すだれの部屋

ゆっくりと。。のんきに。。あせらずに。。。。。。

楽しく。。前向きに。。

歩いていきたい。。

          


         ハートの♪   想い出は 色褪せないセピア色   ハート   



     うま //////////////$すだれの部屋 //////////////木







テーマ:

 

 

 

♪~ただそれだけ~♪

      ♪~       ♪~

   ♪~ただそれだけで~僕は~♪


え?

聞き覚えのある声・・・・
聴き覚えのあるメロディー・・・・

広沢君の歌声だった。

 


 

メリケンパークに着いて
特設ステージの場所はどこだろうって探していた。

 

遠くに聞こえてきたその歌声は 
まぎれもなく馬場さんと広沢君との共作
☆「ただそれだけで」だった。


その声の方に引き寄せられるように 近付いていくと

♪~ただそれだけ~♪

馬場さんの声が聴こえてきた。

 

 


真っ正面に
遠く遠く見えた馬場さんの姿。。。


嬉しかった。
この日をどれだけ待ちわびただろう。


『逢いに来ました! やっと逢えた~ 』

と、こころで 叫びながら、真っ直ぐに歩いて行った。

走っていかないところが私らしい。。笑




馬場さんの笑顔が見えるところまで、
一歩一歩。

♪~君が名前を呼んだ~

    ただそれだけで 僕は しあわせだった~♪


神様がくれた ほんの小さなしあわせの瞬間のように思えた。


・・・・・

そして そこから馬場さんのパートのリハ風景。
その数分だけで すごくすごく嬉しかった。
本当に嬉しかった。ハートp



。。。。。。航海  くじら  たこ


本番まで待ち時間が少しあったので
まわりを歩きながら 海を見ていた。

 

 



あじ~!!暑っ

それにしても あじ~いよ!! 暑い 汗 炎 



そして 私のこころも この太陽に負けないくらい熱かった。


風が優しかった。ラブハート


 

 


。。。。。。。。。。。。。。。。。。日の出

 



 

くじら 『海フェスタ神戸』 ヨット


神戸開港150年を記念して
神戸の海や港の産業、技術、文化に関する行事、
神戸帆船フェスティバル、過去最多15000発の花火大会など
7月15日から8月6日まで23日間もの間 
神戸港周辺では 様々なイベントが行われている。

その中で 先日7月29日には
FMCOCOLOがプロデュースするスペシャルライブが開催された。
MCは ヒロ寺平さんだった。

ヒロさんはこの日
「今日はなんと地味な衣装で~」と言われ 
真っ赤な半パンと じみ~な柄Tで登場してくれた。niko 笑
ヒロさん 若~い!短パン ハート。  

「Daytime Stage」として出演者の方々は
・中川隆さん
・馬場俊英さん
・広沢タダシさん
・リクオさん

の4組だった。


トップバッターは 広沢くんからだった。

☆「サフランの花火」

はじめてこの曲を聴いたのは
馬場さん率いるトルバドゥールナイトのライブで
馬場さんも大好きだと言われていた曲だ。

私にとって、、、
広沢くんといえば この曲!!
と言っても過言ではないくらい馴染みある曲だった。
やっぱりすごくいい曲だなあと思った。

 


☆「SIREN」

新曲のこの曲は ポップな感じなのに 
見たいもの見たくないもの・・・
居たい場所居たくない場所・・・ 
人間が持つ心の奥底をのぞき込んで歌ってくれているようで
なんかいいなあって思ったし すごいなあと思った。

歌い方や 表現の仕方が
今までの広沢くんと少し違って聴こえてくるようだった。

広沢くんは この春3週間ほど渡英し 
ロンドンでのレコーディングやその時の経験などが
なにか良い結果をもたらし
その効果も随分あったんじゃないかなという心象だった。

 


☆「ありふれた日々」

『真夜中の散歩』というアルバムの中に収録されている曲で
昨年の横浜のクリスマスイベントの時に聴いた時
すごく印象に残ったことを覚えている。

この日も、、、
その歌詞の言葉のひとつひとつがこころに響いた。

♪~どうして僕たちは 傷つけたり 手放したり 
   
   手に入れたものを わざわざ 壊してしまう~♪


こんな事って 誰の心にも あるような気がする。

本当は 大切な人と あたたかな日々を
なんでもない ありふれた日々を ただ望んでいる。
それなのに、、デコボコ道を歩いて また旅にでる。

♪~こんなつもりじゃなかったって 誰にも言えないままで~♪

思い通りに生きていけたら どんなにいいだろうと思う。
だけど 思ってもみなかった事を言ってしまったり、
何もかも諦めてしまったり。

♪~愛し合って ケンカして 振出しに戻ってばかり~♪
プラスとマイナスはいつも心に住み着いている。

♪何度だって 傷ついても また信じてしまう~♪
それが 愛というものなのだろうか。

♪~あたたかくて ありふれた日々 ♪
誰もがみな こんな日々を 夢みてる。


広沢くんが 淡々と歌い上げるなかに
人間の本質的なところにある願い望み、、 そんな心というものが 
この曲の中には いっぱい込めれていると思った。


これからも まだまだ 頑張ってほしいなあと思いながら聴いていた。


。。。。。。


そして ここから馬場さんが登場し、、、

もちろんこの曲!!


