幕末の風

幕末を駆け抜けた新選組副長土方歳三を中心に描いた小説。


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話は少し遡ること、明治元年11月29日、入布新(いりふ あらた)こと永倉新八は東京へ戻っていた。


会津での戦いの中、土方と別れ米沢藩を頼ったのだが、ほどなく米沢藩は降伏し、永倉は行き場を失った。


そんな中で米沢藩藩士で抗戦派であった小島竜三郎(雲井龍雄)が永倉を匿ってくれたのだった。ここで永倉は


名前を“入布新”と名乗ることとなった。そして約3ヶ月ほどここで潜伏したのだった。東京へ戻る折は、刀をおい


ていったらしく、後に刀を送ってもらったことに対しての礼状を書いている。


永倉の戊辰戦争はこれで終わりとなった。


それからどうしていたか・・・?この頃実はまだ両親は健在で、父と叔父を通じて脱藩した松前藩に帰参を願い出


る。そして願いは聞き届けられ、百五十石で帰参し、藩のフランス伝習隊の歩兵教習を行った。なぜそうも簡単


に帰参が聞き届けられたか・・・?実は彼は藩主の親戚筋だったのだ。彼の曽祖父の妹・勘子(さだこ)は松前資


広の室となって4男1女を産んでいる。藩主にはならなかったものの、子の広年は“松前応挙”ともいわれるほど


の絵の腕前を持っていた。彼は格が違ったのである。だからこそ、近藤勇に対して対等の同志で、甲州の戦い


の後、「家臣のようなもの」といわれ激怒した意味も頷けるのだ。


「俺は脱藩しても松前藩の藩主の親戚だ!他に仕えることなどない。あくまで同志として力を貸すまで」


そんな気概があったに違いない。それを知っていたからこそ土方も永倉にはかなりの遠慮があった。隊規を犯し


て飲み歩いても謹慎で済んだし、伏見の戦いの後江戸で酔って斬り合いとなって傷を負っても「軽い身体ではご


ざらぬ。自重さっしゃい」と土方にたしなめられるくらいで済んだ。


帰参後暫く東京にいたのだが、蝦夷へ出陣かと思われた時、戊辰戦争は終わった。それから明治3年頃、元御


陵衛士・鈴木三木三郎とバッタリ遭遇する。それから彼は狙われ、藩の家老の計らいで藩医・杉村松柏の娘よ


ねと結婚し、その養子となることで東京を離れることとなった。


明治4年1月4日、彼は去り、16日福山(松前)に着く。そして彼は“杉村義衛”と名乗り、明治を生きていくのであっ


た・・・時に33歳の年だった。





                                                           つつ゜く       

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