心の底から父を祝う。※真面目に。
テーマ:ブログ
昨日(火)、ジャイアンは出張で不在でした。
ワシはというと、
ココ最近上海に来たばかりの頃の生活からスタートしています。
要するに、ほぼ引きこもっています。
理由は1つ、、新しいゲームに夢中・・、、、またもやOBBの日々だからです。
OBB=お腹、ビチビチやねん。
日本に帰った時もそうでしたし、日本間でもそうですが、、
新しい土地に行くと必ずOBBと湿疹が出ます。
きっと、、、水かな??と思ってます。 肌も痒くて痒くてボリボリかいてます。
上海は日本のように、
「おばちゃん、トイレ貸してっ!!」というシステムがないので、
(いや、日本の田舎にもなかなかないぞ、そのシステム・・・)Oo.(´-`;)
外出時にOBBだと大変困るので、、なるべく落ち着くまでは家にいます。
姉が昔、強制的に腸に優しいドリンクを売りさばいていた事から、
腸はたくましくなったはずですが、、
未だに腸が弱いので、
夫に心配されつつ家に引きこもれる理由として
OBBを重宝しております、きもこ★です。 アニョ!(('ェ'o)┓ペコ
という事でダネ・・・、
色々書きたい事があったのだが頭の中で大体の話の流れが結びつかず、、、
仕方がないので、じゅんじゅん(父)の事でも書こうかなと。。。
知らない方の為に簡単に説明するとですね、、
じゅんじゅん = ワシの戸籍謄本の父親の欄にいる方。
度が過ぎた女遊びにより、熟年離婚される。
ワシの男友達には、
「じゅんじゅんの様な生き方をしたい!」と複雑に尊敬されているが、
ワシの女友達には、
「じゅんじゅん、、また何かやらかしたんねっ?」と、酒のつまみにされる、
高田純次と石田純一を足して28倍にした人物。
↑ これだけの説明だと、
ちょっとふざけた人物だと印象付けてしまいますが、、
本当にふざけてる人なので大丈夫です。
でも、1つだけ父について言える自慢ポイントは、、
彼以上に仕事に対して真剣で熱心で、、できる男を見た事がない! です。
ジャイアンの事も尊敬してますが、仕事の面では父以上に素晴らしい!と、
尊敬できる人に出会ってませんし、知りません。
・・・・嘘です、松下幸之助の方が凄いと思います。※松下電器 創業者
まぁ、、そんな父が先日還暦を迎えました。
60歳にもなると、、やはり少しは丸くなるようで、、
父は最近孫に対して、やっと自分の事を「じぃじ
」と言える様になりました。
昔は自分が「じぃじ
」だと認めたくなかったようで、
初孫誕生から自分を「じぃじ
」と呼べるまで9年かかりました。
こういう面では成長が遅いようです。
我が家は、、子どもにとってはただでさえ複雑なので、
甥っ子達が父ちゃんに、「じーちゃんっ
」と言ったり、
じゅんじゅん(父)が甥っ子達に対して、
「じぃじの所においで~
」と言ってるのを聞くと、、なんだか涙が出そうでした。
クララが立った時より、感動しました。
でも、普通に「おじいちゃん」でいいのに。。
誰がつけたわけでも決めた訳でもない、
「じぃじ
」と自分を甘やかしてるところには少しの怒りを感じます。
「おじいちゃん」 もしくは 「じーちゃんっ!」でいいじゃんかっ
ブログでいつもふざけて父の事を書くので、(だっていつも父がふざけてるから。)
本当に仲の良い親子だと言われますが、
もちろん表面で言える事と、、
昼ドラでも表現できないほどの複雑な思いがあります。
父が離婚してから、今のような関係になるまで時間はかかりました。
子どもとして父への不満や、
裏切られた感情は今でも消えないし、消せないと思います。
でも、、それはきっと父も同じで、
父として子どもに抱いてた希望、、
そして不満、、裏切られた感情もあるのですから。
父ちゃん、、あの時・・・、
財布から1万円抜いたのは ワシだっ
スマンっ
(´σ¨_、`)
まぁ、、そんな事はさて置き・・
今のような関係になれたきっかけで大きいのは、
ワシの場合は、やはり結婚式ですね。
1度目も、2度目も・・・、、、結婚式に父を呼ぶ事を少し迷いました。
色々あったので、父方の親族はほぼ欠席だったのですが、、
まぁ呼ぶ事さえ出来ず。。
そして父を呼ぶ事で、
落ち着いている母の感情に嵐を起こしてしまわないか、、
周りに気を使わせないか・・・本当に色々考えました。
そうとも知らず、父は浮かれポンチョで来ました。
いや、1度目はそれなりに しおらしく来たのですが、
2度目の式は本当に浮かれポンチョマンでした。
まぁ、父も父なりに考え、、
きっと白い目で見られる事も覚悟のうえ、、出席したのだと思います。
娘の為に。
だけど、キャラがキャラなので白い目で見られるというよりは、
好奇心の目で見られ、、若干の人気票も獲得してました。
父への感情をうまく整理できないままだし、言葉に出来ないけど、、
いろんな事が整理できないままだったワシでしたが、
式に父を呼んでよかったと思えた瞬間が、やはりバージンロードでした。
扉が開く瞬間まで横で踊ってたり、
変なステップを踏んで係員の方にどん引きされてた父が、
扉が開いた瞬間、
背筋を伸ばし腕に力を入れ、、グイっと私を引っ張ったんです。
たったそれだけで、今までの感情が吹き飛びました。
コレが私の父親だと、、
この人が私の人生を導いてきてたんだと、、胸を張って歩けました。
父ちゃん、60年間
無事に元気でいてくれて、
ありがとう
そして、、戸籍上は複雑だけど・・・、
あなたが父親である事を誇りに思います
(o^―^o)
父ちゃん・・、今ね・・・
上海にいるから、還暦のお祝いはできないから、
誇りに思うって事で±0にしてくれっ
すまんっ
(´σ¨_、`)
まぁ本当に色々ありましたが、最近では本当に 新しい形で親子やってます
ワシが上海に帰る前の日も、
宮崎市内まで出てきてくれ、、大いに盛り上がりました
末娘の心優しき娘(ワシ)が海外で暮らす事、、少しは心配してるようです。
上海に帰る朝、、仕事の為見送りには来れないと、、
先に帰る父がワシの顔を見つめ言いました。
「 ・・・・オマエ、昨日化粧したまま寝たんか
」
相当ひどかったのでしょうね、ワシの顔 (-"-怒) 怪訝な顔してたもん。
あの人 そういうとこに口出しするよねーー
その言葉を最後に父は帰って行きました。。。
ム カ つ く っ ( ̄´д` ̄) 

ワシだって日本滞在の最後の夜に、
隣に寝てるのがオッサンで
しかも父親って事に不満だったんだかんねっ
まぁ何にせよ・・・、、還暦おめでとう
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と自分に疑問を抱くんですよ。



島に行く




もなく、、







」


























わぉ!みたいなね。。




