「松山千春 ON THE RADIO」2012年1月15日放送 (3)
テーマ:松山千春
「松山千春 ON THE RADIO」2012年1月15日放送 (3)
というわけで。私の、まあ、フォーク音楽祭ね。北海道大会で。まあ、そこで落選。落ちるわけですよ。で、そん時の司会が、かまやつさん。そして、いろんな司会があったけど。喜瀬さんもね、STVの喜瀬アナウンサーがやってくれて。それで審査委員長が石川鷹彦。これ、ギタリスト。だから今でもな、もう、ムッシュ(かまやつさんのこと)に会うとね、「いや~千春さん、ホントにあの時からすごかったですよね」って話になるんだよな。
そして石川鷹彦。カレは、もう有名なギタリストですからね。鷹彦さんとスタジオで会うと、「おー千春クン、元気でやってるかね」みたいなね。「えー頑張ってますよ」 「相変わらずギターは下手か」とか言われてね。「鷹彦さん、それ言わないでください」みたいなね。「結局、鷹彦さんが俺を落としたんだから」 「いや、違うよ。あれはみんなの総意で落としたんだから」みたいなね。
あれね、結局わかんないままなんだよ。どうしてその俺が落ちたのか。だってね、その後、竹田さんがね、「千春クン、来年のフォーク音楽祭受けるのもいいけど。一年じっとしていてくんないか。そしたらラジオをやろうよ」こっちはなんの約束手形もなくですよ。一年間じっとしていてくれ。それでラジオをやろうじないか…って言って。
俺、アマチュアで。1976年、昭和51年。4月からSTVの「サンデージャンボスペシャル」っていう番組のコーナー枠としてね、“千春のひとり唄”。アマチュアですよ。アマチュアで、これを一年間半やらされるわけですよね。そうやって考えたらホントに、どうしてあん時にその私が落とされて…。そして竹田さんは俺を、こんなに言葉使いの悪い俺をだぞ。ラジオのパーソナリティとしてね。
それで毎週のように2曲つくってこい…だから。「サンデージャンボスペシャル」だから、日曜日だからな。だからその一週間、2曲歌ったら。翌週も2曲つくってきなさいよ。これがもう竹田さんの、まあ戦略といえばね、戦略だったかもしれないなあ。
だから俺がさ、いざデビューする。昭和51年の4月に“ひとり唄”はじめてだぞ。それで昭和52年の1月25日に、俺がデビューするわけだろ。その時には、もう100曲近く曲があった。アルバムにすれば8枚か9枚はすでにもう出来あがるだけの曲があった。あれはホントに竹田さんの、ウーン、長いスパンでみてた。みててくれたのかなあ。まあ、それは今でもわからない。
<CM>
いや、あの時はホントにアマチュアとしてですね、ラジオへ出さしてもらって。で、毎週2曲歌う。そしてスタジオでやるときもあったし。あとSTVホールでね、やることもあったし。そして昭和52年の1月25日のレコーディングに向けて、前の年の10月かなあ。東京へ、レコーディング行って。で、そん時に、いろんなディレクターにお世話になったなあ。(岩手放送、東北放送、東海ラジオ、ニッポン放送、MBS(今のラジオ大阪)、RCC、KBC、のディレクターさんの名前をあげる)
みんな名物ディレクター。名物ディレクターなんだけど、すごい俺のことを可愛がってくれて。それで昭和52年の1月25日『旅立ち』でいくんだけど。あれ、レコーディングの時があれだよなあ。ホントに、まあ自分で、緊張もなんもしてなかったんだけど。なんか声が今いち伸びない。したら竹田さんが、掃除してたオバさんのほうきを持ってきて。「千春、これをギターだと思って歌った方が歌いやすいんじゃないか」って。俺は、ほうき持ってですよ。竹ほうきを持ってレコーディングですよ。
それで、まあ出来上がって。それで、どの曲にしようか…。あの時には『ためらい』とか。『初恋』だとか。そういう曲も録ってましたからね。どの曲でいこうか…。「いや、竹田さん。もう竹田さん、決めてくださいよ」 「じゃあ、あれだなあ。俺たちの出会いだった『旅立ち』でいこうなあ」 「じゃあ、『旅立ち』でいきましょう」何よりもその嬉しかったのは、最初メタメタに言われたその『旅立ち』をですよ。シングルで出す。
STVの本社は、そんなどこの馬の骨ともわかんないような奴のね。そんなリスクまで負ってね、レコード出したってしようがないじゃないか。上層部はそう考えてた。が、竹田さんは「じゃあ、退職金を前借りさせていただいてでも、私は松山の曲を出したいです」それで、ひともんちゃくあって。まあ、ぶっちょうずらの関口さんが「ウーン、竹田に任していいんじゃないか」。これで我々はデビューすることができたんですよ。
嬉しかったのは、昭和52年1月25日。今でも忘れないんだけど。キャニオンレコードからデビューするんだけど。クラウン、ソニー、テイチク、北海道にいたレコード会社の宣伝マン。みんながだぞ。他の連中もあれですよ。自分たちのレコード会社も、新人出してるわけだから。それなのにな、俺のレコード一生懸命…。その、まあ、玉光堂やな。そういうとこで売ってくれたわけだ。もう、これには感謝しても感謝しきれないなあ。
「お前、千春がよ、出るんだからよ」って言ってな。一生懸命みんなが応援してくれたもんなあ。あれはやっぱりあれでしょうね。竹田さんが実に誠実なディレクターだったからこそ、竹田さんがやる松山千春なんだからといって。北海道のレコード会社の宣伝マンたちはやってくれたんじゃないかなあと思いますね。
まあ、今日はこのへんで。そしてまた来週は、デビューしてからどうなっていくか…を。そういうお話したいと思います。今日も最後まで聴いてくださってありがとうございます。じゃあ、俺たちの“絆”となった曲です。松山千春『旅立ち』
♪ 旅立ち 松山千春
この後は、2月22日放送の(1)に続きます。









