April 17, 2011 04:24:37

観光地でもデートスポットでもねぇってんだよ

テーマ:3・11

ついこないだまで限定だったけど、通常どおりまたはそれに近いメニューで食事を提供してくれるお店が増えてきました。

24時間営業しているコンビニも増えてきてます。

「売り切れ」の表示だらけだった自動販売機も最近では品物の補填も充実してて。

液状化現象の被害に遭ったディズニーランドが再開したことはイイコトだと思うけどそれ以上に、

八木山ベニーランドが再開したことや、八木山動物公園の再開が発表されたことは立派だと思う。

インフラもね、電車もバスも新幹線もだいぶ運行されてきてるし、これから再開する路線もあるしね、

仙台港の物流機能が回復したことも、仙台空港の旅客機運航再開したことも、嬉しく思う。

ライフラインはね、ガス・水道もかなり復旧してるし、震災後は「壊滅」と表現されていたあの町にも電気が通ったしね。

電気が通った、ガスが使えるようになった、水道が出るようになった、

そんな当たり前のことかもしれないけれど、人は歓喜し拍手が湧き起こり涙するんだよ。

もちろんまだまだ困窮な生活を強いられている人たちも大勢いるということを忘れちゃいけない。






そしてそして、今日も僕はイラっとしてる。

イライラは伝染するってわかっていても、それを優しく声かけられても。






被災地に車の列 目立つ渋滞 見物人立ち入りか


宮城県沿岸部の被災地に向かう幹線道路で渋滞が目立ってきた。

ガソリン供給や道路事情が改善され、通勤通学や自宅確認に車を使う被災者が増加。

被災地の見物が目的とみられる一部の車も混雑に拍車を掛けている。

東日本高速道路によると、三陸自動車道利府塩釜―利府中インターチェンジ(IC)間の交通量は週末だった2、3の両日、前年同期比で2~3割増え、6日は5割増の約2万1200台が通行した。

仙台東部道路の山元―亘理IC間も3割ほど交通量が増えている。

三陸道の鳴瀬奥松島IC付近は朝夕を中心に激しい渋滞が発生。

県警交通規制課によると、亘理町の国道6号や東松島市の国道45号、石巻市蛇田の県道でも渋滞が起きている。

同課は「公共交通機関が完全に機能していないことに加え、ガソリンが比較的入手しやすくなり、移動手段に車を使う人が増えた」とみる。

県警は渋滞が捜索、復旧活動の妨げにもなりかねないと判断。

県トラック協会や県レンタカー協会など関係9団体にチラシ1200枚を配り、交通量の抑制に協力を求めている。


◎警察検問「復興の妨げ自粛を」

東日本大震災の被災地に「見物人」とみられる人と車が入り込み、緊急車両の通行や行方不明者の捜索活動に支障が出ている。

マナー違反の行為も目立ち、自治体や警察は良識ある行動を求めている。

津波で沿岸部が壊滅的被害を受けた宮城県亘理町。

町災害対策本部の関係者は「3月末から町民以外と思われる人が増えている」と明かす。

路上駐車して壊れた堤防などの風景や捜索、がれき撤去活動の様子を撮影する姿が目立つという。

車の擦れ違いの妨げになり、町は6日に一部地区で通行制限を開始した。

自宅に向かう町民には通行許可証を発行している。

町は「通行制限の人員を配置する余裕は本来ない。興味本位で見に来るのは遠慮してほしい」と話す。

津波被害が甚大な仙台市若林区荒浜に続く県道でも警察の検問が始まった。

県道はがれきの撤去作業が進んで海岸線まで開通し、一般車が増加した。

住民の車、緊急車両以外で進入する人は身分証の提示を求められることがある。

「見物人」の中にはごみを捨てて帰ったり、遺体の写真を撮ろうとしたりする人も。

県警は「被災地では今もライフラインの復旧作業や捜索活動、救援物資の搬入が続いている。一刻も早い復興のため、不要不急の車の乗り入れは自粛してほしい」と呼び掛けている。

河北新報 4月8日(金)



