる客観的な事実である。    日本人は、客観的事実として、知識層を除いては、ほとんどの白人から、シナ人や朝鮮人、その他のアジア系と全く同じ人間として扱われ、特別な待遇をうけることはない。つまり、他のアジア人と同じく差別されるということである。    海外に出る日本人はこのことを肝に銘じて渡航することをお勧めする。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 11 Apr
    • 北朝鮮の核脅威の現実化から見える話

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    北朝鮮の機関紙、労働新聞が、米国が北朝鮮に対する先制攻撃の兆候を見せたら米国に核攻撃をすることを宣言した。それが実際に行われるかどうかは横に置いておいて、すでに現時点において、朝鮮半島が日本を含む世界にとって今までよりも明確に危険な存在となっていることはどうやら間違いない。トランプ政権の北朝鮮に対するこれまでにない非常に明確で厳しい姿勢を見ても、日本に北朝鮮からのミサイル、爆弾、あるいは核兵器が打ち込まれる危険性は、確実に現実的になりつつある。    そこから見えてくる重要なことはなんであろうか。それは、上に書いたような、ミサイルや核兵器が落ちてくるかもしれない状況がなぜ、日本において、今ここにきて通常の国家よりも深刻な問題として捉えられているのかという点である。    そもそも、自衛を当然の権利としている国は、日本以外の全ての国である。自分で自分の国を守ってはいけないと明確に憲法に規定している国は、世界中で日本しかない。軍隊を持たない小国はあるものの、有事に際しての自衛の為の項目は法的に存在しているし、侵略戦争の放棄を謳うイタリア憲法も、祖国防衛の義務は高らかに規定している。    そもそも、攻撃を仕掛けようとする敵基地を攻撃することなどは、侵略には当たらない。しかし、それも含めて、とにかく、軍事的な自衛権まで含めて、がんじがらめに日本を押さえ込んだ憲法を、後生大事に守るべく、日本をある意味危険な状態に晒し続けてきたのは、間違いなく、戦後民主主義的な左翼思想であり、それらは、マスメディアではほぼ全ての民法各局とNHKであり、それらのテレビを実質的に支配する朝日新聞やら毎日新聞、東京新聞、中日新聞、日本経済新聞、北海道新聞、見方によっては読売新聞などであり、政治の世界では、民進党や共産党、社民党といった政党群である。もちろん、野党だけにとどまらず、自由民主党の中にも多数、自衛を保証する憲法制定を妨げる勢力はたくさんいたし、今もいる。小学校から大学まで、嘘八百の歴史認識を子供達に植え付け、自らの思想や理念を正当化するために、歪曲した歴史を子供達に洗脳し続けてきた教師群の存在も決して見過ごすことはできまい。    筆者がここで思うのは、もし仮に、万が一、あってほしくはないものの、日本にミサイルが降り注いだ時、国民の中に多大な犠牲者が生じた時、これら、自衛の為の手段を常に封じようとしてきた勢力は、どういう顔を国民に向けるのであろうか。    現実の危機を前に対処を聞かれても、「話し合うことで解決する」と繰り返し続けてきたこれらの人々は、現実の惨劇を前に、どういう対応をするのか、それを、客観的に観察するべきであることを、惨劇が現実に起こらないことを祈りつつ、記しておきたい。    日本国民の命を無責任に危険に晒して、その上で利権の上にあぐらをかき、いけしゃあしゃあと高給をとってきたマスコミや政治家や教職の人々が今後どういう対応をするのか、見逃してはならないことではないであろうか。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 09 Apr
    • テロや殺戮の嵐がやまなくなりつつある世界情勢について

