B級読書家

虹だって15分続いたら、人はもう見ようとしない。

昔書いたものを、時々再掲載したりする。手抜きである。だが、二回読めば、一回目の時とは違う感動があるはずである。「おお、そういうことだったのか」という驚きがあるはずである。ないというのなら、それは君が悪いのだ。自分の感性くらい、自分で磨けと言いたい。たまに再々掲載したりもする。だが、三回読めば、二回目の時とは(以下同文。五回まで続く)

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小学生の時に引越しした。

お屋敷町から庶民の町への引越しである。

いきなり驚いた。同年代の連中が、自分のことを「おいら」と言うのである。あ
まり驚いたので、私も思わず武家言葉になった。

「そのほうら、自分のことを『おいら』と申すのかっ」

さらに驚きは続いた。

かくれんぼをしようとじゃんけんをする時だ。彼らは「いんじゃん」と言ったのだ。

いんじゃん? 東京では「そうじゃん」とか「やるじゃん」とか言うようだが、それと同じ語法か? まてよ。そう言えば、トムソーヤの冒険で、インジャン・ジョーという登場人物がいたな。その「いんじゃん」なのか?

混乱するうちにじゃんけんに負け、私は鬼になった。

私は、ピアノと絵画と書道を習っていたのだが、その町にはそんなものなかった。あるのは、そろばん教室だけだった。私は、近所のそろばん教室に通うことになった。

ピアノや絵画と違って、自由度に乏しいそろばんは私の好みではなかった。パチパチという音を使ってメロディーを奏でようとしたのだが、変な声で数字を読み上げるおっさんは、そんなもの認めはしなかった。結局、4級でやめた。

小学校の女担任はひどかった。

秀才の学校から、抜きん出た秀才が来ると聞かされていたらしい。「幸太郎くんを見習って」などと生徒の前で発言してしまうほど頭の悪い担任で、私は瞬時にその大人が嫌いになった。

それ以降、宿題も家庭学習もやらない人間になったのだ。

もし、引越しがなければ、と考えることがある。

あのままお屋敷町で育っていれば、今頃、「A級読書家」というブログで、「読書とは人生そのものである。さて、今日は『G.スタイナー自伝』について語ろう」などと書いているのかもしれない。

思えば、遠くへ来たものだ。






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テレビドラマは、たまに傑作があるので油断できない。

「相棒」だとワーキングプアの悲劇を描いた「ボーダーライン」。「クリミナルマインド」なら母親の息子への愛を描いた「死刑へのカウントダウン」。「スター・トレック」なら非情な時間の流れを描いた「過去への危険な旅」。

「えーっ、そうなってしまうのかーっ」と思わずテレビをつかんでしまうほどの傑作である。「死刑へのカウントダウン」の時は、あまりの衝撃にテレビを背負ったままお遍路さんに向かおうとしたほどだ。

最近、「フリンジ」というちょっとXファイル的なSFドラマを見ているのだが、このあいだ見た「白いチューリップ」というお話も、上記の作品に引けを取らない出来だった。

登場人物の一人、ビショップ博士は、かつて大きな過ちをおかした男である。その結果、精神が耐えられなくなって精神病院にも入っていた。

彼は、神からの許しを待っている。

その啓示を、彼は「白いチューリップ」だと決めている。白いチューリップが現れたとき、自分は神から許されたことになるのだ。実際には、許されることはないだろう。だが、いつか許されるときが来る、そう信じたいのだ。

「白いチューリップ」は、過去を変えようとする男と、過去を変えてしまった男との間に織りなされる悲劇的なドラマである。

ラストは、実に感動的だった。私は、またもや「えーっ、そうなってしまうのかーっ」とテレビをつかんで揺さぶったのだ。

ちなみに、私には待つべき啓示はない。

清廉潔白、品行方正、巨大陰茎。私の人生に、過ちと呼べるほどの過ちはなかったのだ。これまでは。





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「狙撃」という映画のビデオを持っている。

仲村トオルが主演で、殺し屋役である。仕事を仲介する相棒役が中条静夫。仲村トオルが好意を持つヒロインに名取裕子。ライバルの殺し屋が峰岸徹である。

どこかのホテルの有料放送で観た。

チェックアウト時、「このオッサン、アダルトを観たな」と思われたに違いない。非常に悔しいのだが、その場で「ぼくが観たのは『狙撃』ですぞおっ」と言い訳しても詮ないことだ。