☆「ただそれだけで」

この日は 神戸バージョンで歌ってくれた。


広沢君は
♪海フェスタに来て 馬場さんを「としさん」と呼び
  ただそれだけで 僕はしあわせ♪


と そんなふうに歌っていた。

その間 馬場さんは「それは言わないでよ」って 小さく囁きながら 
大いに照れまくっている馬場さんがいた。


そして馬場さんは
♪神戸の海 開港150年のこの時に歌えることを
   ただそれだけで 僕はしあわせ♪



ちゃんとした歌詞はもう覚えていないけど
そんなふうに歌ってくれていたように思う。

・・・・ギター 鏡

この曲が 広沢君家で生まれた時のこと。
馬場さんは菓子パンをたくさんお土産に持って行ったこと。バケット
この曲を弾きながら 
広沢君の写メで、鏡越しの馬場さんの肩が愛おしかったこと。
今でも思い出す。

何度聴いても この曲が大好きでたまらない。
何度も聴くたびに この曲がどんどん大好きになっていく。

この曲の淡い初恋のようなピュアな心が
可愛くて 愛おしくて 優しくて あたたかくて
そんな心をぜんぶ集めたような恋の歌。



この思い・・・

こんな思い・・・

それは こんな思いにも似ていて・・・❤



馬場さんの笑顔に逢えただけで
もう いろんな理屈はいらない。。

ただ、私は
馬場さんが大好きなんだな、、って。
馬場さんの笑顔がそこにあればそれでいい。

馬場さんの歌をずっと聴いていられたら それでいいんだな、、って。
馬場さんが話してくれる声を聞いているだけで
それだけで
安心する空間にはいりこめるんだな、、って。


それだけで

それだけで、


私は
勝手に
こころが
しあわせだった。かお




。。。。。。。。。。。。。ラブ


ここからは 馬場さんのコーナー!



☆「陽炎」

この曲は まさかまさかの曲だった。


♪~暗闇の風の中で 小さな炎が燃えてる~♪

シチュエーションは違うけど あの花火の火を思い出していた。炎


♪~どんなにうまくやれた時も 満たせない何かがある ♪

人の心も 
ある時 満タンにしたはずなのに 
時間と共に 歩き出せば また何かを消耗してしまう。

いつもその繰り返しなのかもしれない。

だけど、、、
必ず また明日はやってくる。

♪~遠回りの帰り道は 陽炎の坂道で

  ♪~立ち止まれば 月は西へ 夜風はまた明日の方へ~♪




☆「海を渡る風」

久しぶりに聴けて感動!!
本当にすごくすごく カッコよかった~!!

♪~右の翼に愛を あなたへの想いを乗せ

  ♪~左の翼に 小さな希望を乗せて~♪



最後の最後の余韻を残すように つぶやく瞬間は
たまらないものがあった。


♪~風は この風は 風は あなた ~♪

    ♪~あなた・・・~♪


切なくて セクシーで 憂いにみちたその歌声は 海風以上のものだった。




☆「最後まで」

♪~最後の最後まで 歩き続けよう~♪

馬場さんは この曲が生まれたとき
歌詞というか メッセージ的な事がシンプルすぎて 
少し心配だったというようなことを話していたように思う。

だけど、、
そのシンプルさが 誰しもすぐに馴染めて
その場ではじめて聴いた方もすぐに一緒に歌えるような
シンプルな言葉と懐かしいメロディがすごくいいと思うし大事だとも思う。

難しい曲もいいけれど 
こういう曲を長く歌えるほうが時には大切で 
親しみやすいスケールの大きな曲だともいえるのではないだろうか。 

あの日皆さんと歌えて嬉しかったし一体になれた感覚で
すごくすごく楽しかった。



そして

この日最後の曲は☆「働楽」だった。

『最後は少しスローな曲をと思っていたけど
 やっぱり元気が出るような楽しい歌の方がいいよね』


そう言って 
馬場さんも会場のみんなも ノリノリで最高に盛り上がった!!


