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実はこのブログで書いてみたいことが小沢一郎以外にもう一つある。それは「死」に関してだ。
私が「死」というものを強烈に意識しだしたのは、40歳のカーブを曲がり始めたくらいだったろうか。こんな言葉が自分の頭を日夜占めるようになった。
人は突然、死ぬ
38歳。まだ私がサラリーマンだった当時の会社の先輩が
蜘蛛膜下で死んだ。確か43歳。
40歳の時、一緒に仕事をしていた同世代の仲間が出張先で事故死。前日の夜飲んでいた。
同じ40歳の時、父が癌で死んだ。73歳だった。
41歳の時尊敬していた一回り上の
デザイナーが深夜、事務所で仕事中ひとり突然死。
45歳の時、10代から仲の良かった友人の女性が自殺した。44歳だった。
これ以外に、いくつも・・・。
自分の周りに昨日まであたりまえのようにあった世界から歯が欠けていく様に人が突然いなくなる。そんなことが40歳ぐらいから急に増えはじめた気がする。その時思った。年齢や健康状態に関係なく、人は突然死ぬものだ。
それ以来、死に関しては本を読み、テレビを見て、そんな話題を共有できる心許せる人とはよく話す。今後、このブログでも小沢一郎以外のもうひとつのサブジェクトとしてそんな話を書いていきたい。
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では、まずは、わが立花隆先生のNHKスペシャル「がん 生と死の謎に挑む」。
がんに関しては父が胃がんで何年か闘病したのである程度実感はあった。その進行の速さ、すさまじい生命力は、まるでもう一つの生きものが父の体の中でうごめいているかのようだった。しかし、この番組のように徹底的に実証的に見せられるとショックでもあり、また同時にあきらめもついてしまう。
番組の中で、人間という種の救世主とでもいえるiPS 細 胞と、がん細胞はつくりが酷似しているという山中信弥教授の言葉は衝撃的だった。人間にイモリのような再生能力が備わっていないのはがんと関係があるとい う大胆な発言を受けて、我が家では、がんは、疫病や、自然災害などと同じで地球上に人間の人口が増えすぎるのを抑えている神様の差配なのではという罰当た りな推論まで出た。
立花先生はラストにこのように語る。
「がんはしぶとすぎるほどしぶとい病気で、生命そのものがはらんでいるひとつの避けられない運命という側面を持っているのではないか。人はどこかでがんという病気と人生の残り時間の折り合いをつけなくてはならない」
膨大な知識を持ってあらゆる事柄を冷静に見てきた立花先生が“運 命”という言葉を使ったのには少し驚いたが強く共感もする。今にして思えば、約10年前、父に抗がん剤とモルヒネを投与したのははたしてよかったのか、ど うか。答えは未だにわからない。この治療法で感じたのは“多くを望めば多くを失う”ということ。それは時間、お金、父自身の気持ちや尊厳・・・。そして立 花先生のラストの言葉が強く印象に残った。
「人間はみな死ぬ力を持っている。死ぬまで生きる力、死ぬまでは生きられる、じたばたしても死ぬまでは人間ちゃんと生きられる」
そう、死はタブーではないのだ
死にきちっと向かい合う力を持つために、もっと語るべきだと思う。次回は死を語るということについて書いてみたい。
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