地震が起きて、津波が襲ってきて、数日の自宅待機があって、

小心者なりの“Pleasure”-3/18 小心者なりの“Pleasure”-3/18

髭が伸びてました。←どうでもいい



前の記事でも書いたけど、この1ヶ月の間に被災したいくつかの土地へ行きました。

救援物資を届けたり炊き出しをしたりではなく、仕事でね。

亘理町、山元町、名取市、仙台市若林区、仙台市宮城野区、多賀城市、塩竈市、七ヶ浜町、松島町、東松島市、石巻市、南三陸町、気仙沼市。

いくつかの避難所にも行きました。

移動する際は主に仙台東部道路や三陸道を利用したり、国道45号線や6号線を利用して。



それで、なんですが、

上記の引用した新聞記事にもあるとおり、見物人が多い。

訪れた土地でも、その土地へ向かう途中の道でも。

車を止めてニヤついた面さらして写メ撮ったりビデオ撮影している人。

有料道路から見える未だ手つかずの様変わりした光景を指差し拍手している走行中の車内の様子。

特に土日になるとホントに多く目につく。



僕の場合、
イラついてしまうんだよねこーゆーの見ちゃうと。

観光地でもデートスポットでもねぇってんだよって。




何が楽しいのか理解に欠けるんで、こっち来るならどっか行ってくれ。

つーか来ないでくれ。

現状を興味だけで見たいんならオウチでYouTubeでも漁っててくれ。

そこの土地に暮らす人たちがそういった行為を目にしてどう感じているのかを理解も想像もできないやつがヘラヘラ笑って土足で入ってくんじゃねえよ。



震災後から「警視庁」と書かれたパトカーをよく見るようになった。

もちろん警察車輌だけではなく、復旧・復興のためのたくさんの県外ナンバーの車輌を毎日よく見ます。



被災地パトロールで警察官1060人を増派


警察庁は14日、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島3県の避難所や遺体安置所などのパトロール強化のため、18日から約1060人の警察官を全国の警察から新たに派遣すると発表した。

既に行方不明者の捜索や遺体の身元確認などにあたっている警察官と合わせ、他県警などからの応援人員は計4500人になる。

今回派遣される警察官は、交番・駐在所の損壊やパトカーの流失が多かった沿岸部を中心にパトロールを支援するほか、避難所などを定期的に巡回し被災者の相談も受ける女性警察官らも増員した。

被災地周辺では「避難所で窃盗が多発」といったデマが流れていることから、警察庁では、警察官の定期的な巡回で被災者の安心確保につなげる考えだ。


読売新聞 4月14日(木)