皆さん 仕事でも 家庭の事でも
いろんな事を やりくりして時間を作って来てくれているんだろう。

♪~僕もドウラク 君もドウラク~♪

ここでも みんなで一緒に歌えて こぶしを振り上げ  楽しかった~!おー


。。。。。。


実はこの日、、、


馬場さんが歌い始めると 雨がポツポツ降り出した。汗汗
ずっと晴れていたのに 何かの間違いかと思ったほど。。

お隣りさんと、
「今日は、竹善さんいないのにね~」なんて思わず言ってしまった。


馬場さんは まったく雨には、気づいていなかったらしい。


気づいてたら きっと馬場さんのことだから

「あ、雨 降ってる?」とか言うだろう。

本当に気づかなかったんだ!笑


あまりの暑さとあの湿気だったし
歌うことに一生懸命だったのかな。



袖に降りてから
次の中川さんの出番の時にやっと雨に気づいたらしく
中川さんに「雨男ですね」的な事を言ったら
S岡さんに「オマエだよ!」と言われたそうだ。

馬場さん:「なんでですか?」
S岡さん:「ばばくんが歌い出した途端に降ってきたで!」


馬場さん心の声:『え?  ガーン!ゲゲっ マジで?ぐるぐる

・・・的な思いだったのでしょうか笑

本当に驚いたそうです。


Voiceでは その時の様子を書いてくれていて

「オマエだよ!」

って、、、、


ああ~笑った!niko



「ゲバント60」の時みたい。あはは


オマエだよ!



しかもこの時
ステージ上には アーティストに風を送る「サーキュレーター」が設置されていて
馬場さんの側面から 爽やかな風が送られていた。

馬場さん:「皆さん 今日は最高の海の風が吹いていますね~」
会場の皆さん:「シーン」

馬場さん心の声:『あれ? なに? この反応の無い感じは・・・・?じー・・・
          『海の風・・・こんなに吹いているのに・・・・なんだよッ!
ドン引き
          『ん?それにしても この定期的な風の送りは・・・あれ?』

                (ふと足元を見ると)
          『おっと~!!サーキュレーターか~~~~いッ!!
苦笑

・・・てな心模様だったのでしょうか・・・笑

しかも 二曲も歌った後で気づいたそうだ。


オーマイガー!参った

マジですかッ笑 かお!!



馬場さん曰く
「いい風どころか、雨だったわけです。汗笑

・・・だったそうです。


ああ 可笑しかった~!!ニコ






・・・・・・・・・・・・・・・



続いては

中川敬さんというかたで 私は初めてのアーティストの方だった。


中川さんは震災があったあと リクオさんとも一緒に 
この街を訪れては 支援や応援のために歌を届けていたそうだ。

その時 お客様のなかで
「この震災で家も家族もなくしてしまった。
 だけどそんな人は 私だけじゃなくて まわりはそんな人ばかり。
 泣くことも忘れて ただひたすら毎日を過ごしてきた。
 だけど今日 あんたの歌を聴いて はじめて涙が出た。
 はじめて泣くことができた」


そう言ってくださった方がいたそうだ。

 

音楽の力はすごい!

 

どんなに凍えた心でも

どんなに冷え切った心でも

溶かしてくれるチカラがある。

 

ここでも そう思わせてくれた。

 

 

 



私自身も あの日の地震のことは いまでも鮮明に覚えている。

長男が風邪で夜中に高熱と嘔吐を繰り返していた。
そんな最中の大きな揺れだった。

子どもたちも まだ小さかったけど
さすがにあの大揺れにはびっくりして飛び起き
みんな目を覚まし怖がっていた。

整理ダンスの上のカセットデッキが壁側に大きく移動していた。
もしも逆に移動していたら 子どもたちに直撃だっただろう。
そう思うと今でも怖い。

朝になるのを待って
私は キッチンに散乱していた食器の片付けもそこそこに
長男を病院へ連れていった。

淡路にも神戸にも それぞれに親戚が何軒かあって、
全員の安否を確認するまでの不安な日々は忘れることはできない。

大阪にも親戚はいたけれど
幸い全員無事で身内に命を落とす者はいなかった。
だけど普段の生活に戻るまでにどれだけの日々を要しただろう。


大阪では 町を挙げて支援物資を運んでくれた。
押し入れのなかに眠っているお歳暮やお中元で頂いたような寝具やタオルなど
少しでも役に立ちそうなものをあれこれ探しだし
指定された場所に持って行った事も昨日のように覚えている。
 