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    本ブログのタイトルは、正義(主観)ではなく公平(客観)を求めて、である。虚偽の慰安婦の問題や、虚偽の南京の歴史問題を眺めていて、あまりにも客観的な事実がないがしろにされ、世界中で、あまりにも主観的な判断(好き嫌いや正義と悪の判定)が先行して話されている状況を見て、主観と客観の違いを明確にして前面に押し出すことで、客観的な観察を軽視して主観的に裁いている現状がいかに不毛であるかを訴えることが目的であった。今でもそれが目的である。日本を非難する外国人や反日日本人は多いが、そのうちの何人が歴史的事実を客観的に観察していることであろうか、筆者の見立てではゼロである。何故ならば、もし歴史を客観的に観察できているなら、現状世界中に溢れかえっているような日本悪玉論は、ありえないからである。    客観的な事実をより重視するためには、主観的な意見の違いについては互いに尊重する以外の方法はないことも常に強調してきた。好き嫌い、正しいか間違っているかは所詮、個人の問題で、好き嫌いに明確な論理的な理由がありえない以上、他者がそれを強制的に変えることなどはできないからである。    かいつまんで言えば、スイカが好きな人がスイカが嫌いな人の好き嫌いを強制的に変えることができないということである。スイカが美味しいと感じるのも、まずいと感じるのも、ただ、それぞれの人にとって、そういう事実があるだけだからなのである。これは、政治的嗜好についても同じことが言えるのである。また、客観的歴史を見たときに感じるそれぞれの印象についても言えることなのである。    日本が朝鮮半島を「併合」することで、朝鮮半島では餓死という言葉消えるほど食糧事情が改善し、併合前と後ではなんと人口が二倍になった。こうした「事実」を見て、「素晴らしい」と思うか、「許せない!」と思うかは、個人の自由なのである。筆者からすれば、「食糧事情が改善して人々の栄養状態がよくなり、結果人口が増えたことは良いことじゃないの?」と思うが、中には、「日本の政策によって朝鮮半島で餓死者が減り、人口が二倍になったことは許しがたいことだ!」という結論になるかもしれない。何故そうなるかは、正直、筆者は皆目理解できないが、その人がそう思う以上は、ほっておくしかどうしようもないのである。    問題は、嘘をついて、「日本の政策で餓死者が増えて人口が激減した」という歪曲の歴史認識を元に、「日本は許せん、悪い国だ!」という結論に導くことである。この場合の主観的意見は看過できない。何故ならば、意見の元になる事実が嘘だからである。これがこのブログの背骨の主張なのである。    翻って、現在の国際情勢を見ると、テロに次ぐテロ、戦争に次ぐ戦争、殺戮に次ぐ殺戮である。これは単純に、客観的な事実を分析することを放棄して、安直に主観的感情を爆発させることを、世界中の人々が優先しているからに他ならない。客観的な事実を分析した後に普通続くのは、具体的な対応策であるが、その手順が常に無視されて感情を最優先するために、あっという間に殺し合いの世界が繰り広げられる。    北朝鮮しかり、南朝鮮(South Korea)しかり、シナ(China)しかり、ロシアしかり、シリアしかり、中東諸国、南米諸国、アフリカ諸国、東ヨーロッパ諸国、インド、東南アジア然りである。    日本は、戦後の様々な病理(お花畑サヨク、パヨク)はあるにせよ、世界でも希な、というか奇跡的な「思いやり」の存在する文化を持つ国であるがゆえに、今後、カオスそのものの世界を秩序ある方向に導くことができる役割をもつ、唯一の国に思えてならないのは、筆者だけであろうか。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 08 Apr
    • 米国のシリア攻撃から見えること

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    トランプ大統領がシリアに59発のミサイルを打ち込んだ。ロシアとの関係の兼ね合いもあり、今後の動向は注目されるが、ここではこの米国のシリアに対する攻撃から観察されることを分析してみたい。    まず第一に、アサド政権が実際にサリンなどの化学兵器を使ったかどうかを完璧に証明できる人はまだ一人もいない。そのような可能性があるということだが、実際に完全にそれを証明できる人はいない。現にアサド政権は反政府派の自作自演を強調している。実際の問題として、アサド政権がこの時点で世界中から批判を受けることが必須の化学兵器の使用をあえてするかと問われれば、少なからず首を傾げなければいけない。    第二に、あくまでも建前の話になるかもしれないが、アメリカは世界に多数存在する国のうちの一つに過ぎない。国際法では、全ての国は平等である。アメリカが他のどの国よりも優れているとか、優越しているとか、上位の権限を持っているということはない(連合国の常任理事国という面はあるものの、外国攻撃には連合国安保理の承認がいるが、今回の攻撃にそれはない)。にもかかわらず、今回、内政干渉とも、あるいは侵略行為とも受け取れる攻撃を行ったこと。    第三に、こうしたアメリカの姿勢から、これまでずっと手付かずであった北朝鮮が、実際にアメリカの攻撃対象となる可能性が非常に強くなったということ。    第四に、シナ共産党のトップ、習近平が訪米している最中の決定であったことから、北朝鮮の問題に関しても、シナに非常に大きなプレッシャーとなった攻撃であると言えること。    無論、上記以外のポイントもあるし、上記のポイントが必ずしも完璧に客観的であるとは言い切れないが、少なくとも、良い悪い、好き嫌いの主観的判断をするよりも、こうした客観的な分析こそが常に求められることはいうまでもない。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 07 Apr
    • 教育無償化の財源について