記事に『被災地などで飛び交うデマの事例』ということでいくつか記載されてますが、

どれもこれも全部がデマだったら、もうちょっとは気が楽になるかもしれない。

報道されていない事実がある。

人間が取る行動とはとても思えない事実。故にここで発表するつもりはさらさらないです。

観光気分で訪れる者の模倣となったら意味ないし。

って言うとまーた「どんな事実があるんですか?」なんてプチメが来るんだろうな。









仙台でも桜が咲いたね。

開花したっていうから先週榴ヶ岡に見に行ったけど、もう満開なんだってね。

この震災についてのブログはあんまり書きたくないよね。

暗くするつもりもないけれどボヤっとしちゃうね。

買い物したり食事したり、それだけで幸せだよね、まったくね。






再開した空港で、そのうちまたこんな写真が撮りたいなーって。

小心者なりの“Pleasure”-2/4仙台空港にて






こんな時間だ!今日も仕事だ!おやすみなさい。



$小心者なりの“Pleasure”-むすび丸










僕に出来ることは何だろう、と考えながら眠りについては津波から逃げる夢を見る










個人的にものすごく応援してます。

災害復興支援団体 『仙台・○○○隊』 の皆様。





April 09, 2011 01:27:25

4月7日23:33 M7.4の余震

テーマ:3・11

あんまり悲観的なことは書きたくないけどね。

被災地に住む者としての使命感に燃えているわけでもないんだけど。

YOUTUBEしかり、検索ワードしかりで、興味本位で覗かれるのはポポポポ~ン♪以上にイラっとしたりするし。

だから写真とか載せる気はさらさらないし、そもそも個人用に撮影してないし。

ブログなんてものは個人の自由なんだし、その人が体験したことを自分の言葉で表現しているのにソコを攻撃するのは気に喰わないし。

普通の生活を送れる環境にあるのなら、そういった人から普通の生活を送れればいいと思います。

「被災地の人のことを想うと、レストランで食事をするのは気が引けるけど」なんて言っといてしっかり美味いもん食って「あー美味しかった楽しかった♪」なんて、そんな善人ぶった前置きなんて要らないだろう、と。

素敵な料理を食べられるなら食べてください。楽しいお酒が飲めるなら飲んでください。

キレイゴトは言わずに普通の生活を送ってください。

「普通」ってことがどれだけ大きな意味で重要なのか、多くの人は理解してますから。



何が言いたいのかは、もう少ししたら別で記事を公開するかもしれないししないかもしれないけど。






あれから度々起こる余震にもいつしか体が慣れてきて、

少しくらいの余震にはまったくビビリもせず過ごしてきたこの約1ヶ月。

「3日以内に震度5以上の余震が起こる可能性10%」って言うけど、震災前と比較すると50倍の確率なんだって。

なんて会話を仕事の合間にしていたこの日の日中。



あれからの僕はというと、

電気もガスも水道も整った自宅で過ごす事が出来ている。

毎日食事も摂れてるし、幸い仕事もしてる。

比較するわけではないけれど、恵まれた環境で過ごせていると思ってる。



6日間の自宅待機を経て、18日から仕事をしている。

お客様の安否確認や建物の被災状況の確認で、スーツを着る業務はさっぱりしてません。

津波に家を流されてしまったお客様。

一階の天井まで水に浸かったお客様。

津波の被害は免れても、生活するのに支障のあるお客様。

未だ連絡の取れないお客様。

着工前や着工中の物件は建材等が入らない為に再開の目処が立たず。

中には引き渡しを翌週に控えていたのに止まったままのお客様も。

住宅関係の仕事ゆえにあちこちの土地へ伺いました。

名取市や仙台市若林区および宮城野区、多賀城市のお客様宅へ伺った。

石巻市、南三陸町、気仙沼市のお客様宅へも伺った。

亘理町、山元町、松島町、塩竈市、新聞等で報道されている場所にも報道されていない土地にも。



話を戻します。

7日23:33に起こったM7.4の強い余震は、正直焦った。

慣れていた余震とはまったくの別物だったから。

揺れがおさまった時には辺りは停電。携帯もつながらない。

3月11日よりも部屋の中は散乱してた。

外に出ると、普段の時間帯とはまったく違う台数の車が走行していた。

時間が経ち、津波の被害がなかったことにとても安心した。ほんとよかった。

夜が明け4月8日。

仙台市中心部は前日と変わらない光景に思えたけど、郊外では余震の爪あとが。

信号が消えている為に渋滞が発生していたな。

建物や道路の損傷もさらに悪化してた。

ピーク時ほどではないけど、ガソリンスタンドにも行列ができてたり。

コンビニや飲食店とか、再開するお店が日々増えてきてたのにまた閉まっていたり。



約1ヶ月の時間を経て、多くの人々の力と気持ちのおかげで、徐々にではあるけれども、それまでの当たり前で普通の生活を少しずつ少しずつ始められるようになってきてたんだ。

被災地の人だってね、顔を上げ前を向くようになってきてたし、宮城・東北・日本・世界を問わず、たくさんの人が目を向け物資や義援金を送ってくれてて、復興に向かっての復旧に取りかかってて、人間ってやっぱすげーな!ってぶるぶるしてたんだ。

それを欺くような、追い討ちをかけるようなあの余震。

なんだってんだまったくもう。






昨夜はあんまり眠れた気がしないのでそろそろ。

勝手ですみません。言葉足らずで申し訳なく思います。

今のところですね、

仮)「Fukushima 50」を知っていますか?
仮)ソニー会長が日本人の「不屈の精神」称賛/日本人の秩序に感動した中国人
仮)観光地でもデートスポットでもねぇってんだよ