港のこの倒れかけた街灯を見ながら あの頃を思い出していた。


。。。。。
 

印象に残ったのは 
清志郎さんのカバー曲で「デイドリーム ビリーバー」だった。

中川さんはこの曲にまつわる清志郎さんの秘話なども話してくださった。

この曲は 元々は60年代にビートルズに対抗して出てきた
モンキーズの「デイドリーム原題(Daydream believer)」という曲だった。
モンキーズは 当時テレビドラマなどもあり
彼らの雰囲気は楽しくて愉快で 馴染み深く庶民的にさえ思えた。
昭和生まれの方だったら誰もが聴いたことのある馴染みのある曲だ。

この曲の事を ずっとそう認識していたけれど
それに加え もっと耳に聞き慣れていて身近に感じていたのは
いくつかのCMや最近ではセブンイレブンなどで流れていたからかもしれない。
 
実は 忌野清志郎さんが 
タイマーズというバンドを結成していた頃
1989年に原曲をカバーして 
原詩とはまったく異なる日本語の歌詞をつけ
清志郎さんの「デイ・ドリーム・ビリーバー」が誕生したのだった。


その内容は 一見恋人に対しての慈しみや深い愛情や哀愁漂うような内容のように思えた。

でも そうではなくて 
とっても感慨深い話が隠されていた。
それは ふたりの母親に対しての思いだった。

清志郎さんは 35歳の時に
育ててくれた母親が亡くなり その二年後には 父親も亡くなられたそうだ。

その葬儀を終えたあとに 母方の叔母から 出生の事実を聞かされる。


本当の母親は 清志郎さんが三歳の時に亡くなられたそうだ。

ずっと育ててくださったご両親は 亡くなった母親のお姉さん夫婦だった。


♪~ずっと夢を見て安心してた~♪

   ♪~僕は デイドリーム ビリーバー~♪
  
     ♪~そんで 彼女はクイーン~♪



この曲のなかの”彼女”という人への思いは
清志郎さんの記憶にはまったくない写真の中だけの若い少女のような実の母親と
安心した暮らしのなかで 自分をずっと愛情豊かに育ててくれた母親への思いだったようだ。

ふたりの母親の死に向かい合い


♪~もう今は 彼女はどこにもいない

   朝早く 目覚ましがなっても そういつも 彼女と暮らしてきたよ

    ケンカしたり 仲直りしたり~♪



育ててくださったお母さんとの日常が 
どれほど平凡で平和だったか、、、
そんな親子の姿が目に浮かぶようだった。


♪~でもそれは遠い遠い思い出 日が暮れてテーブルに座っても~♪

   ♪~今は 彼女は 写真の中で やさしい目で 僕に微笑む~♪

 

写真の中の優しい笑顔の本当のお母さんと
なにも言わず 愛情溢れるなかで なんの疑いもなく
安心した幸せな環境の中で育ててくれたお母さんのこと、、だったんだなあと
そう思って聴いてたら 涙が溢れてしまった。





リクオさんの、
清志郎さんと一緒に作ったという曲「胸が痛いよ」という曲も
なんだか心を打たれた。



・・・・・・


本当のこというと、
日本のロック界の伝説的バンドRCサクセッションのメンバーでもあった忌野清志郎といえども
私は ずっと清志郎さんの良さは わからなかった。


派手なイメージが先にきて
歌をちゃんと聴いたことなかったかもしれない。

だけど、、今回
改めて清志郎さんの楽曲をYouTubeなどでいくつか聴いてみたら

清志郎さんて とってもロマンティックな人だったのかな、、
と思えた。

今までにも BONでは 何度か清志郎さんの曲を取り上げてくれたり
馬場さんが若い頃から 清志郎さん率いるグループにも影響を受け 
大好きなミュージシャンだったと話してくれたことも思い出した。


ああ 馬場さんが好きだと言われていたのは
こういうことだったのかな、、って やっとわかった気がした。

もっと、ちゃんと いろんな曲を聴いたら、
清志郎さんの素敵なところ いっぱい発見できるのかもしれないと思った。


清志郎さんのライブ映像見てて
曲を聴いてて
なんとなく馬場さんの若い頃のグループを組んでいた頃のサウンドと似てるのかも
、、、、なんて思ってしまった。

若さ溢れるドロドロした汗くさい感じも大好きだった。


お行儀いい歌もいい。
ロマンティックな曲も大好き。
がんばれの歌も 時には沁みる。


だけど、、、
人間の本質を素直に歌ってる肉声のような曲も
きっと若者には たまらないのだろう。


当時のエネルギーを ためらわず書いた馬場さんも正直でピュアで
若いから書けた魅力もあるような気がする。

いま聴いたら 照れるんでしょうか?

