2009-06-13 00:04:19

浅田真央と五輪選考基準

テーマ:浅田真央

今日は短めに。

日本スケート連盟は、今日(6月12日)、2009/2010 フィギュアスケート国際競技会派遣選手 選考基準を発表し、バンクーバーオリンピック代表選手選考基準を示した。日本の代表枠は男女シングルがともに3名で、アイスダンスが1名である。選考基準は以下の通り。


①・・・・グランプリ・ファイナル3位以内の日本人最上位者を、その時点で内定とする。

     

     この場合でも、原則として、全日本選手権の出場が条件となる。


②・・・・全日本選手権優勝者は、原則として、選考するものとする。


③・・・・以上の後、残る派遣枠については、


      a 全日本選手権3位以内の者


       b グランプリ・ファイナル進出者


       c 全日本選手権終了時点でのワールド・ランキング日本人上位3名(組)


を選考の対象とし、競技会での獲得ポイント、演技内容、ワールド・ランキング等を総合的に比較して、選考する。なお、過去に世界選手権6位以内に入賞した実績のある選手が、シーズン前半にけが等で上記③の選考対象に含まれなかった場合には、オリンピック時の状態を見通しつつ、選考の対象に加えることがある。         



以上の通りであり、スケート連盟の苦心の跡も感じられるが、③の総合的にが引っかかる。例えば、①と②の選手が同一選手の場合、③で二人の選手を選考することになる。また、①に該当者がいなかった場合でも、③で二人の選手を選考することになる。


これまでも、総合的な選考では、マラソン、柔道などでもめたことがあった。そういう;動きに、私はいつも「日本だな」と思う。今回も、そういうことで泣きを見る選手が出ないことを祈るばかりである。


と、ここまで書いて来て、私は、この問題を深く考えようとしていない自分に気付いた。なぜかと考えていくと、真央選手が選ばれることを自明のこととしているからだということに至った。


<追記>


いや、オリンピックまでは何があるか分からない。一ファンと言えども、ここはひとつ気を引き締めていこう。



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2009-06-12 00:04:16

浅田・小塚DOI欠場とJSF

テーマ:フィギュアスケート

6月9日、浅田真央選手と小塚崇彦選手がドリーム・オン・アイス(DOI)を欠場する情報がネット上を流れた。チケットを買っていたファンはさぞやがっかりされたことであろう。

しかしこれに伴い、真央選手については、私が見ただけでも2件、この欠場を良しと肯定する意見のサイトがあった。コアのファンは今回の欠場を、今は、五輪への準備を調える大事な時期であり、アイスショーでその準備をおこたってしまうべきではないという考えであるらしい。私もその意見には賛成である。

これまでも、シーズンオフに行われるアイスショーには否定的な意見が多かった。選手たちは、公式戦以外のこうしたショーに駆り出され、シーズンオフがシーズンオフでなくなり、また、次のシーズンへ向けた準備がおろそかになってしまうというのである。


浅田真央 2008 DOI EX

ドリーム・オン・アイスは主催がドリームオンアイス2009実行委員会と産経新聞社である。この実行委員会には、産経新聞社とイベントプロダクション会社の(株)CICが参画している。日本スケート連盟(JSF)は後援で、特別協賛として新生銀行が参加している。ショーの正式名称は「新生銀行 presents Dreams on Ice 2009~フィギュアスケート日本代表エキシビション~」である。新生銀行は協賛企業として重要であることがうかがえる。

フィギュアスケートがビジネスとして成立している以上、ビジネスの制約を受けるのは必然である。そして、ビジネスの上で、皆さんご存じのように、こうした協賛企業やクライアントなるものの位置はかなり重要な位置を占める。だから、今回のような、目玉の選手二人が欠場となると、主催者側は、チケットを購入したファンにも、協賛企業にも困った顔を見せなければならない。

実行委員会のホームページにはお知らせとして「ドリーム・オン・アイスへの浅田・小塚両選手の出演辞退について」の記事が載っている。そのまま引用すると、かなり長いので省略するが、これが、よく読むと日本スケート連盟の動きや実行委員会などとの力関係がにじみ出ていて面白い。ポイントだけ紹介すると・・・・