しばらくして中古のビデオを見つけたので購入した。

印象的な場面がある。

仲村トオルがスーツを買い、その店の女の子を「どう、セッ●クスしない?」と誘う。ホテルで抱いた後、彼は何枚かの一万円札を彼女に放り投げる。

さすがに女の子は怒って叫ぶ。「どういうことよっ」

仲村トオルは涼しい顔して「そういうこと」と答えるのだ。

もう一人の殺し屋役の峰岸徹がキザすぎて笑えるのだが、それ以外は、ハードボイルドの格好良さが味わえる映画だった。

ラストの曲が、また格好いい。私が一人歩く時、常にこの曲が頭の中で流れている。気分は、殺し屋である。

YouTubeで探してみたらあったので、ご紹介しよう。

キザな殺し屋との一騎打ちで相手を倒すが、こちらも深手を負う。

殺し屋稼業から足を洗い、ほのかに恋心を持った名取裕子が待つ空港に、彼はタクシーで向かおうとする。だが、意識はしだいに薄れていく。

そんな場面だ。






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思わず、ムカッとしましたね。

長財布を持ってれば、モテるんだそうですよ。「最低でも2万円以上は財布に投資してほしい」などと服飾ライターという訳のわからない執筆業者が言ってます。

底の浅い雑誌「ブルータス」でも、これほど底の浅い発言はしませんよ。

「レジの前で財布を隠すようにコソコソしている男性は、まぁモテませんね」

アホか、ですよ。

バカか、と言ってやってもいい。

チンカスと言っても過言ではない。

女をおとすだとか、モテるだとか、そんなくだらんことのために財布をネタにしてコメントを出すとは、なんと情けない大人であるかっ。

言っときますが、ぼくなんて財布は二つ折り財布で、しかもボロボロです。もう、擦り切れてるわけです。しかし、コソコソなんてしてません。

レジでも、ドーンですよ。

たとえレジの姉ちゃんが見たくないといっても、「ほれほれ」と無理やり見せつけてやります。もう、小銭までさらけ出してやります。キンタマだって見せてやってもいいくらいです。いーや、必ず見せつけてやる。

服飾ライターは、こんなことも言ってます。

「そりゃ、エルメスやルイ・ヴィトンなど、誰でも知ってるブランドだとモテるでしょう」

ここまでくると、馬鹿を通り越して淀屋橋3丁目まで行ってしまうレベルです。歩いて戻るのにどれだけ大変かわかって言ってるんでしょうかね。

モテるモテないは、財布には関係ありません。

大切なのは、財布の外見じゃありません。

中身です。

財布も人間も、中身が大切なんです。当たり前じゃないですか。

ちなみに今、ぼくの財布には、2,357円しか入ってません。こんな状態では、新刊本を買うのも命がけです。中身がないこと、この上ない。

これは、ちょっと恥ずかしいですな。






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寒い日に眠りにつくのは困難である。

布団に入ってもなかなか温まらず、体が緊張して眠気が訪れない。特に私のような低体温タイプの人間には困難を極める難行である。ミッション・インポッシブルと言っても過言ではない。

家には電気毛布や電気アンカがあるのだが、あれは私の美学に反する。ちびまる子ちゃんに出てくる花輪くんが「寒くて眠れない? ノンノン、僕には電気毛布という強い味方があるのさ、ベイビー」などと言うか。花輪くんには、暖炉しか似合わない。

だから私も、暖房は暖炉しか認めない。

今住む家には暖炉がなく、従って寒くても平気な顔をして暮らすべきなのだ。関西地方の寒さなど、たかが知れている。この辺りでエアコンやらコタツやらファンヒーターなどの温もりを享受する人間に、エコを語る資格はない。

そこで私は、寒い日に眠りにつく方法を発明した。

まず、布団の中で上半身をこする。すると摩擦熱で温かくなる。さらに運動することで体も発熱する。3分ほど続けると、布団の中から冷たさが消え去るのである。

ここでやめてしまうと、すぐに温もりが消えるので要注意だ。

眠りにつくための第二段階として、今度は尻を起点にして体をくねらすのだ。人間の遺伝子には、かつて蛇だった時代も記憶されているはずだ。その時のことを思い出せば簡単である。

記憶力の悪い人は、布団の中でフラフープをやっていると想像して体を動かせばいい。フラフープをやったことのない人は、もう救いようがないから、一生布団の中で凍えていればよい。

体を30分もくねらせていると、完全に布団の中は温まっている。適度な疲れもあり、ぐっすりと眠れるはずである。

ちなみに最初に体をこするのは、あくまで上半身である。

下半身をこすったりすると、ティッシュが必要になったりして色々面倒なことになる。気をつけたまえ。





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