般若心経を唱えたり、般若心経を知る者は、その意味を一度は考えたことがあると思います。


そこに書かれてある『空』とは何か?


人それぞれ様々な答えが浮かんだと思います。


般若心経の本を読んだりネットで検索したり


一般的に『空』はあなたの周りにあるものは全て実体のないもの(妄想)であると書かれているものが多いです。


では、これは真実なのでしょうか?

だって目の前に見えるものは存在しないのですよ!そこにあなたも居ないのですよ!そんなバカなことがありますか!

誰もが一度は疑ったと思います。


だって、目の前に見えているものは、妄想だと言っているのですよ。


現にあるではないか!


疑って正解だと思います。疑うことによって自分で真実を見つけ出させようとしているのです。


人というのは疑うから自分で真実を探し始めたりするのです。そして、自分だけの答えを出していくのです(気づきを得るために)。


自分と同じように他の人も自分だけの答えを出していくのです。
その答えは人間の数に比例するくらい無限にあります。


しいて言うなら『空』とは無限を表し、『色即是空・空即是色』とは無限にあるということはそこに答えがないということを言っているのです。


自分の考えが正しいと言い切ることはその人にとって正解であるように、他の人も同じように正解なのです。


ここから何が言いたいかというと、人それぞれ導き出された回答は縁起によって生み出された経験(価値観)から生じているので、人それぞれ答えが違って当たり前なのです。

ようするに、価値観を持ってしまった偽りの自分から物事を捉えているから偽りの世界しか見えないのです。誰もが同じです。

それが、妄想の世界を作り上げているのです。

したがって、世界が偽りなのではなく、あなた自身が偽りのあなたなのです。

この世界の見えている物の全ては現実に存在する真の世界なのです。


AD

『天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそう)』



私達はよく言い争いをします。



みんな自分が正しいと思っているからです。相手の方も同じです。自分が正しいと思っているから言い争うのです。

特に親密な関係になると言葉を交わす機会が増えます。そして言い争う数も増えていき、やがて一番近くにいて一番遠い存在になってしまいます。



自分だけが正しいと思わないこと。



人もこの自然もこの宇宙も皆未熟なものです。この世界には完全なるものなど存在しないのです。





だから時がながれているのです。諸行無常です。



それを完全としてしまったのはあなたの心です。時の流れを止めてしまっているのもあなたです。

この宇宙も含めた全てのものは未熟なのです。だからダメな自分・ダメな相手・ダメな人で良いのです。皆完全なるものに向かって歩んでいるのです。その人達や自分を責めないでください。

ダメなものを受け入れ許してあげれば、怒りや憎しみ・恨みは湧いてこないのです。



ダメなものを受け入れるには、ダメな部分となる縁をとことん知って許してあげることです。


ダメと思う自分・ダメだと思う相手・ダメだと思う人
それぞれが皆それで正しいのです。歩んでいる最中なのですから。

この世界には完成されたものなど何一つないのです。

あなたが時の流れを止めていることに気付いてください。

あなたが時の流れを止めても、この宇宙の時の流れは止められないのです。


全てが正しいのです。
言い方を変えると
全てが未熟なのです。






もう一度、今の心境を振り返って見てください。


お互いが言い争うのには、そこに同じ価値が存在しているからですよ。


言い争いで別れるなんてつまらないこです。もっとお互いを理解してあげて下さい。


否定されて悲しんでいるインナーチャイルドは自分が否定する相手の心の中に存在して教えてきてくれています。


だから、相手を認め許してあげることは自分を救うことになるのです。


これが出来ると1つの大きな壁を乗り越えることになります。







だから、相手の方が正しいと思って下さい。それが否定される前の本当の自分だからです。


だから、本当は一番近くにいて一番近い存在なのです。



あなたは価値の似た人を求めていたのではないですか?