(このタイトルだけでピンときたあなたは素晴らしい)

なんて記事を公開しようかどうしようか迷ってます。

(正しくは「こういう記事で言いたい事を補足しようか」っていう言い訳だな。うん)



ここ数日、暖かい日が続いてましたが、4月9日の仙台は最高気温が12℃で雨の一日になりそうな予報が出ています。

また、震度5以上の余震の確率は3日間で10%と変わっていません。

状況によってはなかなか気が休まることがない人もたくさんいらっしゃると思いますが、

気をしっかり持って、体調管理はくれぐれも気をつけて、また今日も一日精いっぱいやり遂げましょう。

でも無理しちゃダメだよ。



今夜は悪い夢を見ないといいね。






長文にお付き合いくださいましてありがとうございます。





March 20, 2011 04:17:19

県道塩釜亘理線 名取市閖上~若林区荒浜~宮城野区岡田

テーマ:3・11

募金や義援金という形で支援して下さっている皆様、ありがとうございます。

物資を寄付していただいたり、持ち込んだり運んで下さっている皆様、ありがとうございます。

救援・復旧の為に身を投じて日夜作業をして下さっている皆様、ありがとうございます。

個々のベクトルが同じ方向を向いた時、人はとてつもない大きな力を生み出し、

想いが届き、その想いが受け取る側に感謝の心を生む、

このことを強く実感しております。






スポーツやライブとか、何でもそうだと思いますが、

テレビで観戦するよりも生で観る方がその印象や迫力やインパクトは強く受けますよね。

でも一週間とか10日とか経つと、

日々の報道にも慣れてきてしまうのかな。

そうやって年月が経てば、

記憶も薄れ、恐怖心や警戒心も薄れていって、

いつか忘れてしまうことになるのかな。



でも、

僕は今日見た景色を決して忘れることはないだろう。

いや、

きっと忘れない。忘れてはいけない。



3月19日(土)

