よういちろうの妻のブログ

矢野羊一郎・麻生燿一朗…よういちろうの日常を、
その妻が趣味で書いている詩とともに綴ります。
占い好きの方も、詩が好きな方も、そうでない方も、
また、同じアラフォー世代の妻の皆さまも、
ぜひご一読下さいね。

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テーマ:
「取り返しのつかないこと」



目が 覚めたかもしれなかった
よく わからないので記憶をたどる
スイッチだ
そう スイッチを押したのだ

運転席にいた
あれが誰だったのか
名前を思い出すこともできないのに
手元にあったスイッチの
赤い色や出っ張り具合は
とてもよく覚えている

それはツヤがよくて
傷ひとつないきれいなスイッチ
丸いかたちが
白い台座から短く出っ張って
誰もが押したくなるような
吸い込まれるようなスイッチ

目が 覚めたのかもしれなかった
よく わからないがそんな気がする
爆音が聞こえたかどうかも
定かではなく
最後に発した言葉も
不明瞭にしか残っていない

もしあの時
スイッチを押さなければ
あのままでいられたろうか
知らない顔と会話をつづけ
知らない街を抜けて

そんな疑問を飲み込んで
わずかに見開いた目に
よく知った天井がうつる
そんな期待などしていなかった
きっとしていなかっただろうと思う
あの赤いスイッチを押すまでは

取り返しがつかないというのは
どういうことなのか
いくら考えても掴みどころがない
それでも
取り返せないことがいくらもあって
尻尾を掴もうとしては
また まちがえて
そのたび赤いスイッチに 
手が触れてしまうのだ

吸い込まれるような
あのスイッチに

テーマ:
「映画を観たいわけじゃなかった」



繰り返すまばたきの隙に
逃げていく文字を追う
字幕でいっぱいに覆われて
何も見えないスクリーン

燃え盛る飛び方を真似ては
ちりぢりに逃げ出す粒子
手づかみにされたスライム状の土
どこにでもある
似た様な思い描きを壁に投げつける

例えるなら例えておけばいい
何にたとえられようと
意思ひとつで言語化できるのだから
現実と非現実との隙間に
置いてある小さな箱のことなど
知らなくていい
知らなくていい

あれは異邦の国から来たストレンジャー
それは向こうの山から来た古代生物
似た様なものだ
似た様な

何かがまわる音がする
回転ではなく まわる音
ひどい話で笑いあうことや
笑みを浮かべて悦に入ることが
脳裏をまわる音がする

薄い空気にむせて
体の力をうまく調節できない
明るさを隔離して暗さに紛らわす
その行為が
好きにも嫌いにもなれないだけのこと

鳥になりたいわ
空を飛びたいわ
月並みの暮らしがしたいわ
早く
早く過ぎたことにしてしまいたいわ

二人で共有するには
あまりにも短い伝説
二人で共有するには
少し高かったフェンス

あの空間で
あのひとと同じように笑えたなら
そのような平坦な世界に住んでいたなら
もう少し
生きていくことは
楽だったかもしれないと
今でも思いながら
スライム状の土を壁に投げつける

テーマ:
「手を伸ばして」



光る粒が遠くに見える
一滴の水あとのように
小さくぽっと浮かぶ

ここはトンネルではないが
あまり明るい場所でもないから
光は輪郭をとどめている

求めてもはじかれない
手繰り寄せても首を垂れない
掴んでも冷え切らない

長い距離を走り
暗闇で拾った時計を
再び動かす光の粒

石でも球でもなく
欠片でもない
ずっと向こうで光の粒は増え始める

増えていく 増していく
光の粒は帯になり
はじくことも首を垂れることも
冷え切ることもなく

名前が変わるのです
そう聞こえた気がする
聞いたことのない国のひとの
名前になるのです

あれは光っているが
生きてもいるのかもしれない
背負った記憶とともに
初めて聞く声が耳元で笑う

もうすぐだ
かき分けながら進むと
光の粒でできた帯をまとった
新しいかたちが待っている

真ん中にあるのが手紙
間にあるのが文字
そして呼応する温度


光だ
そうやって新しい名前を
波の頂上と底辺に
それがくるたびに
付けてあげるのだ

そしてそれを
どんなふうに呼んでもいいという
自由
それこそが
欲しかったのだ

テーマ:
「本当は歌いたくなかった」



道端にしゃがみこんで
丈の短い草を
おずおずと撫でてみる
なぜってそのころ
家にいたのは無機質なもので
動物の後頭部ではなかったから

草が行儀よくしなり
根元に土がのぞく
かきわけて入り込めば
ミミズだってオケラだって
等身大に見えるに違いない

あとはアメンボがそろえば
生きている友達になれる
それ以外のものは
生きているのかそうでないのか
明記されてはいなかった

ぼくらが生きているのは
なんのおかげだか知っているかい
画面越しにさわやかな青年が
そんな風に笑いかけることが
正しいシステムかどうかは
誰も 思っていても言わない