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    自民党の小泉議員が活発に活動し、こども保険という言葉を広め、それを教育無償化の財源とするべく運動している。それに関して、麻生財務大臣も同時に、それを評価する声明を出している。と同時に、教育国債の発行による財源確保を強く批判し、借金を増やすだけという、客観的に見て財務官僚が好んで使うフレーズを連発している。それに比して、前文部科学大臣の下村博文氏を始め、経済政策の専門家である高橋洋一氏や、経済評論家の上念司氏は、教育国債の発行により財源をまかなうべきと主張している。それらは投資であり、様々な教育を受けた人たちの将来の失業率が減ることから失業手当(社会保障費)給付が下がること、またその人たちによる将来の納税によるリターンが考えられる。経済学的な試算では、2.5倍のリータンとも言われている(こうした数値に関しては裏付けも必要)。    小泉議員や麻生財務大臣が使うこども保険という言葉も、詐称(嘘や詐欺)に当たることが指摘されている。保険の概念では、保険加入者の全ての人が保険金の適用を受けることが保証されるが、60歳をすぎた高齢者がこれから子供を作ることまず考えられず、こうした人たちは、万一の時に保険金を受け取る可能性はゼロである。また、もし全員が保険金の適用を受けるとしたらこれもまた保険とは言えない。保険とはあくまでも加入者全員に適用されるものの、実際には一部の人のみが保険金受領の対象となる可能性があるという制度であり、絶対に適用されない人がいたり、あるいは全員が適用されるとすれば、それは保険ではない。こういう点からも上記の高橋氏や上念氏は、こども保険が、実は単なる新しい増税、つまりは「こども税」にすぎないことを指摘し、詐称の事実を指摘しているのである。    ちなみに、財源を消費増税と言っている人がいるにはいるが、これはもう完全に財務省の本音を代弁しているだけで、マクロ経済学的に言って、デフレ状況を抜けきっていない日本がこれ以上、消費を下げ、ひいては全体の税収を減らすだけのネガティブな意味しかない財政政策である消費増税を実行するなどは、正気の沙汰ではない。    こども保険も実際は、財務省が巧妙に増税を正当化する為に作り出した言葉であり、それに幾人かの不見識(勉強をしていない)な政治家が宣伝に使用されているだけの話である。    それにしても、政策の基幹である財政政策と金融政策の本質的な理解がまるでない人が国会にこれほどいるという客観的な事実は、国を大事に思うという主観的な観点からすると、実に恐ろしいことであると言える。筆者が以前から言っているように、経済政策と外交政策は、政策の二大柱であり、これらの正しい知識なくして政治など絶対に不可能なのである。つまり、国際関係とマクロ経済学の基礎知識すらない人を、果たして国会に送り出していいのかというのが、筆者のもつ根本的な疑問なのであるが、読者の方々はいかがお考えになるであろうか。ちなみに、これは筆者の私見であるが、安倍総理は、この国際関係とマクロ経済学をきちんと理解している近年稀に見る政治家であることを指摘しておく。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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    • 南朝鮮(South Korea)が北朝鮮とシナ(China)に組み込まれる日