これまでテレビ画面を通してしか見たことがなかったこの被災地の現実をこの目で見ることになった。



結論から言うと、

というか言い訳なんだけど、

無情なる現実をまざまざと突きつけられ、

僕も同乗者も言葉にならなかった。

見たことを言葉や文字でじゅうぶんに伝えること表現することは、

僕なんかにはとてもできない。

かといって、写真に収めたわけでもない。

それは出来なかったという言い方が正しいかもしれない。

もう、いたたまれなくなった。

その光景を目に焼きつけることが精いっぱいだった。

言葉が出なかった。






名取市増田から県道125号線を東へ走る。

道路の左右を見渡せば、津波によって流されてきた物が散乱しており、

津波がそこまで押し寄せたことが容易に推測できる。

仙台東部道路をくぐって名取インターチェンジ前を通過すると、

そこから景色は一変する。



道路を覆いつくしていただろうと思われる大量の泥。

1階部分が破壊されてしまった家屋。

数えきれないひしゃげた自動車。

まるでもともとそこにあったかのように見えてしまう船舶。

そして家屋のものであろう山積みの木片と瓦礫。



テレビで見ていた予備知識などまったく通用しませんでした。



閖上の五差路の交差点を左折し、県道塩釜亘理線を北上、名取川に架かる閖上大橋を渡る。

その橋上から見える景色が、見慣れた景色と違うことに無意識に気がつく。



海が見える。はっきりと。

防砂林の役目を担っていた松林がまばらにしかないからだ。

この塩釜亘理線の両脇に、無数の松の木が延々と横たわっている。

なんとか建っている建物に何本もの松の木が留まっている。

電柱なども一本も残っていない。

そして未だに水は引いておらず、まるで水を入れた田んぼが広がっているよう。

道路との高低差から、地盤沈下した様子がうかがえた。



その息をのむ光景は、若林区荒浜に差しかかってもなお続く。

ここは震災直後から、正に悲惨といえる地域のひとつだ。

深沼海水浴場へと向かう、見慣れた荒浜交差点。

夏になれば、この交差点の角にあるガソリンスタンドやコンビニが海水浴客であふれるこの交差点。

その面影などまったくない。



さらに北へ走り続け、宮城野区岡田。

ここも無残な有様だった。

泥は道路上にまだ残っている程で、もちろん瓦礫や流された自動車も多い。

僕自身、避難所となっている岡田小学校に行っていたが、

そこよりも過酷な状況だった。

岡田小学校がここと同じ被害を受けていたらと考えると、ゾッとする。



七北田川に架かる高砂橋を渡る。

右側を見渡せば、中野小学校のある蒲生地区が見える。

高砂市民センターで過ごしている時に、

屋上からヘリで救出された中野小の学生が非難してきて、

鮮明に甦る恐怖を抑えながら当時の様子を話してくれたことを思い出した。



ここまでの途中で、あちこちに自衛隊や消防の人たちが多数いらっしゃった。

消防の方たちの出で立ちから、捜索作業であることを察した。






一人だったら、この悪夢のような現実に起きている光景を、

まともに見ることができなかったかもしれない。

その土地に生活していた人のこと、

流されてしまった家屋や、大量の木片や瓦礫のその家に住んでいた家族のこと、

今も避難所で過ごしている人たちのこと、

悲しくも犠牲になってしまった方々のこと、

目に入ってくるその様子からいろいろな立場の人を想い、涙があふれそうになったけど、

泣かなかったのは一人じゃなかったからかもしれない。

目をそらしちゃいけないから。

ここまで目にした地域よりも、もっと大きな被害に遭った町があるという現実も。






長くなりましたが、ここからは一部余談を含めます。



キリンビールの工場が見えてきたところでは、

ビールサーバーのタンクや缶ジュース等が、

押し寄せた泥と共に無数に道路に散らばっていた。

その交差点を左折し、産業道路方面へ。

向かった先は、宮城野区出花。

歩道や車道脇の縁石を見れば、水が流れてきた様子が伺えるが、

それまでと比べると量はそれほどでもない。

だが、出花に近づくにつれ、水の量は増えているのがわかった。

おそらく、普通車の屋根の高さまで水があったと思われる。

多賀城市や中野栄にまで津波が押し寄せたという事実を実感した。



また、

津波で流されてきたと思われる車を含め、放置してある車の給油口が開いている。何台も。

未だ停電が続く津波の被害に遭った地域の治安はけっして良いとは言えない。

海外メディアは、

「信号機が機能していなくても、誰も罵声などあげることなく、交通ルールが守られている」

「災害が起こると暴動が起こり、店舗はどこも荒らされてしまうが、

 日本ではこういった暴動は起こらず、開店時間を待つ人が列を作り並んでいる」

「日本は秩序を重んじる国であり人である。こうした国民性である限り、日本は沈没しない」

と、この国と人を讃えエールを送り報道しているが、

コンビニや店舗のガラスが割られ、物品や金銭が盗られてしまったり、