 

hazukasi☆☆

清志郎さんは、
もしかしたら、


若い頃から
いくつになっても ずっとずっと
そういう人間くさい歌を歌う人だったのかなぁと思った。


人間の本音を、、、、

例えば
人の生き方や
社会に対してや
恋愛に対しても

すべての観点から見て
人間くさく 歌っていたのかな。


ちょっと聴いたくらいで
偉そうに 知ったかぶりしては言えないけど、、

なんとなく あの日の「デイドリームビリーバー」を聴きながら
清志郎さんという人や 清志郎さんの楽曲をいくつか聴いていくうちに
そのサウンドは 不思議と若き馬場さんの時代に繋がるような気がした。

勝手にこんなこと言ったら叱られそうだけど、、、。


今でも生きてらっしゃったら
どんな歌を歌っていたんだろう。


そんな事をふと思った。




。。。。。。。



こんなふうに 馬場さんのおかげとも言えるけど
イベントに参加して
いろんな楽曲や いろんなアーティストの方にお会いして
たくさんの音楽に出会える。


そして
なにか、新鮮な風が吹く。kara



その風は、、
もちろん 馬場さんを真ん中に置いた音楽だけど。



こうやって
ずっと新しい感覚を忘れないように
歳を重ねていけたらいいなと思った。





。。。。。。。。。。。。


8月1日Voiceでは 
一か月ほど取り組んでいた曲が 前日にやっと完成したと書かれていた。
作品がひとつカタチになったと。。。

いまの馬場さんの思いを
ひとつゴールさせることが出来たのかな。



歌詞には、、
架空のものや
擬人的なこともあるだろう。


だけど
あの日のVoiceの意味は


馬場さんの思い。
馬場さんの真実。

それを表現したかったのかな、、って思った。



私は どんな時も
馬場さんが好きだなあ、、って思えた作品が出来たことが嬉しい。

馬場さんは風格のある楽曲になったと。。
重要な曲になりそうな曲だと。。

そういう時は
たぶん当たってる。

「自分の手腕をこれからも信用したいと思えたこと。」

この馬場さんの言葉が とっても嬉しかった。
自分自身でそう思えたことは 素晴らしいことだと思う。


その一瞬は確かに輝いてる。
その事は間違いないと思った。





・・・・


そしてさらに、馬場さんの思いは続く。。。


人生の教訓みたいだなあと思った。


「難しい状況が訪れたときこそ、成長できるチャンスだし
 ひとつ違う景色を見るチャンスだと思います。

 人は 永遠に 物事の小さな側面しか見ることができず
 その中でしか感情や思いを持つことができない。
 でも 経験を重ね 立場を変えることで 少しずつ風景を増やすことができる。

 心に負担がかかり続ける時
 これを絶対に良い方向に集約し 幸せな出来事として結実させてやるんだと思う」

「長い坂道を みんな歩いている」

「どうせ歩くなら 楽しく歩いてほしい」

「ひとりで歩くよりは 伴走者がいたほうがいい」


       (BHC Voiceより)
                       
 