ただ、因果の道理によってその価値の捉え方が違っているだけです。それが価値観です。

『正しいか間違っているか』

これは同じ価値を捉えているのです。


従って、過去にその価値で否定されたお互いがいるから価値観を通して感情が湧いてくるのです。その否定されたお互いが本当の自分であり、相手なのです。
AD

時代(とき)の流れの誕生

テーマ:

   『時代(とき)の流れ』

霊は宇宙の意識

魂は自我の意識


霊魂はその両方を持ったあなたの意識



霊に帰るには、魂をなくさなければならない

私はそう感じている

 

 

 

何にもない宇宙()の中で目に見えない小さな小さな粒子が回りの粒子を引き寄せ回転し、やがて物質化し時の流れを作る。(時間の始まり)

その流れを私達人間が見たり聞いたり嗅いだり味わったり触ったりすることで意識()が作られる。

時の流れを意識は止めてしまいそこに執着する。
その意識()はやがて腐り初めて身体の毒素となる。


例えると、川の流れを止めるとそこに渦ができ、やがてゴミが集まる。
水の流れを止めると、その水はやがて腐り出す。

執着とは川の渦と同じで、何かに囚われるとそこで回転運動が生じて、やがて腐り始める。


この宇宙()の流れは清らかな穢れのない意識でたった1つの法則からなっている。

その法則とは諸行無常である。

形あるものを捉えることによって私達は苦しみを作る。

元々は何にもないのです。

 

 

 

 

AD
頑張った人だけに与えられるご褒美があります。






それは自信というご褒美です。




しかし、欲のために頑張った人に与えられるものは


自信過剰というご褒美になります。



気付ましょうね^^/


『かぐや姫の物語』の映画を見た


なぜ、今この映画を見ようと思ったのか、そして見たのか?

私はこれも因縁だと思った。
なぜなら、今の自分を反映していたからだ。

私の心は知らずのうちに自分の欲を叶えるために行動していた。

それに、気づかせるためにこのタイミングでこの映画を見せてくれたのだと思った。


この映画は自然と一体となって山で暮らす人びとの生活から始まる。

当然、そこには裕福な生活などない。食べていくための最低の暮らしで、傍から見たら貧乏の村である。

そこに、竹やぶで天からの恵みの子を授かる。この時、その子は大人の姿をして姫の格好をしていた。

これを見た竹取のご主人は欲に感染する。

感染するまではいいのだが、次に竹の中から金が出て、そして、その次にはご立派な着物が出てくる。

ここで、ご主人は欲の感染を自分の体へと入れてしまったのだ。(穢れたのだ。)


この子は、ここにいては幸せになれない。都の姫となって暮らすのが一番だと思うようになった。

この時のご主人の心には、「もう貧乏の生活もしなくて済む。都でこの子と裕福な生活ができる」と思ってしまったのだろう。

主人の妻は、主人に心の中で「それは違うんじゃないか」と不満に思っていたが、ご主人の心には欲が生まれてしまったため、もう主人の行動を止めることはできず、都に出ることになった。


都で贅沢な生活をするようになった主人は名付け親を呼び、この子に『かぐや姫』という名をさずかる。、瞬く間にその美しさが国土に広まって、次々とかぐや姫を妻にしたく申し出てくる。

今まで穢を見せなかった者たちも、かぐや姫の前で、みんな本性を出してきた。

この世界が穢に満ちていることを知った姫は、意識の中で「もうやだ、帰りたい」と言ってしまったのである。

その意識は、月まで届き、かぐや姫を迎えに行くこととなる。


母はこの都に来ても、父みたくの穢はなかった。だから、何時でも娘の気持ちを理解していた。

父親はかぐや姫を迎えに来る日までも欲に囚われ、月からの迎えに戦いを挑む。そして最後の最後まで自分の穢れに気付かなかった。

しかし、かぐや姫はそんな地球には穢のない人達もいることをアピールするが受け入れてもらえなかった。そしてかぐや姫は月に帰っていった。

穢とは体の汚さではなく心の欲を言うのでした。


いよいよ今日は本番の日

テーマ:
いよいよ今日は本番の日

そして、一年で一番『妄想』が飛び交う日でもあります。

女性も男性も妄想を膨らませていますか?


