罪と罰
テーマ:PLAY/演劇久々に演劇鑑賞。
ロシアの文豪ドストエフスキーの名作「罪と罰」を戯曲化した、
野田秀樹・脚本・演出の『贋作 罪と罰』
いつもよりも、動きが少なく、重い感じはしましたが、
テレビでは伝わらない、役者の声質・・・臨場感・・・やっぱ『良いモノ』は、
ナマで味わうのが良い。
『人間はすべて凡人と非凡人との二つの範疇に分かたれ、非凡人はその行動によって歴史に新しい時代をもたらす。そして、それによって人類の幸福に貢献するのだから、既成の道徳法律を踏み越える権利がある。』
と、まあ、今回も考えさせられる話のわりには、適当、批評な・・・ぼく。
人を裁くほど、エロくはありますが、偉くもありませんから・・・。答えは見つかりません。
ただ、自らの理想のために行動した人々が居て、歴史を作ってきたのは事実。
その理想の『善し悪し』・『権利の有無』は別として、道徳法律を踏み越える行為は起こってきたし、
これからも、起こるであろうと思う。
理想を持ち、順応することに疑問を感じたら、進むしかない。
進化には、創造が必要で、その前に破壊(現状のシステムを)があるのも必然っ。
普遍の事実として、人は理想(人類の幸福)を追い、創造し破壊する。
この一連の流れを人の普遍的原理と考え、このフローのどこかに『罪』を問うのならば、
人である時点で、少なくとも、今、生きている時点で、『罪』なのだ。
理想を持たず、常に現状に満足し、順応し進化しない事こそ、
唯一、人が『罪』を感じないでいられる状態ではないかい?
そう、それはまさしく・・・猿だぴょ~ん。
そして、我々を『創造』した神は間違いなく、罪神。
そんな神は、鼻紙になってポイッとイン ザ ゴミ箱にダンクシュートなのだ。
少年よ猿を描け!
描いてみたぴょ~ん!