怖くないので容易に触れていた
虫の後頭部も
やはり丸くできていて気持ちいい
それでも いくら優しく握っても
必ず手から去っていく
そのあとで手を握り締めて
二度と会えないことを悟る

赤いハネは
正しくは赤い羽根ではないので
年末になっても誰も助けない
それが却って嬉しくて
家に連れて帰って友達にしたかった
友達とは何なのか知らなかったから

生きているから
そうか
だったら友達にさえなれば
未来永劫生きているのか
大きな虫や鳥や動物に
食べられなくてすむのか

歌っているふりをして泣き出す
丈の短い 行儀のよい草に
水滴がおちる
ミミズもオケラもいなかった
アメンボは少し遠いところにいるだろう
ただ 草の根元に
這い回っているアリが
生きているのか 友達なのか
早く誰かに
教えてほしかった

テーマ:
「添う」



首筋にたてがみが生えた夜
歓喜の声をあげながら
あのひとの痛んだ手を
両手でぬれるように包んだ

たてがみは柔らかい
目さえ閉じれば
草と日向の匂いが
粒になって両手に纏わりつく

あのひとのたてがみは
背中に生えているので
自分の首筋を背中にすりよせて眠る
両手にいっぱい粒をつけたまま
夜はいつものように畳まれていく

明日になったら
櫛を買いに行こう
そしてお互いのたてがみを
櫛ですきあうのだ

あのひとの手が痛んでいるのは
尖ったものを握っているから
だから水分をあたえて
夜ごと温めつづける

同じ場所で生まれなかったから
同じ場所に到達できる
似たように泣けば
目の前に空間が広がる

大きな布を広げると
案外弾力があった
今日からそこで眠ろう
たてがみをすりよせて眠ろう
そうやって
糧を紡いでいくのだ

あのひとが仕事を終えるころには
ちょうど野菜が煮えている
例えば 添うということが
そんなものでいいのなら
落胆してしまうかもしれない
いえ けっして簡単なのではなく
きっと
単純すぎるから