私は妄想が大好きです。というより妄想とともに生きてきました。

小説を書いている時も、意識はもう妄想の中にあって、体はここにあっても心はここにあらずでした。

学校での授業中でも、つまらないと妄想して詩を書いていたりしました。


テニスをする時も、できる自分をイメージして作り上げ妄想に楽しんでいました。


妄想を楽しんでいる皆さん!
妄想はその場だけにして下さいね^^

「上手くいっても失敗しても、妄想通りに行かないね」
とチャンチャン!
って流して下さいね。


妄想は脳が意識して作る妄想と魂の潜在意識が無意識に作る妄想があります。

どちらも過去の記憶から作られるのですが、自分の脳で成功を意識して楽しむ妄想は本当に楽しいです。

しかし、潜在意識からくる妄想は無意識に自分を苦しめます。

それは、恐れから来るものです。


恐れは過去の失敗の記憶や物事の無知から生じます。
そして、それが無意識に未来を妄想して自分を苦しませます。

自分だけならいいものを、相手や他人までをも巻き込んで、自分の描く心配を押し付けてきます。

押し付けられた者はたまったもんじゃありません。
時には、押し付けられたその人の成長をさまたげることにもなります。


次にスポーツのイメージトレーニングですが、この場合、たいていは勝利をイメージして自分に厳しく練習すると思いますが、スポーツが終わったら自分に厳しくした自分を取いてくださいね。

生活にまでそれが繁栄されてしまうと、知らずの間に自分の大事な人にまで厳しさを求めるようになってしまい、別れる原因を作ることになったりします。

それでは、皆様が素晴らしい一日となるように

合掌


『知識を取り入れるだけでなく、自分で答えを出していく』


ということは、知識を取り入れても、そこから自分で自分なりの答えを出していかなくては何も変わらないということです。


行動して気付きを得なければ変えることは出来ないと思います。


頭で理解しても、潜在意識までは届かないからです。





こんにちは、心の旅人です。




心を旅するということは、自分を見つめる修行をしていることになります。

修行というくらいですから、そう簡単にできるものではありません。


だから自分探しの旅なのです。



では、自分の何を探せば自分を知ることができるのか?




その答えは、『般若心経』にも書いてあります。





観自在菩薩行深般若波羅蜜多時・・・・・・羯諦羯諦 波羅羯諦 ・・・・・。



観自在菩薩とは一般的にいう観音様。


行深般若波羅蜜多時とは深い智慧の完成に向けて修行をなされている時。


となり、


観音様が深い智慧の完成に向けて修行をなされている時、・・・となり

羯諦羯諦 波羅羯諦は超えて行けという意味です。


この、 羯諦羯諦 波羅羯諦は神道の『六根清浄の大祓い』にあたると思いました。





心の旅で大事なことは何か?




それは、参考書や人の意見ではなく、自分の答えを出していくことです。


頭で理解できるというところを超えて、感じ取っていくということです。


そうしなければ、自分を見つめることは出来ないと思います。




『見る』ではなく『観る』のです。




観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時とは自分自身を観る(見極める)修行をしている人のことをいい、、その心にある観音様が自分であり、相手であるということを見極めて、この世(宇宙)を知り、苦しみを取る(価値観を捨てる)修行を行っている人のことを言います。



この世(宇宙)は、人間界も含まれ、そこは井戸の中の蛙のように、その小さな場で苦しみを作り上げいるから、あなたの感覚をとらえる六根に蓋をしなさい。

決して頭で捉えても、魂(心)の中まで入れてはいけませんよ。と教えてくれているのです。


これが、羯諦羯諦 波羅羯諦で六根清浄の大祓いになります。



そして、羯諦羯諦 波羅羯諦のもう一つの意味は、過去に捉えてしまった苦しみの原因の価値観を捨てていきなさいよって教えてくれているのです。



だから、まずはありのままの周りを受け入れて、そしてその中にいる自分をそのまんま受け入れて見極め、自分が持っている価値観を感情を通して、もしくは身体の症状を通してみつけなさい。そして、この宇宙のように空に戻しなさいと言っているのです。


その戻す方便がインナーチャイルドの癒しなのです。















『 謙虚』と『卑屈』

テーマ:
『謙虚』と『卑屈』

人は褒められた時どう捉えるのかでその人の生活が分かってきたりします。
そして、先の人生が見えてきます。

素直に「ありがとうございます」
と言える人と

「何か裏があるんじゃないのか?誰がその手に乗るものか!」
「また、お世辞を言ってるな!」
と捉える人もいます。

せっかく、褒めてもらってるのに、あなたの捉え方で
ウキウキ気分になるか、ふてくされたつまらない気分になるかは
あなたが決めていることです。

このように、ものの捉え方1つで人生は大きく分かれていきます。
この積み重ねがあなたの歩んできた道を作り、未来への道と繋がって行きます。

だから、あなたの過去も見れれば、未来も見えるのです。

どっちが幸せな道ですか?