時には 苦しい。
時には つらい。

だけど その合間の時間は
楽しかったり
嬉しかったり。

できればそうしようって。
そのほうがいいって。


人生には
平坦な道ばかりじゃないから
坂道のように
しんどいことの方が多いから


できれば
楽しく
誰かと寄り添い歩いていくほうがいい。



このいまの時間は一度しかない。

そう言ってくれているのだろうか。




苦しい途上にある者たちにとっては
とっても勇気に変わる馬場さんの言葉だった。

私も もちろんだ。



それが
小さなことでも、
暮らしの中の些細な側面の出来事でも。

そこだけを見るんじゃなくて
そこまで歩いてきたこの道を
思い出そう。


馬場さんの とびっきりの笑顔があった。
私は きっと それだけでいいんだろうな。



こころのなかの交通整理は
自分でうまくやらないと
結局は誰も助けてはくれないけど


だけど、、、
この日々は 私の人生で宝物。


この思いに真っ直ぐに素直に
生きて行きたい。

こんな日々を持てた事に感謝しよう。




。。。。


あの日、
馬場さん自身も
それなりに困難な事はあると言われている。

私たちの知らないところで
心配なこと不安なこと 頭を抱えるような事は 
それなりにあったでしょう。

そんな時でも、
心を隠して笑顔で頑張っていたんだろうなあ、、って思う。
もしかしたら活動がつらい時もあったのかもしれない。


みんな同じかもしれないけど、、
立場があるし、
責任があるし、
役目があるし、

心のなかのすべては わかんないけど
きっと しんどい時もあっただろう。
だけど、歯をくいしばって頑張ってきた。


誰の人生にも
それぞれに
そういうことはあるだろうけど、、

そんななかで
楽しい事を見つけていこう。
と、 いつもそんなふうに話してくれる。



。。。。


特に馬場さんは 音楽にたずさわっているから
幸せの種をまく人。。

それは 本当に すごいこと。


馬場さんだけではないかもしれないけど
ミュージシャンの方は みなそうかもしれないけど、、


馬場さんは たくさんの人の心を
幸せにしてくれる人。

私も もちろん そのひとり。


・・・・・

馬場さんというアーティトに出逢い
この なんとも言えない懐かしさは
なんなんだろうと思う。

そう感じるなら
その思いのまま
生きていってもいいのかな、、って思う。
素直に信じてもいいのかな、、みたいな。


馬場さんが いつまでも元気で歌ってくれていたら
それが しあわせ。
それが 望み。



これからも
馬場さんの心の手引きのような優しいあったかいお話。
馬場さんが知っている音楽の話。

いろんな場所で いろんなWEBを通して
いっぱい いっぱい 聞きたいと思った。



・・・・・・・・おまけ



「あれから150年かあ」
と馬場さんは Twitterでつぶやいていた。

神戸港が開港して150年。
今から 150年前というと 江戸と明治の境目くらいの時期かな。

明治に入り この港から どれだけの西洋文化や文明が入ってきたのだろうか。

ちなみに 150年前!
馬場さんは たぶん絶対!!!
ちょんまげ 森之助 は 結っていなかっただろうな! 笑

 

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昨年の9月くらいに描いたこのカレンダーの絵は

その頃は うまくいったような気がしていたのに、、

 

今見ると なんとなく 未熟な部分にたくさん気づく。

これって 良い事なのかな。

 

 

今年の暑中お見舞いも、、、

 

       

 

シンプルなアサガオ。

 

なんとなく 去年の金魚の方が元気があって勢いがあって うまく描けてたなあと思って

描き直そうと思っていたら、、

 

馬場さんのVoiceの写真に アサガオのフォトが、、、!!

 

わ~お!

 

一気に 大好きになり 今年の暑中お見舞いは これにした。

 

はい! 単純!!!

 

・・・・・

 

 

だけど 8月に入ってから ちょっと違う感じにもチャレンジ!

 

 

        

 

 

何度も練習して 先生には この葉書を出したけど、、、

どうだったかなあ。。

 

才能あり? 才能なし? 笑

 

 

ひょうたんとカエル。

昔話の「カエルの恩返し」を 思いだす。。

 

 

 

 

 

あっという間に 今年も もう半分が過ぎて、、、

 

夏真っ盛り!

 

 

 

。。。。。。。。。。。。。。

 

 

馬場さんちのブルーベリーや いちじくの実は

日に日に 大きく成長し 色づいていっている。

 

それを見るのが 楽しみでたまらない。

 

 

 

 

 

我が家のEP5ココぺりちゃんも 知らぬ間に こんなに大きくなった!

 

 

        

 

なんと パイナップルと同じ大きさまで!

 

 

って はい! ウソをつきました~~~~~~~!!

 

 

        

 

実際は こんな感じ。

 

 

7月半ば 次男くんが沖縄旅行へ行き

スナックパインをお土産に買ってきてくれた。

 

なんとも可愛いパイナップル!!

 

思わず EP5ココぺりちゃんと ポーズ取りたくなりました~!

 

小さなコップは 長男がラスベガスへ行ったときのお土産。

お皿のように見えるのは 実は箸豆(豆皿)。

お箸は 和菓子用の楊枝。

ランチョンマット風なのは コースターでした~!

 

ああ 楽しかった。

 

 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

 

 

      

 

 

ヨーロッパの街の片隅。。

 

ロンドンか ローマか、、

 

窓際に咲く花たちをイメージしました。

 

 

 

そして こころのなかの

 

可愛い子猫ちゃんも描いてみた。

 

 

 

      

 

 

 

そして 私は 待ちに待っていた海フェスへ・・・・

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

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続いては
プチ花火大会!!

どんな花火大会になるのだろうと
皆さんで話していた。

海岸沿いに並んで 家庭でもやっているような
小さな打ち上げ花火なのかなと想像していた。


だけど、、、
この日の花火大会は

それぞれが 5本の花火を手にして
馬場さんに 一人ずつ 火をつけてもらうものだった。花火 花火 花火 花火 花火


馬場さんは 花火の煙のなかで
おひとり おひとりに 汗びっしょりになりながら
火をつけていってくれた。

きっと暑かっただろう。
たくさんの花火の火で 熱かったかもしれない。
煙を吸って ノドは大丈夫だったのだろうか。

総勢240人くらいと聞いている。


それでもその場所は 幻想的な風景が広がる。

 


