俺の声3(歌う主夫は不動産屋)

日常 非日常 徒然るままの《俺の声》です


テーマ:
悪い夢など見なかった 妻の作る塩胡椒のスクランブルエッグ
に珈琲とパンにサラダ 娘たちがわいわいとかしましく
食べ始まる頃に家を出る 日常と云う時間が正確な秒針に
よって快調に刻まれている朝 決まり事のように出社する


それにしてもあの日は一体なんだったのだろう 不思議体験だ
電話で日常を話せるのに夢を見るかのように30年という時を
スリップしたのか いや現在のあの街へワープしたのか
澱のように溜まった想像を知らぬが仏と決めて数日が過ぎて行く


「ふぅ」仕事を終え ふと時計を見ると長針が音をたてたように
5時を指した 若い社員が伸びをして「課長今夜花金は早めに
あがって久しぶりに一杯行きませんか」「おぉそうするか」
学生の煩い高田馬場を避けていつもの新宿へ向かっている


新宿駅に降り立ち人並みを描き分け階段を登り南口を目指す
「18時ちょうど発初特別急行あずさ・・・」《ドクン》アナウスに
動悸が重なる「あいつさ女ん所行くからってばっくれやがった
年上だからさからえねぇんじゃねぇの」 同輩をなじる部下の声


「おっおぉ俺ちょっと用事思い出した 悪いがお前らで飲んでこい」
唖然とする彼らに五千円札を押し付けホームを駆け出した
(確かめなきゃここも逃げたら一生涯心の澱が消えやしない)
9番線ホームにかけ上がり転がるように《あずさ》に飛びのった


定刻通り列車は発車し幾つも込合うホームの蛍光灯を通過し
いつしか夜の海のような暗い空をなんとなくぼんやりと眺めていた
(まさかなやはり夢だよな じゃなきゃ俺はどうしようもない・・・)
『あなたのすべてが欲しい』使い古されたドラマのセリフが浮かぶ


長いトンネルを抜けると広がる町明かりに遠く山々の影が浮かび
歪む事なく見事なほど正確な時間にホームに降り立つ事ができた
改札を抜け都内では想像出来ない閑散とした夜の駅前通りを
県庁前へ《ラグタイム》ブルーに灯る看板 2階には自動ドアがある


俺はひとつ深呼吸をして店に入る 曲は《サッチモ・・・》意外だった
一瞬歪んだかと思った店内はテーブル席に七割の客が談笑して
カウンターは誰もいない「いらっしゃいませ」 懐かしいマスターの声
「なんにいたしましょうか」「アーリーロックで」「あのマスター・・・」


「マスターオーダー」奥の客と声が重なり マスターが離れ変わりに
若いバーテンが厨房を出てきて氷を割りアーリータイムスを注ぐ
「君はバイト?」「いえ此処の息子っす まぁ立場はバイトっすけど」
「へぇマスターの息子さん」 尖った口調と野暮ったい顔つきは・・・


グラスに口をつけ「俺さここで・・・」(バイトしてたんだよ)その時
「これ出して」 「失礼します」彼はトレイを持ちカウンターを出た
何も聞けなくても聞かなくても俺のDNAは彼と同期していた
全てを勝手に呑み込み深いため息を押し殺して思案に暮れた


マスターが戻る「これ良かったら少し作りすぎたので」 揚げパン
「女房のお奨めでね」 (マスター俺です武志ですわかりますか)
声にもならずあげパンをほうばる 「東京からの出張ですか」
涙が左目から落ちた「あれ甘いのダメでしたか」 (もう駄目だ)


(マスターすいませんまた逃げ出します)スツールを降りレジへ
「すいませんね変なもん出しちゃって 800円になります」
千円札を出してお釣りを受けとる「またどうぞ」 そう言って
観光案内の乗ったチラシをくれた「いえ・・・あの・・・どうも」


階段を降りながらその裏側に文字がある事に気がつく
瞬時に涙が溢れ 道端から店に向かい頭を下げて涙を拭いた
新宿行きの列車のリクライニングを倒し目を閉じたまま
ポケットの紙切れを握る そして復唱する 電車は動きだした


『武志久しぶりだな 元気そうでなにより
お前の想像の通りだ 俺達は幸せにやってる
朱美も元気だ でも逢うな それだけは頼む
嬉しかったぞ武志 じゃあな 元気で』


どんな事情かなんてどうでもいいことで ちっぽけな俺は
また世の中に打ちのめされた 心の澱が散り散りに砕け散り
ありがたい暖かさに涙は枯れた いつの間にか泣き疲れて
子供の様に寝てしまう これでもう眠れるのだろう



テーマ:
♪僕らはいつもちりじりに砕けてしまう
  僕らはいつかただ決めてしまう
 僕はいつも誰かを愛そうと思う
  僕はいつか誰かに愛されたいと思う♪


夢でも現実でももう一度ラグタイムは行かねばならないだろう
ホテルのフロントのカレンダーが妙に古ぼけて今年の数字を並べていた
眩い外の光と雑踏がグワリと歪み景色が少しだけ変わったのを
冷静に確認して県庁前に向かう 昨日のパチンコ屋はやはり幻