その答えはありません。あなたが選んだ道があなたの道で答えだからです。


潜在意識と顕在意識について以前のブログで簡単に私の気付いたことをお話しました。それは、宇宙と人間の関係だと。




よく一般的には氷河で例えられるみたいです。



氷河は海から見える部分が10%位で、海に隠れて見えない部分が90%位あるということです。

この見える部分が顕在意識で見えない部分が潜在意識だと。




私は、この%は1:9の関係ぐらいかなと感じています。







潜在意識は自律神経に関係しお腹を支配する無意識的な行動をとる意識や永久的に記憶を貯蔵する意識だと思っています。




顕在意識は脳が考える意識で意識的に行動することや一時的に記憶することができる意識。潜在意識を変えられるのもこの意識だと思っています。



顕在意識で記憶されたことは、蓋をすることで潜在意識に落ちて記憶が永久的に貯蔵されてしまう。



潜在意識の永久的に記録された意識は魂そのもので、人間が死んでも意識は残る。





例へば、誰かを恨んで自殺したり、追い詰められて自分の行き場がないため自殺したりすると、体はなくなっても魂はそこに残ります。

そして、幽霊として出てきたり。(地縛霊)




魂は比重みたく考えると分かり易いです。価値観などの執着があると比重は重たくなり、身動き出来なくなります。価値観が少ないと比重は軽く天高く自由に飛びまわることができる。そう思うと分かり易いと思いました。





その地縛霊と会話できる人が

「あなたに何があったのですか?」

と、質問すると

「私は、今朝、○○に殺されたのです。○○が憎くて憎くてたまりません。私は○○をここで待っています。」

と、コンタクトを取ったとしましょう。


地縛霊は今朝と言っていますが、実はこれは300年も前のことを言っていることだったりします。



魂が体から離れると、時間というものがなくなるためです。時間を感じられるのはこの肉体があってのことなのです。

魂だけになると、何一つその状態を変えることができません。肉体を通して初めて変えることが出来るのです。





したがって、潜在意識(魂の意識)は肉体(脳)を使って初めて顕在意識に持っていくことによって表すことが出来るし、癒すことも出来るのです。





インナーチャイルドはその潜在意識の中に落とされてしまった本当の自分で、成長できなくなってしまったため、とても悲しんでいます。

だから、インナーチャイルドは成長したがって、潜在意識に落とされた状態に近いものをどんどん引き寄せて来て気づいて欲しく感情を出しています。





その、潜在意識(魂の意識)は私たちの果てしないご先祖様からの意識も含めてあります。この世で解決できなかった魂は来世に持ち運ばれます。






(私の例)





私は何度も何度も目の前で突然、雷が落ちたりしました。その光景はものすごい音とものすごい光で、恐くて恐くてたまりません。一度だけ、私の運転している営業車に雷が落ちました。その時は稲妻が丸い光に見えました。周りの人達がみんな私の方を見るから自分に落ちたことが分かったのです。

なぜ、このよなことが頻繁に起きるのだろうか、自分のインナーチャイルドを探してみました。





すると、父親の怒鳴り声に怯えている自分を見つけることができました。大声で怒鳴る人を今も無意識的に避けている自分がいることに気付きました。


つい最近では私が勤めていた社長です。私は社長が怒鳴ると身体が拒絶反応を起こし、呼吸が乱れ苦しくなるから避けていました。



インナーチャイルドを癒していると、私は社長を避けていたのではなく、社長を通して父親を見ていたことに気付きました。そして、社長と同じように大声をだす(興奮して叫く)自分も発見することができました。(大声を出すことはダメという価値観が自分にあるから、そこにアンテナが出て囚われてしまうのです)