ムクムクと立ち込める花火の煙のなかで 
馬場さんの姿だけがぼんやりと浮かび上がり
その姿は まるで白い王子様の妖精のようにみえるほど。。。王子



ずっとずっと笑顔を絶やすことなく
永遠と続くような花火たちに火をつけていってくれたのだ。



・・・

火を使うことでもあるので 
火事やヤケドなどしないように、、、とか
なにかの拍子にケガなどする人が出ないように、、、とか
まわりにも たくさん気を遣いながらの花火大会だったのだろう。


あれだけの人たちの花火に火をつけていく馬場さんの労力というものは
あの暑さのなか、 あの湿気のなか、 あの煙のなか、
想像を絶するものだ。んー汗


その馬場さんの姿や思いに触れて
この花火の瞬間は 

私の一生のなかで

忘れられない大切な時間となった。


。。。。



海辺を歩きながら、、、
砂浜に座って、、、 
夜空いっぱいに広がる大きな花火も素晴らしい。花火  線香花火  打ち上げ花火  花火  花火

 

 


だけど、、、
こんな小さな花火なんて 何十年ぶりだっただろう!!


実際には 私の子どもたちが小さい頃
このような手に持つ花火に 順番に火をつけてあげた想い出はある。

・・・・おんなのこ

でも 私が思い出していたのは
自分が子供の頃にやっていた線香花火の事だった。花火


まるで 子どもの頃に戻ったように
馬場さんの花火の火が 私の持っている5本の花火についた瞬間、火
馬場さんが目を見てくれて 微笑んでくれた瞬間、

 

思わず「嬉しい!」と 無邪気な思いになって はしゃいでいる私だった。



その笑顔も 花火の火も 
いまでも 切り取って 一枚の写真となって 私の大切な想い出となっている。

ありがとうを いつまでも、、、。かお ハァト



。。。。。


ここまでで

本当に 馬場さんにも スタッフの皆さんにも
至れり尽くせりのおもてなしで
こころも喜びでいっぱいになっていた。


・・・・にもかかわらず


馬場さんは プチ花火大会が終わったあと
皆さんの各お部屋へ 訪問してくださったのだ。

聞くところによると
6階から11階までのお部屋を全部という事だったので
どれだけの部屋数だったんだろう。。

きっと 50部屋くらいかな、、、もっとかな。

 

私たち迎える側は 入口近くで ほんの一分ほどの訪問だったけれど
ここでも その馬場さんの労力は計り知れない。

馬場さんは
「いつも 皆さんが僕のところに来てくれるので
今度は 僕が皆さんのところに訪ねていく」
という思いだったそうだ。

きっと 疲労困憊していたでしょうに、、、
最後の力を振り絞って 訪ねてくれたのでしょうか。。


自分たちの泊まるお部屋に馬場さんが来てくれるなんて、、、。

 

お菓子持参で 笑顔の馬場さんに逢えて。
 
お部屋のみなさんも 一気に修学旅行の嬉しい一夜のような、、、
女子高生の頃のうぶな恥じらいの心を取り戻したような、、、
貴重な想い出に残る時間となった。キラキラ


。。。。

こんなにも 充実した一日は 
いままでにあっただろうか。

もう夜も更けて 遅い時間だったけれど
楽しい一日は しあわせなこころのまま眠りについた。ねむぃ・・おねんねするー!ハート1


。。。。。太陽



そして 次の日は
早朝 6時半から 自由参加で ホテルのお庭に集合し
ミニライブと ばば散歩。


朝の5時に お部屋の皆さんのアラームが一斉に鳴り出したのには ケータイ SH902isSH903i 携帯ケータイ 電話 音量設定
笑ってしまった。

みんな 行く気満々!!元気モリモリ (Θ_Θ)  
やる気満々!!やるき  うぉーっ!  メラメラ  燃える メラメラ  炎   


そりゃそうです!!
行かないはずは ありません!




波の音を聴きながら 波
まだ 涼しい風を感じながら 風

☆「今日も君が好き」
☆「おはようございますの歌」


そしてそして
前日に聴いた「鳥羽シーサイドホテル」も 歌ってくれた。

もう一度 聴きたかったから 嬉しかった~♡ニコ


馬場さんは 決まった時間まで
みなさんの元へ近づいてきてくれて お話ししてくれた。

まんべんなく 端っこから 端っこまで、、、。
恥ずかしそうに影に隠れているような人にも、、、。

 

誰も見逃さないようにというような馬場さんの優しさも垣間見るようだった。 

 


