2004年07月10日

寄り合い

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「文楽、志ん生、圓生、小さんは勿論だろ・・・」左楽師匠は続けた。凄いメンバーといってもなあ、その頃は当たり前だったからなあ。理事会が終わってさ、そうだ、その頃は理事会なんて言ってなかったよな、幹部会だな。終わってさあ、例の焼き鳥屋の二階で「チョイトやりますか?」ってなもんだよ。文楽師匠が誘った「おい文平、聞いといで」俺さあ、鳥がまるでダメじゃない。確かに文平、じゃない左楽師匠の鳥嫌いは有名だった。20m先に鳥がいるのを、察知するほどだった。「聞いといでったってなあ・・」嫌々ながら近所の焼き鳥屋さんへ聞きに行った。昼のことで、まだ、店は仕込みの最中だったが、幹部は、特に文楽師匠は常連だった。「あのう・・・」そう言って戸を開けた文平少年の目に飛び込んだのは、大きな金網製のカゴの中に入って、足を無残に上げている、夥しい鳥のボイルだった。「ギャー・・」と一声残して、文平少年は駆け出した。何処まで走ったのか見当もつかなかった。ただ走った。走って走って走り抜いたつもりだったが、足は絡んで、一所で空回りしていた。柱の陰に隠れていた文平少年に、焼き鳥屋の親父は、優しく声を掛けた。「もういいよ」
2004年07月09日

モニター

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前座が、日頃の鬱憤を正面切って晴らすことが出来たのが、そう思っていたのが、波多野栄一さんの百面相と場内放送だった。波多野先生は、小道具を使っていろんなものになりきった。「聖徳太子」「カウボーイ」「丹下左膳」「金色夜叉」中でも「カウボーイ」と「丹下左膳」は、前座が待ちに待っていた。「次はカウボーイ、インディアンをやっつけるぞぉ」こう言うと、前座は思い切り大きな声で騒いだ。インディアンの声を真似るのだから仕方がない。「ワーッ!ワーッ!」そう言いながら、苦手な師匠の名前を叫ぶ前座もいた。名前の後に「バカヤロー!」を付けた奴もいた。場内放送は、禁煙のお願いをしていた「場内は禁煙でございます。お煙草をお吸いの際は、後方喫煙室にてお願い致します」これだけで良かった。欲求不満の前座が、これで終わる訳がなかった。「どうしても、客席で煙草を吸いたい方は、火を点けずにお吸いなるか、お煙草を食べて下さい」栄一先生への嬌声と場内放送は、どんどんエスカレートしていった。モニターは、全てを席亭の部屋に伝えていた。新宿の大旦那の前で、前座達は小さくなっていた「洒落は良い。だがな、お前達のは笑えないよ。人の真似ばかりじゃないか、下らない」「スイマセン」「でぇ、一番先にやった奴、大した者だ。影マイクで受けさせるんだからなあ。名乗ってみろ」「私です」初めにやった前座は、席亭に褒められて、嬉々として答えた。その前座の姿は、末廣亭から数ヶ月消えた。
2004年07月08日

つなぎ

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浅草演芸ホールの前座はオロオロしていた。高座が切れれば、楽屋には誰も居ない状態だった。近頃と違って、そういうことが、日常茶飯事だった。お客様も慣れていたし、なんとなく察して、誰がどうつなぐかを、楽しみにしている節もあった。楽屋に入って来た先代の圓蔵師匠は「おやっ、後ナシかい?」そう聞いた。前座は、その通りだと、今までの経緯を簡単に説明した。「ふーん、みんな忙しいからねえ。分かった、で、どうするんだい」「つないで頂けますでしょうか」「いいよ、じゃあ達磨でいいか?」「お願いします」高座に上がった圓蔵師匠は、直ぐに羽織を脱ぐと袖に放った。絽の羽織は、涼やかに宙を舞った。浅草演芸ホールの間口は広かった。前座の手の届かない所に落下した羽織は、空調に揺らめいていた。さながら、階上から聞こえて来る「フランス座」のミュージックに踊っているかのようだった。前座はまたオロオロし始めた。どうやって羽織を引こうか。大太鼓の長バチを、高座の袖からそっと伸ばした。お客さんは、気付いていない様子だった。羽織を引く間は難しい。いかにも引きましたと分かっては、高座の邪魔になる。お客さんが、ワッっと受けた所でサッっと引くのが良しとされていた。それには、各演者の受け所を、心得て居なければならなかった。前座は耳を澄ました。アタリを待つ釣師のようだった。「来た!」そう判断した前座は、思いっきり羽織を引いた。悲劇は起きた。以前の高座は今とは違って、所々にささくれが出来ていた。そのささくれに引っかかった絽の糸が一本、シューッと長く弧を描いた。美しい曲線だった。蚕はこうやって生糸を吐くのかなあと、刹那思ったほどだった・・・・後のことは覚えていない。
2004年07月07日

化粧

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池袋の楽屋だった「ねえ、円之助さん、確か囲碁好きだったよねえ」「なに言ってんの志ん朝さん、私ゃねえ、碁の為だったら、カムチャッカにでも行っちゃうよ」「よかった、実はさあ、カミサンの親父さんと住み始めたんだけどさ、退屈してんだよね」「で、そのおじいちゃんが囲碁が好き?」「そうそう・・・」「で、相手をしてくれ?」「ありがたいなあ、察しがよくって。頼めるかなあ」「勿論、でぇ、いつ?」「毎日閑なんだから、こっちは何時でも良いんだけど、円之助さんの都合で・・」「そんなのないない、じゃあ明日」「ありがたい、助かるよ」胸を撫で下ろした師匠は、早速お内儀さんに報告した「明日、円之助さんが来るからな」「なあに?」「だから、昼ごろ、円之助さんが来るから・・」翌る日、朝早くお内儀さんは美容室に行った。普段しないお化粧も、入念だった。なにか勘違いしているようだった。昼を少し回った頃、チャイムが鳴った。「ハァーイ」よそ行きの声が響いた。間違いなく歌舞伎の猿之助を待っていた。扉が開いた。真っ黒な顔で、ニッと笑っている円之助師匠が立っていた。お内儀さんの、笑顔が消えた。
2004年07月06日

桂 文楽

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「同期会をやろうよ」こう言い出したのが誰で、いつの頃からか分からない。ただ、それほど昔ではない。寄席に出るのもままならぬほど忙しい面々が、吸い寄せられるように一つになった。志ん朝、馬風、こん平、文楽、小勝、歌奴が、楽屋で笑っていた。それまでは、いがみ合うことはないけれど、それぞれが各々の道を進んでいた。我勝ちに違う方向に歩いていた。何十年もそうしてきた。お互いを相容れることはなかった。「年一回旅行に行こう」そう決めた。国内だったり、外国だったりしていたけれど、その時ばかりは嬉々としていた。その日が近付いてくると、楽屋で会っても旅行の話しばかり「あそこへ行こう」「ここが良い」と、喧嘩にもなっていた。みんな少年のようだった。きっと、前座の頃からそうだったんだろうなあと、容易く推量できた。師匠が居なくなって、同期会は機能しなくなった。そして、歌奴師匠も居なくなった。
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