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    近々行われる南朝鮮(South Korea)での大統領選挙で、北朝鮮を愛し、日本を歪曲の歴史観に基づいて憎むことをよしとする大統領が選出されるのは、どうやら間違いないようである。    前女性大統領が、筆者は別にかばうつもりはないが、それでも客観的にみて証拠隠滅の恐れなどないにもかかわらず、世論におもねった司法判断により拘置所に拘留されるという状況を見ても、また、道路交通法に違反、またウイーン条約にも違反しているにもかかわらず、世論におもねった政治的な判断で虚偽の慰安婦像が違法に放置されて続けているのを見ても、彼らがいかに、主観的な感情を最優先にして行動する精神文化をもっているかは、客観的に見て非常に明白である。    こうした極めて主観性の度合いの高い、それも他者の迷惑などを一切考慮しない種類の主観度の高い精神文化をもつ国が、次に選ぶ大統領は、これまで以上にその精神文化の特徴を色濃く持っている人物であることを、日本人は今一度しっかりと認識する必要があるのでないかというが、筆者の主観的な意見である。    もし、これほどまでに明確な反日、反米、親北朝鮮、親シナ政権が成立したら、どういう事態が予想されるか、日本人として、しっかりと目を見開いて見る必要があると筆者が思うのは、実際に、多数の国民が、民進党やら共産党といったお花畑で遊ぶ、つまり現実的な状況を把握できない政治家の言動を信じて行動した場合、実質的に命に関わる状況、つまり死ぬかもしれない状況に陥る、客観的な可能性があるからである。    「別に日本人がたくさん死んでもいいじゃないか」と思うのもまた、主観的な意見であり、そう思う人の考えを変えることなどは誰にもできはしないが、筆者は主観的に、多くの日本人が北朝鮮の核兵器やらミサイルやらの犠牲になって苦しんで死んでいく姿を見たくはないので、そろそろ戦後民主主義のお遊びを本気で卒業するべきではないかと考えている。    ただ、これほどまでに眠ってしまった大勢の国民の意識を覚ますことが、果たして実質的な悲劇を避けながらできるのかどうか。読者の方々はどのように考えられるであろうか。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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  • 06 Apr
    • フランスでチャイニーズが殺された件で

       初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。    主観と客観  客観についての補足  外国人には思い遣りがガチでないという事実  優しさ(主観的)と思いやり(客観的)  二種類の「正しさ」  日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識    フランスのパリで3月26日にチャイニーズが警察官に殺された件で、パリではチャイニーズ系住民の暴動が起こっている。もし被害者が日本人系であれば、まずこうした暴動は考えられないが、そこは、精神文化的な特徴もあり、チャイニーズは大規模でアグレッシブな暴動に発展させている。もちろん、人間一人の命が簡単に奪われることが悲劇的であることは、筆者も同感である。    そもそも、フランスに行ったことのある有色人種が大体において口を揃えていうのは、フランス人は人種差別的であるということであるが、これは別にフランスだけではなくて、欧米各国の白色人種に多く見られることであり、もっといえば、アフリカに行こうが、チャイナに行こうが、コリアに行こうが、南米に行こうが、中東に行こうが、どこに行こうが大体において人種差別は散見される。程度の度合いの違いといっても、なかなか精確に測れるものではない。筆者の経験でいうと、大体どの人種も似たり寄ったりである。    昨日もフランスのラジオを聴いていると、フランス語を流暢に話すチャイニーズ系の住民が、平素、いかに差別をされているかについて話していた。パリにいて、フランス語を話せても、英語での会話を強要されることも日常茶飯事だという。これは、カナダのモントリオールでも同じで、現地フランス語系白人の何人かは、アジア系と見ると容赦無く、相手がフランス語を話そうがどうであろうが、英語で返答してくる。言語は、差別の道具でもある。相手を差別する時にもっとも簡単なのは、言語で区別することである。    ちなみに、どこでも大声で話し、街のいたるところで唾を吐き、アグレッシブに値引きを要求し、撮影禁止の場所でもお構いなく写真を撮りまくり、レストランではテーブルを激しく汚しながら食事をするチャイニーズの人々に、マリアのような慈愛を持って好感をもって接せよとフランス人にいうのも、ある意味酷な話である。    筆者は事件究明を任とする調査官ではないのでどちらが悪いかなどのジャッジメントはしないが、今回は、こうした問題を見た時に観察できるいくつかの客観的なポイントを羅列してみた。    今回もお読みいただき、ありがとうございます。   国際政治・外交 ブログランキングへ  

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