マイケル・サンデル教授の特別講義
テーマ:時事ネタ昨夜、NHKでハーバード大学マイケル・サンデル教授の特別講義 究極の選択『大震災後の世界をどう生きるか』が再放送されていました。
テーマは
・「日本ではなぜ略奪や便乗値上げが起こらなかったのか?」
・「原発での危険な任務は誰が担うべきか?」
・「原子力の将来をどう考えるか?」
・「国際的な支援の輪はなにかを変えるか?」
・「わたしたちはグローバルな共感を持てるのか?」
一番興味深く聞いたのが最後のテーマ「わたしたちはグローバルな共感を持てるのか?」。
最初、サンデル教授はルソーの言葉「私たちヨーロッパ人は日本で起きた災害に、ヨーロッパを襲った災害と同じだけの衝撃を受けるわけではない」を引き合いに出し、「共感の範囲には限定的であるという意見があるが、グローバルに共感を持つことは可能だろうかと?」と問題提起しました。
幾人かの学生が意見を述べた後、ゲストの石田衣良さんが「もしルソーが生きていたら、Youtubeで津波の動画を見て、隣の国でおこった事件として共感を抱いていたはず・・・・」と、番組はこれで終了。
個人的にはなんとも消化不良な終わり方。。。。
というのもYoutubeのようにインターネットなどの通信技術の発達により確かに情報の伝達スピードは速くなり、情報の質・量も文字情報から画像、動画へと向上し、世界のあらゆる所で起きている出来事を瞬時に動画で見ることが可能になりました。臨場感のある動画情報は私たちに情報に対するリアリティを持たしてくれます。しかし、ルソーが伝えたかったことは「地球の裏側で起きている出来事に人はどれだけの当事者意識を持てるのだろうか?」ということであって、この「当事者意識」とは決して「リアリティ」という意味だけではなく、そこには「共感」という意味も含まれていると思います。石田さんの回答は通信技術の発達によるリアリティの側面に対してだけの回答であって、地球の裏側での出来事にどれだけの共感が持てるのかということへの回答になっていません。
阪神大震災の際の関東地方の人の共感の度合い、今回の東日本大震災に関して関西、九州地方の人の共感の度合いから感じることはヨーロッパから日本どころか、日本の西と東の違いでも共感は薄れるということではないでしょうか。その意味で300年経った今でもルソーの言葉は当て嵌まると言えそうです。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言いますが、謙虚にルソーから学びましょう。