3月中旬・・・・ドリームオンアイスへの両選手の参加の内諾を得る。

【浅田選手】

5月27日・・・・浅田真央選手側から出演辞退の文書が提出される。

・・・・・・日本スケート連盟フィギュア強化部が浅田選手側に合宿日程の変更を打診。

・・・・・・浅田選手側から、再度、日程変更が不可能との回答。


【小塚選手】

6月4日・・・・出演辞退の文書をスケート連盟に提出。

****日本スケート連盟、両選手の出演辞退を実行委員会に連絡。

6月9日・・・・発表

実行委員会の担当者には、本当に御苦労さまといいたい。さぞかし大変だったことでしょう。しかし、この文書を読むと、真央選手に一度は日程変更の打診はしているものの、スケート連盟が一貫して、実行委員会に対し、選手を擁護する立場に立っていることが見て取れる。今後もそうあって欲しい。

ドリーム・オン・アイスにはほかに、安藤美姫選手、村主章枝選手、鈴木明子選手、中野友加里選手、織田信成選手らが出演する。中野選手は早くから準備をしていたとの情報はあるが、彼らの公式戦への準備は大丈夫なのであろうか?

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2009-06-11 00:06:03

真央母の決断と行動力

テーマ:浅田真央

「浅田真央 15歳」を読み返していて、いつも引き込まれる個所がある。ベストセラーの本だから、真央ファンにはよく知られた話だろうし、引用すると長いので、まとめると・・・。

浅田真央が小学校高学年になって、スケートと学業のどちらかを選択しなければならなくなったとき、姉の舞がその両方を選んであまり良い結果を得られなかった反省から、母親の匡子さんは、真央にはスケートを選択させる決断をする。

その結果、試合の前後、学校を休んだり、遅刻、早退が増えたりすることになる。そして、学校の教師からもとがめられたりするが、匡子さんは「身体が資本ですから」と対応する。

そして、娘の真央にはこう言うのである。

「ひとつのことをやり遂げようとすれば、何かを諦めなければならない。(中略)きっと、誰にも体験できないことが経験できるよ」と。(「浅田真央 15歳」 宇都宮直子 著)

これだけでも大した言葉だと思う。何か大きな海に乗り出していくようなワクワクした高揚感を感じさせる。しかし、私としては、ここまでは想定の範囲というか、まあ、予想がつくのである。しかし、今(中略)としたところで、次のように言っているのである。

「(・・・何かを諦めなければならない。)でも、それはいつか必ず、お前に返ってくるよ」(出典同)

これには、感服したね。これを読んでいた私は、後に、浅田真央が高校生になって、教科担任の先生が中京大のリンクまで出張授業に来てくれたとき、まさに、この言葉が実現したと思った。まさに、浅田真央を軸に世界が回り始めたからである。


2002全日本選手権 この1年弱前、匡子さんは真央選手にスケートを選択させる重大な決断をしていた。


こうした、浅田親子の決断のような話を聞くと、よく思い出す話がある。それはビュリダンのロバという話で、ビュリダンとはこの話の作者の名であるが、その話というのは・・・。

ある時、おなかがペコペコのロバが、エサを探して歩き回っていました。すると、幸運なことに大きな干し草の山を2つ見つけました。2つとも同じくらいの大きさです。

ロバは、「右の干し草にいこうかな。いや、左の干し草に行こうかな」と迷い始めます。そして、どちらとも決められず、ついにはそのまま死んでしまいました、という話。(ブログ、わたしの心のものさしで、から。一部改変)

私達は日常の生活においても、日々選択をせまられている。いちいち迷っていたら生活が前に進まない。しかし、人生の大きな岐路に差し掛かったとき、そのどちらに進むかに迷う人は多い。岐路まさに愛すべし・・・と敢然と前に進める人は意外と少ないのではないか?葛藤を繰り返し、その岐路にたたずんでしまう人も多かろうと推測する。

現代は「自己実現の時代」と言われている。イチローや松坂大輔、高橋尚子などのスポーツ選手や歌手、俳優などの芸能人、芸術家、政治家、もちろん学問の世界でも自己実現を成し遂げる人は多い。また、サラリーマンの世界でも当然自己実現を成し遂げる人はいる。

