2012-02-01

世界で最も短い物語

テーマ:小説・詩・漫画

昨日アップした記事で、説明がなきゃ何も感じられないんじゃつまらないという話をしました。


その時、私の頭には、友人が書いた短い物語が浮かんでおりました。


登場するのは、物語を語る主人公と、主人公を世話している 「先生」と、その助手。

物語の舞台も動かない、淡々と進んでいくお話です。

何も明確な描写はなかったけれど、おそらく先生は、主人公を使って非道な試みをしている (たぶん生体実験…)。

主人公は自分の身に何が起こっているのか理解できない子。

わからないまま、先生を信頼し、尊敬し、慕っている。

優しく真面目な助手は心を痛め、傷ついて、苦しむ人を救える場所に行きたいと去っていく。

先生も決して平気なわけではなく、懊悩を深めていく。

そのまま悲劇的な結末が訪れようとしていることを暗示して、狂気や絶望や愛情の中で、静かに物語は終わります。


私は一読してその話が好きになりましたが、友人曰く、小説同人の仲間の一人に酷評されたと。

酷評の理由は、背景事情が何も書かれていないからだそうな。


いやいやいやいや。

それを詳細に書いたら、この話の魅力がなくなっちゃうよ~。


主人公がどんな子なのか (人間かどうかすらわからない)、先生が取り組んでいるのは何なのか、何のためにそれをしているのか、何がきっかけでそうしようと思ったのか。

それは読み手が想像すればいい。

読み手は自分の心の中にあるものを引き出して、自然に自分が一番感銘を受けるように、自分だけの物語を構築するでしょう。

詳細がわからないから読み手の心が動く仕組みになっている、そんな話です。



そりゃまー、小説にも色々ありますんで、こういうタイプの話は好きじゃないって人もいるでしょう。

全部きっちり書いてあるからこそ面白い話だってあるし。

でもそれは好みとか作風とかの問題であって、優劣の問題じゃない。




「説明がない」 ことを批判する人って、では、こんな話はどう思うのかな。


世界で一番短い物語として有名な、ヘミングウェイの作品。




"For Sale: baby shoes, never worn."


 「売ります:赤ちゃん用の靴、未使用です。」




新聞に出した広告でしょうか。

赤ちゃんがその靴を履かなかった理由も、売り主がそれを持っている理由も、、売ろうと思った理由も、書かれてはいない。

なのにこれだけで読み手は勝手に自分の物語を作り上げて、感銘を受ける。

赤ちゃんのために用意した、でも一度も履かれることのなかった靴という、それだけで。


もしこれが赤ちゃんじゃなくて大人用の靴だったら、こうはいかないな。

高級ブランドの靴を衝動買いして、給料日前に後悔して売りに出してんのかと思うのがオチだわ。

でもこれが赤ちゃんの靴だと、なぜか殆どの読み手は、何か悲しいことを想像しちゃうみたいですね。

言葉を操って読み手の心を操る、小説家の力を思い知りますわ。


赤ちゃんの靴だって似たような経緯で売りに出されてもおかしくない。


赤ちゃんが生まれて嬉しくて嬉しくて、まだ歩くどころか寝返りも打てないのにお祝がてら、「最初に履く靴は最高の物を」 なんて高級な靴を買っちゃって、そのうち 「先にベビーバギー買うべきだった、お金足りないし、もうこの靴売っちゃえ!」 ってなった、そんな微笑ましい話なのかもしれないのにね。


あ、でもこれはこれで、一つの可愛い物語になるかも(笑)



ヘミングウェイはこれを自分の最高傑作だと言っていたそうです。

なんでも、6語で完璧な物語を作ってみせると言って10ドル賭け、この物語を披露して、見事に10ドル勝ち取ったそうですよ。




念のため言っときますが、これ、説明がなくても読者を楽しませられる物語もあるって話ですからね~。

説明不足のせいでグダグダになってる話に当てはめても意味ない。




最近の若い者はと言いだすとババアの証拠ですが……。


私も昔は 「最近の子は漫画ばっかり読んで!」 と怒られたものです。

(本だって読んでたと思うけど、本を読むのは当たり前のこととして印象に残らない)


そして、ライトノベルが隆盛になった頃。

ラノベの読者は、悲しい場面では 「悲しい」 という単語が使われていないと、それが悲しい場面なのだということが理解できない……なんて話を聞いて、絶句したものです。


更に最近耳にした、驚愕の事実。

ラノベはおろか漫画すら読めない小学生が増えているそうです。

セリフを読んで、コマを読み進めると同時に頭の中で物語を進行させるというのが、できないんですと。

ホンマかいな。

(でも親御さんたちは 「うちの子は漫画なんて読まないんですよ」 と嬉しそうなんだとか……)



一部の子供だけだと思いますけどね、さすがに。

でもそういう傾向が強くなったら、自分で背景を想像しながら物語を読むと言う楽しみを知らない子が増えちゃうってことなんだよなあ。

もったいない……。




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2012-01-31

ふしぎなゆりかご

テーマ:小説・詩・漫画

こないだ、霊魂とか書いたので、ついでに。


私の好きな幽霊話について。


常々、幽霊の話の何がキモかって、対処できない異質なものへの恐怖に尽きると思っております。


実際に害を加えられる場面なんか、あってもなくても構わない。

幽霊が主人公たちに悪意・害意を持っているかどうかもどうでもいい。


今までで一番怖かった幽霊話は、アルジャーノン・ブラックウッドの 「空き家」。

怖くて怖くて、最後の方はもう毛が逆立ってました。

凄まじい緊張感でしたわ。



一番好きな幽霊話は、「ふしぎなゆりかご」 かな。


小学生の時に読んだ子供向け怪談集 「世界のゆうれい話」 に載っていたものです。

この本は、コミカルなものから重厚なものまで、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカなど世界各地の民話や伝説を集めてあって、とても面白かった。