帰りのホテルまでの道のり。
私の一歩 二歩 三歩、、、、。
馬場さんの一歩 二歩 三歩、、、、。

あの小道の小さな思い出・・・・ ありがとう!ハート




。。。。。。。。バス


ここから バスにて 伊勢神宮へと移動した。

馬場さんは ここでも一足早く着いて
またしても 私たちを お出迎えしてくれていた。


シャツを腰に巻いて リュックを背負った馬場さんが なんとも素敵だった。

以前 同じような感じで
海に向かって両手をあげている馬場さんの後ろ姿の写真が大好きだった。

 


その馬場さんの絵を描いたことも思い出した。
あのリュックと 同じだったのかな・・・

 

あ、違うか・・・にこ

 

リュックを背負った馬場さん とっても似合ってた~!!ニコ

 

 

。。。。。。 やじるし ウキウキ 矢印    矢印 歩く    ↓ 歩く    やじるし 走る

 

馬場さんは グループに分けられた私たちの足取りを探しながら
前に 後ろにと移動しながら
フレンドリーに 気さくに 皆さんと話されていた。

参拝の場所では立ち止まって
ものすごい湿気と暑さのなか
全員の方を見守るように 

またヘッズさんと気がつけば 話かけてもくれていた。


私は 伊勢神宮には あの日が初めてだった。
樹齢何百年もあるような大きな木が たくさん立っていた。木 木

そして 出会った白い一頭の馬。




神馬と呼ばれていて
神様を乗せる馬として内宮と外宮に 二頭ずついるらしい。

それぞれに名前がつけられていて
私たちが この日出会えた神馬は 外宮の「空勇号」だったようだ。



ぜんぜん動かなくて
最初は 置物かと思ったくらい。

なんだか 空勇号は 本当に神がかっているように思えて
その空間は 神聖な空気に包まれていたように感じた。


馬場さんが言うには
めったに会うことはできなくて
10回くらい参拝に訪れていても 一回も会えない方とかもいるらしい。

幸せを呼ぶ神馬だったのだろう。。


馬場さんのお陰かなと思うような 
この幸運な偶然も大切な想い出のひとつとなった。

 

 


・・・・・・・・スニーカー 足。

 

そして ここでも、、、

馬場さんは 
いつも あまりうまく話せない私のことを知ってくれているかのように
ただ黙って 横を寄り添って歩いてくれた。


私の一歩 二歩 三歩、、、、と
馬場さんの一歩 二歩 三歩、、、

「恋をするなら」の あの歌詞のように
♪~待ちきれずに

大好きなギンガムチェックのシャツの事を言うと
そんな私のつたない質問にも 笑顔で答えてくれた。。
 
その時間だけを切り取って 重ねて
明日も あさっても ずっと 続けて歩いているような永遠に続く道のように
今も こころに その数十秒の景色が こころをあたためてくれている。tea


。。。。。カレーうどん


こんなにも 
しあわせを たくさんたくさん詰め込んで
お昼ご飯の場所へと 移動した。


なんとメニューは
馬場さんが苦手とする伊勢うどんだった。

 


Twitterでも 「大丈夫かな」、、、と笑

馬場さんは 
「人生で 四回目だったけど
今日の伊勢うどんは すごく美味しかったです」
と。。。苦笑


お昼ご飯が終わったあとの最後の馬場さんの挨拶でも
Twitterからでも
馬場さん自身も とっても楽しい想い出を心に刻んでくれてのかなと
思わせてくれるものだった。汗

 



私も、、、
おかげ横丁も 楽しかった~uinnku
伊勢うどんも 美味しかった~niko


そして すべてが 楽しい想い出の旅となった。らぶ②


。。。。


ずっと支えてくださった4Sのスタッフさんや無事に安全運転してくださったバスの運転手さん。
たくさんの企画を計画し実行してくださった馬場さんサイドのスタッフさん。

そして ホテルの方や いろんな場所で
チカラを発揮してくださった方々。
お料理も美味しかった。



みなさんに 感謝の思いでいっぱいだ。


「しあわせを探す旅」

充分に そのタイトル通り たくさんのしあわせに出逢えました。ありがとう





この想い出を胸に この夏も乗り越えよう!!


そして
また 馬場さんに逢える日を 楽しみに、、、。xnekox_heart_pink2

 

 

。。。。。。。。。。

 


今現在 アルバム制作に取り組んでいる馬場さんにも 
こころのエールを 贈ろう!!


ふれ~ガンバレー!! ふれ~ガンバレー!!

ば~リーゼント ば~リーゼント たんどうだい?!!

 

押忍!まりめっこ

え?

いらね!!  ってか!笑 かお






ずっとずっと 大好きな馬場さんが 元気でいてくれますように。。

そして 秋には 素敵なアルバムに 出逢えますように。。



  

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