つまり、憧れの職業は当然のことながら、人それぞれなのである。そして、そこには、自己の能力を冷静に見つめた判断の積み重ねと、自己を未来に賭ける勇気とがある。

一方でまた、好きなことをあきらめてサラリーマンになったものの、憧れへの未練はつきず、就いた職にも専念できないまま転職をくりかえし、結局、どっちつかずになってしまう人も多い。人生は厳粛だなと思う瞬間である。

浅田家へ話を戻せば、匡子さんがすごいと思うのは、娘の真央の能力に対する冷静な分析力とそれに賭ける勇気、そして決断した後の行動が並はずれているなと思うからである。

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2009-06-10 00:03:29

浅田真央と大人になること

テーマ:浅田真央

ブログなどというものをやっていると、できれば言葉のフレーズにおいても、考え方においても、他の誰よりも一番先に、オリジナルなものを書くことを目指したいものである。

だから、他の人のブログを読んでいて、自分が思っていた言葉のフレーズなり考え方なりに出くわしてしまうと、「あっ、やられた」と声を上げてしまう。知らなければ、それはそれでよいわけであるが世界が狭くなることにもなるので、従って、自分と同じ分野のテーマを扱ったブログを読むときは、ある程度、そういう新しいフレーズや考え方に出会うかもしれないことを覚悟をして読み進めることになる。

しかし、今回はブログではなく、You Tube の動画の中であったため、全く無防備であった。この動画は、荒川静香と本多武史、井上怜奈の三人が浅田真央などについて語ったもので、その中で井上怜奈が、浅田真央を取り上げて、次のように言うのである。

「(真央ちゃんは)上手に大人になっていってる。真央ちゃんもすごいし、まわりの協力もいいんだろうなあ(と思う)」

これ、読者の皆さんはどう思うだろうか?・・・上手に大人になる・・・どうってことなくて、簡単なようだが難しいよね。そしてそれを実践している浅田真央をすごいと指摘している井上怜奈も、冷静な鋭い観察眼を持っていると感じる。


荒川静香本音で浅田真央を語る 井上怜奈の言葉は最後(3分10秒辺り)

人は誰でも、時間がたてば年をとり、ハイティーンを迎える。教育関係者ならどなたでもご存じでしょうが、高校生から大学生にかけては色々と問題を抱えている少年というか青年は多い。先般コラムで取り上げたように織田信成選手が飲酒運転で失敗するなど、落とし穴はいくらでもあるのである。気を緩めればそうした落とし穴に落ちる危険性は高い。

・・・そんな、浅田真央と普通の高校生や大学生と一緒にしてはいけないという人もいるかもしれない。生きてる世界が全く違うということもあるだろうし、目指しているレベルが違うということもあるだろう。しかし、浅田真央といえどもスケートを離れればひとりの学生である。自身に押し寄せている様々な問題は数多くあると予想される。

ここで、スケートを離れればと言ったが、まさにスケートが浅田真央の上手な生き方を支えているのだろう。動画で荒川静香が言っているように、「やらなきゃいけないこと。やること。今やっていること」が浅田真央に見えているのだろう。浅田自身、スケートをやっていて、他の高校生を羨ましいと思ったことはない、と言っている。

かつて、浅田真央を育てた山田満知子コーチは、浅田真央の母親・匡子さんを褒めて、「匡子さんは子供を育てるのが上手い」と言っていた。浅田真央の「生き方上手」は、周囲の協力があって成り立っていることは間違いないだろうが、それと同時に、インタビューへの落ち着いた受け答えに見える、浅田真央の自らを律する強い意志に「生き方上手」を感じざるを得ない。

注 浅田真央へのインタビューの動画はこちら
2009-06-09 00:03:17

村主章枝と橋本聖子

テーマ:フィギュアスケート

村主章枝は、今年も元気である。先に行われた、プリンス・アイス・ワールドでも好調にエキシビションを披露した。

今日のコラムでは、この村主章枝と現外務副大臣で元オリンピックスピードスケート選手の橋本聖子さんをひとくくりに捕えた解釈で、スケート選手のみならず、スポーツ選手の引き際について話してみたい。

その結論を言う前に、先ず村主章枝選手のこれまでの歩みを大会の成績を軸に話を進めたい。村主選手は、1980年12月31日生まれ、現在、28歳である。そして、現役フィギュアスケートの女子選手としては、最年長の一人である。