ラグタイムのモーニングはスーツ姿で忙しいはずだ 無論やっていればの
話なのだが雇われ店長が昔と同じとは流石に考えにくい事だ
県庁前交差点を渡る《グワン》歪みの間隔が短くなった気がする
木製のドアはコンクリートの壁に会う自動ドアになり これが現在か


スッとドアが開いた時また歪んだようだがもう気にもならない
昔のままのカウンターをあの店長が拭いている『いらっしゃい』
そう昔と同じ笑顔が水をだしてくれた『モーニングは11時までです』
『Aセットで』 メニューも見ずに出した注文を承た店長が繰り返す


『Aセットですね』ピーク時を過ぎた店内は客も疎らで静かなもの
朝らしい交響曲と幾人かの声が重なって間延びしたテープように
(またか)同時に瞳は眩しい光のような白の中で瞬きしている
『・・・ですね』 女の声にハッとしてメニューを開き目を伏せた


予感のようなものは現実となり いや現実なのか夢や幻なのかは
判別出来ないが 少しだけ太って少しだけ老けた彼女《朱美》が
微笑んでいた モーニングメニューは昔と変わりトーストではなくクロワッサンに
殻のままのゆで卵はスクランブルエッグ(スクランブル・・・)彼女を覗く


『お待ちどうさまです』珈琲とワンプレートが乗ったトレイが置かれた
スクランブルエッグは懐かしい砂糖を入れた朱美の味フォークを置くのと
自動ドアの音とが同時で《グワン》と大きく揺れたようで眩しい
光の中に若い俺が現れて『かぁさんランチ用はこのチキンでい・・・』


鉄腕アトムの電子音の雑踏の中で我に還った 白い光に吸い込まれ
テープを巻き戻すようにキュルキュルと前頭葉の海馬の奥底深くに
新しい重い記憶が刻まれている《罪人》そんな言葉と社へ向かう
何事もなかった様にタイムカードは刻まれていて 普段通り帰宅した


『お帰りなさい』女房の笑顔が久しぶりに愛おしいと思えた
『ご飯は?』『あぁ食べるよ』『来年礼香の成人式の着物だけど
もう予約しなくちゃ高くなるって』『早すぎだろ』『早いわよねぇ』
これが現実で幸せなのだとホッした が夢を見るのが怖い気がする



テーマ:
♪僕らはいつも傷つけなかったし
    僕らはいつも傷つかなかったし
   溢れるほど 不思議なくらい♪


頭痛に苛まれたのか夢に魘されたのか殆ど眠れず
駅前のビジネスホテルで悶々とした時間が過ぎていく
微睡んでは目を開き目を閉じてはなぜか涙が流れた
頭は真綿で締められたように重く嫌な夢を見たもんだ


『ふざけないでよどうしてなのよ』 頭からビールを浴びた
『なんでなの私のどこが悪いの悪いなら言ってよ直すから』
ここから就職した東京の俺の部屋に転がり込んで縋り付いた
『私よりいい女じゃなきゃ許さないから』妖艶な瞳が睨んだ


俺たちの過ごした5年間の精算としてはあまりにもあっけなく
残酷なほどに突き放しす事が彼女にしてやれる事だと信じた
『あんたの青春は私の物よ』冷たい笑顔で二人の写真を破く
青春などくれてやるが彼女の女盛りは無駄にしてしまった


『私が暫く暮らせるだけのお金頂戴よ』俺に出来ないであろう
難題を突きつけた 金などいらない彼女の性格は知っている
『抱いて最後のお願いもう一度抱いて ぁぁそのままいいわ
一緒にイッて来て中に出して』 両足を絡め俺の全てを呑み込んだ


レンゲ畑で田んぼを後にしたのは交錯した記憶の中の彼女で
30年の時をずっと支配していたのだろうか いやそれ以前に
俺が俺であるためのDNA自体が夢の世界を見せているだけで
現実など本当は無い虚構が今までの世の中なのだろうか


寝汗の粒だけ思い出が吹き出し記憶と現実は混じりあい歪んだ
時間だけが音もなく駆け抜けた エアコンがヒィヒィと音を立てる
後悔しているわけでもないが簡単に忘れされる事柄でもない
罪悪感など(よくあることだ)の一言で打ち消すことが出来る


テーブルの上で携帯電話が踊る「こらぁ何時だとおもってんだ」
部長の声が留守番電話に録音されていくのをベットに身体を
横たえたまま聞いている 此処はまだ日の出前の金色の薄明かり
どうやら記憶と時間のの歪みに嵌まったらしいことを理解した


グワン エアコンの送風音が歪み窓にいきなり陽射しが入り込む
(俺どうなっちまうのだろう)日常と連絡が取れる分だけに
不安は少ないのだが現状を理解するのは至難の業に思えた
無理矢理状況を納得させるのに1時間ほどかかったと思うが


案の定時計は2時間進んでいやがる過去と現在の時間の歪みは
俺の脳内だけで起こっている現象らしいが(ナルコレプシー・・・)
全てが幻覚であり幻聴であり夢の中でまた夢を見ている状態
本当の俺は今頃電車の中でイビキをかいているのかもしれない


Amebaおすすめキーワード