改訂版なら入手可能ですが、「ふしぎなゆりかご」 が入っていないのが残念。

うちにあった本は確かよそにあげちゃったんだよなあ……。


幸いにも近所の図書館には昔のが入ってますので、そこで読める。


「ふしぎなゆりかご」 はアメリカのメイン州の民話です。


以下、ネタばれありっつか、粗筋書きます。




とある小さな漁村のお話し。


海がひどく荒れた夜がありました。

ある家のおかみさんが、外から赤ん坊の声がすると言いました。

家の人たちは、そんなわけがない、風の唸り声だ、アザラシの子の鳴き声だと言いました。

しかしおかみさんはあれは人間の赤ちゃんに違いないと言い張るのです。

どちらにしても嵐はとても強く、確かめになど行けないのでした。


翌日、嵐が去った浜でその家の人は、ゆりかごが一つ打ち上げられているのを見つけました。

壊れてもいなかったので、家に持ち帰り、赤ん坊をそれに入れてあやしました。

しかし不思議なことにゆりかごは、強い風が吹く日はひとりでに揺れるのでした。

風の入らない部屋に置いていても、人が揺らしてもいないのに、勝手に動くのです。

最初は訝しく思った家の人たちもすぐに慣れてしまい、何よりそのゆりかごに寝かせておくと赤ん坊がご機嫌なので、何も思わずに使っておりました。


ある時、おかみさんの妹が久しぶりに遊びに来ました。

妹は不思議そうにゆりかごを見ていましたが、やがて聞きました。


「あのゆりかごを揺らしているのはどこの女の人?」

「何を言っているの、あのゆりかごはいつもひとりでに動くのよ」

「いいえ、女の人が揺らしているわよ。長い黒髪の人よ。まっ青で、とても悲しそうな顔をしているわ。ほら、赤ちゃんの上にかがんであやしているじゃない」




旅中毒 女一人旅で這いずります



おかみさんは急いで赤ん坊をゆりかごから抱き上げました。


次の日、ゆりかごは浜でバラバラに砕かれ、燃やされました。

その時、家の人たちは皆、どこかで赤ん坊が泣いている声を聞きました。

それはまるで、そのゆりかごに入れてほしくて泣いているように聞こえるのでした。



お話しに描かれているのはこれだけで、結局その幽霊が誰だったのか、ゆりかごが何だったのかなどわからないまま。

ですが、何と悲しく恐ろしい話であることか。

こういう、想像力をかき立てる抒情的なお話しは大好きです。


それにしても、このお話がこれほど印象深く心に残ったのは、半分はこの挿絵のおかげではないかと。

(著作権侵害しておりますが……すみません)

池田竜雄氏による挿絵です。

姉もこの絵は忘れられないと言っております。



小説にしても映画にしても舞台にしても、すべての原因・経過・結果を具体的に描いていない作品はすべからく 「中途半端」 「失敗作」 とする批評 (文句?) をたまに目にしますが……

そんなこと言ってたら詩なんか読めねーわな。

ブラッドベリやタブッキも読めまい。

全部説明してもらわなきゃ、どう感じていいかすらわからんのか。



つか、説明するから怖くなくなっちゃうって場合だってあるでしょー。




「プレデター」 って映画ありましたよね。


以下、少しネタばれします。




私、あれ、前半めちゃくちゃ怖かったんですよ。

だって、なぜ殺されるのか全然わからないんだもの。

いつどこでどんな風に殺されるかわからないことより、なぜかがわからないことが怖い。

対処しようがないから。


理性で殺してるのか? (ゲームみたいに)

感情で殺してるのか? (恨みを晴らすとかね)

本能で殺してるのか? (捕食みたいに)


何もわからない。

だから主人公たちの無力感と絶望感がビンビン伝わってきて怖かった。


けど、後半は、その謎が解明するので、どんどん緊張が解けていくのです。

死人の数は増えてるのに。

恐ろしい敵の正体が判明して、安心しちゃうと言う……。

だって、どう戦えば良いかがわかってくるから、ホッとするでしょ。


ある人が映画評で 「プレデターさん、あんた最初はむちゃくちゃ怖かったのに、後半あんなにホイホイ出てきたら台無しでしょー」 と書いてましたが、全く同感。




やっぱり、わからないものって怖いですよ。

以前、チリで、最初怖かった子犬と仲良くなった話 を書きましたが、あの時も思いましたもの。

知らないから怖いんだなって。


どうすればいいかわからないものって、怖い。


幽霊話も、解決するなり悲惨な結果になるなりのオチがついてこそ面白い話もあるけれど、何も事情がわからないまま情景を描写しているだけだからこそ面白い話もあると思っています。

大体、創作じゃなくて民話なら、それで当然すよね。

説明できない事象を、ただ出来事として記述したものであれば、起承転結なんかなくても当たり前。

そこから当時の人々の畏れや不安を感じ取ることこそが、民話の怪談の楽しい読み方ってもんでしょう。




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