3歳から5歳までをアメリカのアラスカ州アンカレッジで過ごし、同地でスケートをはじめとするウィンタースポーツに親しんだことが競技生活の原点という。6歳でスケートを始め、小学生の頃から競技会に出場している。以下に選手としての成績をまとめると・・・・。

1992-93   全日本Jr選手権     19位
1993-94   全日本Jr選手権      9位
          ガルデナスプリング杯   7位
1994-95   全日本Jr選手権     10位
1995-96   全日本Jr選手権      2位
          全日本選手権       4位
          世界Jr選手権       4位
1996-97   全日本選手権       1位
          世界選手権       18位
1997-98   全日本選手権       2位
1998-99   全日本選手権       2位
          世界選手権       20位
          四大陸選手権       5位
1999-00   全日本選手権       3位
          四大陸選手権       4位
2000-01   全日本選手権       1位
          四大陸選手権       1位
2001-02   全日本選手権       1位
          世界選手権        3位
          冬季オリンピック     5位
2002-03   全日本選手権       1位
          世界選手権        3位
          四大陸選手権       1位
2003-04   GPF           1位
          全日本選手権       2位
2004-05   全日本選手権       3位
          世界選手権        5位
          四大陸選手権       1位
2005-06   全日本選手権       1位
          世界選手権        4位
          冬季オリンピック     4位
2006-07   全日本選手権       4位
2007-08   全日本選手権       4位
2008-09   全日本選手権       2位
          世界選手権        8位

大変長くなったが、この長さも今回のコラムのテーマの一つなのでご勘弁頂きたい。これに見るように村主は、実に17シーズンにわたる選手生活を続けている。戦績を見ると、明らかに2000年から2005年にかけてがピークとなっているのは否めない。しかし、2005-06年以降も現役で競技を続け、2008-09のシーズンでは、世界選手権の切符を勝ち取っている。そして、オリンピックシーズンの今季、バンクーバーへの出場を目指して、シーズンをスタートしている。   
       

村主章枝 2009PIW EX「Padam Padam」

村主章枝選手に対し、橋本聖子さんは、現役時代、スピードスケートと自転車競技の両方に取り組み、夏と冬の両オリンピックに出場した。その最高の戦績は1992年アルベールビル冬季オリンピックのスピードスケート女子1500メートルの銅メダルである。この成績は日本人女性史上初の快挙であった。そして、現役時代の橋本聖子もまた長い選手生活を送った一人である。

浅田真央ファン夢日記

その戦績をオリンピックで見てみると・・・。

1984年  サラエボ   500メートル        11位
              1000            12位
              1500            15位
              3000            19位
1988年  カルガリー  500             5位
              1000             5位
              1500             6位
              3000             7位
              5000             6位
1988年   ソウル    自転車競技出場
1992年  アルベールビル 500            12位
              1000             5位
              1500             3位
              3000            12位
              5000             9位
1992年  バルセロナ   自転車競技出場
1994年  リレハンメル 1000            21位
              1500             9位
              3000             6位
              5000             8位
1996年  アトランタ   自転車競技出場

橋本聖子は、1964年10月の生まれであり、中学3年で全日本を初制覇している。従って、この時からだけでも1996年のアトランタオリンピックまでの期間を計算すると、17年の月日に渡っている。

しかも、アルベールビルの女子1500で3位になったあとも選手生活を続け、日本の女子スピードスケート界をけん引し続けた。この点で、ライバル荒川静香を失った村主章枝がトリノオリンピック以降も選手生活を続けているのに似ている。

このように、スポーツの世界では、若いうちに成功をおさめ、そのまま現役選手生活を卒業してしまう選手がいる一方で、橋本聖子のように、自らの年齢の限界まで競技生活を続ける選手がいる。かつて橋本聖子が現役当時、リンクに足を取られ転倒してフェンスに激突するシーンを見たあるテレビキャスターが「彼女のような選手は燃え尽きるまでやらないと気がすまないのでしょうね」といったことが印象的であった。

村主章枝がバンクーバーオリンピック後にどのような選択をするのかは分らないが、仮に引退したとしても、それは彼女が燃え尽きたあとのような気がする。

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