それから2

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修おんちゃんの後を追うように、12月に父方のばあちゃんが亡くなった。

脳梗塞だった。直前まで元気に近所の人とお茶飲みしてたみたいだ。

88才くらいだったかな。大往生だ。

苦しみもなかっただろう。

初めてかもしれない、人が死んで、心から拍手で送ってあげたくなったのは。

「お疲れ様でした!」

本当にそんな感じ。

見事な散り際。人生の終わりとはかくありたい。

誰にも迷惑をかけず、パッと去る。

ボケることもなく、最後まで元気だった。

本当にお疲れ様でした。

たまに線香上げに行かなきゃな。



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それから

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去年の12月に修おんちゃんは亡くなった。

毎度のことながら、大事な人が死ぬと後悔しか残らない。後悔のない別れなど無いのかもしれない。

久々に俺は人前で泣いた。

それくらい、悲しかった。そして、やるせない思いでいっぱいだった。

修おんちゃんは物心ついた頃から耳が全く聞こえなかった。ろう学校を卒業しているものの、やはり五体満足の我々の常識、知識などはなかなか通用しない。

だからだろう。発見された時には末期だったんだと思う。母が洗濯する時、パンツに血がついているのを発見して病院に連れて行ったんだった。

普通、我々ならそこまでなる前に自分で気付ける。だが、おんちゃんはそもそもガンという病気すら知らない。だから、なんかおかしいな、まあいいか、くらいの気持ちで放置してしまったんだと思う。

もし、おんちゃんが耳が聞こえる人間だったら助かったのかもしれない。

そう思うと、本当にやるせなかった。

ただでさえ、普通の世界の楽しさなど半分も知らずに生きてきたに違いない。なのに最後までこんな目に。せめて苦しまない死に方をさせてあげたかった。

本当におんちゃんがいなかったら俺の人生は少し変わっていただろう。

おんちゃんに野球を教わって本当に巧くなれた。

小さい頃沢山遊んでくれて本当に楽しかった。今でも鮮明に覚えてる。

もっともっと長い付き合いになると思っていたんだけどな。

生まれ変わってもまたおんちゃんの甥っ子として生まれたい。心からそう思える伯父さんだった。

おんちゃんが乗っていたフィットは俺が片見として受け継いだ。

小さい頃色んなとこに連れて行ってもらったから、今度は俺が行くとこ全部連れて行ってやろうと思う。

生きてるうちにやっときゃ良かったな、本当は。

誰かの分まで、なんて言葉は軽々しく使いたくないけど、おんちゃんの分までしっかり人生楽しむよ。

本当にそう思う。



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無力感

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修おんちゃんの容態は日に日に悪くなっているように俺には見える。

今日、おんちゃんが俺の腕をガッチリ抱きかかえて何かを伝えたそうだった。

ただでさえ耳が聞こえないおんちゃん。意識も朦朧としているんだろう。何を伝えたいのかまるで解らない。

痛みも酷そうだ。

俺は何をすれば良いんだろう?

少しでもおんちゃんを喜ばせることを考えよう。

それしかない気がする。



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