背中にたてがみ
首筋にたてがみ
すりよせて眠っていられれば
それでいい

テーマ:
「青い春」



ペダルを踏む足の裏に
かすかに感じた軽さ
あえて言うなら
質量の軽減
たとえて言うなら
十六分音符

左右に体の重心を
交互に移動させながら
耳鳴りを後ろへ投げやる
みずみずしい草息が
地熱にまじって髪を撫でる

昨日練習した歌は
今日になってもうまくならない
明日につながるのは
細く細く紡がれた糸の
弾ける音

坂は長く曲がりながら
遠くに平たい街を見下ろす
一気に滑走する軌道は
昨夜計算したばかりの
新鮮な答え

一つとは限らない
二つか三つか
もっとたくさんかもしれない
その答案に書かれた切り取り線
そして丸い穴
きっと切り株の年輪の数だけ
赤い丸やバツがある

額に掌があたるような感触
熱はないから心配しないで
前髪ならきちんと切りそろえたし
もっと大きな課題だって
合図を出せば始められる
すぐに 始められる

音符の書かれた薄白い坂
ペダルをこぎながら
滑り降りる黒い筆あと
明日の歌はきっと
昨日までより少し
弾んでいる

テーマ:
「一年」



一年
その約束で待っていた
一年
たった一年
だから指折り数えるなら
指は一本あればいいのだ

その指が折れるときに
約束は果たされる
伸びた指が指し示すのは
いつだって
自分以外のどこか

途方もなく暮れていく
パンが焼けるのか
焼けることによってパンになるのか
それすらも気にせず
たった一本の指を
折る日だけを気にかける

指が一本しかない手は
不便なこともあるが
ほとんどのことに大丈夫なのは
元々不用意に動かないから
あるいは
動けないから

そろそろ一年経ちはしないか
いや 一日だったろうか
昔のことだからわからない
もう わからなくなってきた

昼のあいさつと
夜のあいさつを
ていねいにしていればきっと
指がよごれることもないだろう
大切な たった一本の
指なのだから

待てば長い
待たなければそれなり
それなりに待てば宙吊り
一年
たった一年
だから指折り数えるなら
指は一本あればいいのだ

まっすぐに伸びた指で
一年
という液体を
くるくるかき回す
自分の尾を飲むようにして
明日も
そうしているのだろうか

テーマ:
「陽炎の立つ日」



座っていた陽炎が
ゆっくり腰を上げる
ゆらりともせずに
辺りを見る

草がすこし縮れていた
猫のやわらかい毛も
それを撫でてあげると
自分までがやわらかくなるようで
少しだけ 嬉しかった

探さないでください
言い残したのはたったそれだけ
陽炎は彷徨うことの方が
ずいぶんと気持ちがよかったので
簡単に 道を曲がることができた

陽炎の行く先に
大体の望みはあった
望まなければなおのこと
望まないなりの
十分なものたちがあった

昂ぶる時には目を閉じる
そうでないときには開いている
赤かったり青かったり
時には緑に映えていたりもするが
透き通っていることの方が多かった

出会えばその分
痛いですから
いえ どこというわけでもなく
ただ 痛いと感じるのです
すこしだけ そんな話をする

何も変わらない
いつか変わる
という事実は 
ずっと変わらずにあるのだから

陽炎はしばらくすると
猫のやわらかい毛を撫でながら
ゆらりともせずに
腰を下ろした

縮れた草もまっすぐに伸びて
まるで陽炎は
一度も立ちあがったことなど
なかったかのように
生涯を終えた

まるで一度も立ちあがったことなど
なかったかのように

テーマ:
「仕事場」



部屋の明かりをささやかに灯し
ネズミは仕事をする
昨日は紙を折り
今日は釘を打つ
先週は鍋を磨き
先月は鉛筆を削った

かんかん音が響く仕事部屋の
隣の部屋では妻ネズミが眠っているが
一向に構わずに
ネズミは仕事をする
丸い机には短い手紙が
ふんわり置かれたままになっている

ネズミは時々
思い出したように振り返り
手紙の方を見る
だが手を伸ばすことはせずに
また仕事に戻る
その目はどこか 物悲しい

ひととおり釘を打つと
ネズミは休憩をとる
数滴の水を飲んで
あとはぼんやり座っている
手紙は相変わらず
丸い机にふんわり置かれたまま

生きていてよかったと思うことも
そうでなかったこともある
だがそれはそれとして
目の前にある釘だけを
打つのだ
それが 今の仕事なのだ

ネズミの尻尾はあまり長くない
ネズミの肩は多少痛かった
溜息のようにふっと息を吐くと
釘は一瞬くもって
それから光る
ネズミは目を細めてそれを眺める

全ての釘を打ち終わり
ネズミは簡単な食事をとる
今日の仕事はここまで
ネズミは満足げにヒゲをさすり
体をさすり
手紙のことを少しだけ考える

明日はおそらく来るだろう
だが
明日の仕事や手紙の文字は
まだ
ネズミ自身にも
どうでもいいことだった

テーマ:
「刻印」



甘い色と
いい匂いのする色が
交わって模様になる
丸くかたどって
軽く焼けば
さっくりした太陽になる

かちん と歯を当てて
指を鳴らして
明日の日付に印をつけたら
午後は湿度を増して過ぎていく

あれは確か
初めて歩いた午後三時のこと
ありもしない記憶をかたちにして
生地の表面に焼き付けると
まるで本当のようで少し戸惑う

ずっと昔
赤い星と青い星が欲しかったのに
だったら壁一面を
紫にしてあげようと
うっすら微笑んでいたそのひとが
却って気の毒に思えた

来週には
マーブル模様を頭に描いて
遠くに解き放ってみよう
脳裏だけが別の場所で
混沌と交わっていけるから

再来週には
もう一度太陽を焼いて
両手をふさいでみよう
物体だけが同じ場所で
混沌と交わっていけるから

一回ずつまわって止まる
走って息を切らして
焼けたばかりの太陽を抱えて
あなたのところへ
あるはずの記憶を焼き付けて
マーブル模様に焼き付けて

それから話をしよう
模様の焼き付いた
テーブルを
囲んで

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