結局、社長を通して父親を見て、それが自分にもあることだと気付きました。



大声や大きな音に恐れをもつ自分がいること、そしてそこに成長できていない自分がいつまでもいることです。






私は大声で怒られているインナーチャイルドを癒しましたが、大きな音に関してはこのインナーチャイルドができる以前なものだとわかりました。




私はどうして雷のよな突然の大きな音が恐いのか・・・




私は実家に戻り、このことを母親に話しましたが解決の糸口は見つかりませんでした。



しばらくたって、インチャ探しをしているときにフッと気付きました。

『突然雷が落ちる』『何時、何処に落ちてくるか分からないから恐い』『突然の光も恐い』




『こっれて、まるで自分は戦場にいるみたいだ』

と気付きました。





そのことを母に話たら、母は思い出し私に教えてくれました。


母のお父さんの弟にあたる○○さんは、結婚したばかりで1歳の子供と妻を残し、東南アジアのどこかに戦争へ行かされたと。そして○○さんは大型の免許を持っていたために、そこで輸送係の仕事をしていたと。



私は、そこに意識を飛ばし、その状況を観てみました。すると、そこは敵からの爆弾がどこからか飛んできて○○さんが運転しているところに落ちてきます。

とうとう一発の爆弾がその車に当たり○○さんは車から転がり落ちてしまい、やがて敵に囲まれてしまいました。○○さんは恐くなって思わず無意識に銃を敵に向けてしまい、打たれて亡くなってしまったのです。


その遺骨は現地のどこかにあることでしょう。






私は、○○さんの遺骨が入っていない○○の家系のお墓参りをしてきました。そのお墓には、○○さんの名前が記載されていませんでした。

さらに、そのお墓をみていると、作ってくれた人の名前が記載されており、○○さんの名前が記載されていました。




なんて酷く悲しいことなんだろうと私は思いました。お墓を作ったのは○○さんなのに、そこにはその家族だけが入って名前が記載されている。戦場で亡くなった○○さんは遺骨がないために名前が記載されていない。



これでは○○さんはうかばれないと思いました。いつか、○○さんのことは誰も思い出さなくなってしまうだろう。いや、○○さんの存在がなくなってしまうだろうと思いました。






私たち一家(父親を抜かして)が皆、雷や大きな音を恐れているがることが分かりました。そして、大声で怒鳴る父親に巡りあった母親、そして、そこを選んで生まれてきた私の目的が分かりました。




今私は毎日ご先祖様と○○さんの供養をしています。やがて、私から雷は遠ざかって行くことでしょう。そして、大きな音ももう恐くなくなりました。






知らないと何時までたっても影のように恐いものを引き寄せて教えてきます。

影は、逃げても逃げても追いかけてきます。逃げて蓋をするのではなく、こっちから向かって知ることです。そうしなければなんの解決にもなりません。




潜在意識は見えない意識です。どこで、感情のスイッチが入ったかちゃんとみつめ、その感情の裏にある価値観を外さない限り永久に付いてきます。



何かに蓋をするような異種療法ではダメなのです。同種療法でなければ潜在意識は見つけられません。そして癒されません。






















































































































ポジティブ・ネガティブ思考

テーマ:

前、私が勤めていた社長もポジティブにものを考えろ!!

ってうるさかったなぁー。



私にはポジティブもネガティブもありません。

だから、ポジティブ思考もネガティブ思考もなく、

そこに価値観もありません。


ただ、因縁の関係があるだけで、そのまんまの自分がいるだけです。



あえて言うなら

ポジティブ、ポジティブって言う人ほどネガティブなんだと思うよ。


素直に自分を受け入れることができないから、受け入れるのが恐いからポジティブの蓋をして逃げているだけだと思うな。


蓋をしたってなんの問題の解決にはならないのに・・・

ネガティブの心がなかったらポジティブ思考は生まれないんだよ。


ネガティブもポジティブの心も無かったら、全くそこに執着がありませんので

さらっと流せます。


そして、因果応報より原因をちゃんと見つめていきます。

逃げたりしません。