ママチャリで日本一周している経営者の記録(0903株式会社)

人生とは自転車のようなものだ。倒れないようにするには走らなければならない  by アインシュタイン


テーマ:
ママチャリで日本一周している経営者の自転車旅と100人社長旅株式会社ソラーレ
東浩司さん
ホームページ:http://ameblo.jp/azuma-papa/


今回の旅は、株式会社ソラーレ 東浩司さんです!

ママチャリで日本一周している経営者の『現役社長』と『未来の社長』100人探しの旅

自己紹介とお仕事内容を教えてください。
東浩司といいます。
1971年名古屋生まれの39歳です。
株式会社ソラーレの代表をしております。
社名はイタリア語で「太陽」という意味。
研修講師の仕事をしているんですけど、
太陽みたいに明るく楽しく元気な研修をやりたいなと思い名づけました。

現在のお仕事につかれるまでの経緯を教えてください。
大阪大学の人間科学部を卒業して、
企業研修をやっている富士ゼロックスの子会社に新卒で入社。
そこで6年間営業として勤務した後、
異業種で転職を6回繰り返しました。

アウトドアショップに一年、
居酒屋の和民で人事を一年、
学習塾の東京個別指導学院の室長を経て、
東京電力のグループ会社で社員研修の仕事を4年間続けました。
その時に子供が生まれたんです。

「子供の前では笑顔でいたいよな、もっと長く一緒にいたいな」

と思い、会社を辞めてNPOに入りました。
そこを辞めて独立をしたのが2年前の6月ですね。

ママチャリで日本一周している経営者の『現役社長』と『未来の社長』100人探しの旅

多くの異業種に転職していますね。
何か目的があったんですか?

目的と呼べるものは何もなかったですね。
その時は夢を追いかけていた。と思っていました。
でも今振り返ると、不平不満が多くて転職を繰り返していました。

インタビューのテーマが29歳なのですが、
その頃は何をされていましたか?

29歳はぼくの人生のピークでした(笑)
アウトドアショップに転職したのが29歳。
自分の好きだったアウトドアの仕事に就けて、

「自分の人生がこれから広がっていくぞ」

と希望に溢れていましたね。

アウトドアの仕事にそんなに思い入れがあったんですか?
大学時代はサイクリング部に入っていたんですよ。
「ランドナー」というツーリング用自転車に乗って、
夏になれば北海道に行って、
春になれば九州に行って、
1年の内120日は自転車で旅をしてキャンプをしていたんです。

残りの120日は、
ツーリングのための資金稼ぎ。
肉体労働で稼いでましたね。

そして、残り120日は何をしていたかというと、
大学には週1回くらいしか行かず、
一人暮らしの下宿で天井に貼ってある日本地図を眺めていた。
自分が走った所を整理して、

「次はあそこに行こう、ここに行こう」

と考えていましたね。

大学の3年間は自転車ばかりをやって、
4年生の4月から就職活動をスタートしました。

あまり就職する感覚がなかったんだけど、
とりあえず区切りを付けて、自転車以外にやりたいことを考えた。
その時のテーマが「環境」だったんですよ。

自転車でずっと旅行をしていて、
当時はバブル経済でしたから
日本がリゾート化されている時期だったんですね。

どんどん景色が変わって護岸も埋め尽くされて、
沖縄もホテルがどんどん建っていって
自然も変わり林道も舗装されていく。

これはどうにかしなくては、と思い、
大学4年生の時に環境保護のボランティアを始めたんですね。
いずれ環境とかアウトドアの仕事に就きたいと思って。

ママチャリで日本一周している経営者の『現役社長』と『未来の社長』100人探しの旅

そうはいっても、
いきなりNPOに行っても役に立たないと自分でもわかっていたし、
一度企業に勤めたほうがいいとアドバイスをもらったんですね。

ボランティアを通して富士ゼロックスの人と知り合った。
仕事の話になって、
環境に関わる仕事がいいけど食えなさそうだし、
人間科学部にいて人間に興味があると話をしたら、

「富士ゼロックスの子会社で社員教育をやっている会社があるよ」

と勧められたんです。
たまたま翌々週に会社説明会があって、
そこに行ったら初めて
「ここに入るのかもしれない」
と直感で思いました。

入社して、6年間営業の仕事をしました。
首都圏に本社がある会社に1000社以上訪問して、
会社によって研修の現場が違うんだと肌で感じましたね。
仕事は楽しかったし、給料も結構もらっていました。

28歳の時に『岳人』という雑誌を見ていたんですけど、
アメリカで有名なアウトドアショップの
REI(Recreational Equipment Inc.)が
日本に初出店するニュースが片隅に載っていたんですよ。

翌週にアメリカのシアトル本社に
英文で日本のオープニングチームに入れてくださいと手紙を書きました。
そして、採用も決まっていなかったけど、
会社に「仕事を辞めます」と伝えました。

目次
62人目Vol.1 不平不満が多くて転職を繰り返していました
62人目Vol.2 「You are fired」
62人目Vol.3 世界で一番高い所に露天風呂を造った
62人目Vol.4 キャリアビジョンなんていらない
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