「取り返しのつかないこと」
目が 覚めたかもしれなかった
よく わからないので記憶をたどる
スイッチだ
そう スイッチを押したのだ
運転席にいた
あれが誰だったのか
名前を思い出すこともできないのに
手元にあったスイッチの
赤い色や出っ張り具合は
とてもよく覚えている
それはツヤがよくて
傷ひとつないきれいなスイッチ
丸いかたちが
白い台座から短く出っ張って
誰もが押したくなるような
吸い込まれるようなスイッチ
目が 覚めたのかもしれなかった
よく わからないがそんな気がする
爆音が聞こえたかどうかも
定かではなく
最後に発した言葉も
不明瞭にしか残っていない
もしあの時
スイッチを押さなければ
あのままでいられたろうか
知らない顔と会話をつづけ
知らない街を抜けて
そんな疑問を飲み込んで
わずかに見開いた目に
よく知った天井がうつる
そんな期待などしていなかった
きっとしていなかっただろうと思う
あの赤いスイッチを押すまでは
取り返しがつかないというのは
どういうことなのか
いくら考えても掴みどころがない
それでも
取り返せないことがいくらもあって
尻尾を掴もうとしては
また まちがえて
そのたび赤いスイッチに
手が触れてしまうのだ
吸い込まれるような
あのスイッチに
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