ガソリンスタンドに並ぶ車の列の中でケンカが起きたり、

他人の車からガソリンを抜き取ったりしている人間がいることは悲しい現実。



仙台市青葉区中心部のアーケードでも。

藤崎の近くの時計塔って言ったらいいのかな、

それが地震の影響で折れてしまっているが、

それを笑いながら写真に撮って、

「ウケる~♪次はどんな被害の写真撮ろっか♪」

と、笑って街を歩く人間がいるのも事実。

他にも、倒れた塀や崩れ落ちた天井をニヤつきながら写メってる人もいるけどさ。



震災後、数日間連絡が取れなかった南三陸町。

町役場の屋上で幾度となく襲いかかる津波に絶え、必死にアンテナにしがみつき生還した町長。

同じく屋上には20名の職員の方が非難していた。

津波がおさまり町長が周囲を見回した時には、半数以上がいなくなっていたそうだ。

それでも町長が耐えぬくことができたのは、

やはりその町を預かっているものとしての使命感ではないでしょうか。

そして、その町役場の中では、

大津波警報が発令されたことと、津波の接近と安全な場所へ非難する旨をすべての町民に伝えるべく、

町じゅうにアナウンスし続けていた女性職員がいたそうです。

目の前に迫ってくる津波の恐怖に耐えながらも自分を奮い立たせ必死にアナウンスし続けたのは、

町民みんなの命を守らなければならないという使命感なのではないでしょうか。

彼女の強固たる使命感と儚くも尊い命は、多くの町の人の命を救いました。



もちろん、別の町でもたくさんの命が救われました。

そして、たくさんの命が失われました。

今もなお、辛い気持ちを必死に抑え懸命に懸命にたたかっている人が大勢いらっしゃいます。

支援してくれる人が日本中に、世界中にたくさんいらっしゃいます。

命の重さ、命の儚さ、命の尊さをわからず、

非難し、からかい、笑っている哀れな人もいるけど、

そんなのは放っておけばよろしい。






すっかり長文になってしまい、申し訳ありません。

言いたいこと伝えたいことがよくわからん文章ですよねきっと。



明日は夕方から雨の予報が出ています。

25日に復旧の見通しだった水道が、先ほど使えるようになりました。

でも下水処理のキャパの問題があるので、考えながら使うことを心がけます。

復興の話をされてもまだそこまで先が見えません。

現状の復旧がまず先です。

今日一日を精いっぱい、悔いのないように、やり遂げましょう。

おやすみなさい。








知らず知らず 遠くまで

来てしまったよ 旅立った日から

めぐり逢えた 数知れぬ人々の顔

消えない景色


何ひとつ欠けても 駄目なんだよ


今きみと ともにいる この場所が好き

生きてれば 会えるだろう いつかまたここで

いつかまたここで


今日一日を精いっぱい やり遂げるなら

悔いはないだろう

今日の自分を 思い出す時

きれいな涙 流せるように


うまくいかなくても やめない


今きみと ともにいる この場所が好き

思いきり 抱きあいたい いつかまたここで


太陽の下でも 凍える雨でも 強くかたくなった絆

愛すべきは仲間 たとえ去っていっても(忘れない)


情熱を なくさずに 歩き続けて

傷ついて つかれ果て 愛を知らされて(たどり着いた)

今きみと ともにいる この場所が好き

生きてれば 会えるだろう いつかまたここで

いつかまたここで






March 17, 2011 20:23:15

地震が起きました 経過報告⑤ ~7日目~

テーマ:3・11

3月17日、早一週間が経ちました。

昨日に続き、今日も午前中は雪が降り、ところによっては吹雪いていました。

この追い討ちをかけるような天候と寒さは、予報では明日も続くとの事です。

そして体感できる余震が多い気がします。



ブログを書くにも、何を発信すればいいのか正直悩む。



僕の現状は、

自宅アパートで過ごせている、

水道が断水しているが電気とガスは使用可能、

テレビ、ラジオ、ネットから情報が得られる上、携帯も充電できる、

車があり、ガソリンが半分くらい有る、

灯油がポリ缶ひとつ分くらい有る、

エアコンやファンヒーターで暖がとれている、

飲料水や食料(9割お菓子)が数日分は有る、

給水所も徒歩圏内に有る、

仕事は期間未定で自宅待機(営業所内の緊急車両に指定)、

お金はATMで引き出して所持してある、

といったところです。

このような事態の中、比較するものではありませんが、

じゅうぶん恵まれた環境に身を置いていると思っています。

(洗濯できないとか風呂に入れないとか言ってる人いるけどそんなもんはへのカッパ!)



その上で。



過酷な状況なのは、避難所で過ごされている多くの方がいらっしゃいます。

その中には、家を流され帰る場所を失った方、家族の無事を確認できないでいる方が大勢います。

避難所によってバラつきがあるようですが、どの避難所でも食料、飲料、防寒具等の物資が足りません。

全国的に足りてない状況ですが、避難所では特に足りてません。

物資は仙台に届いていますが、それを避難所に送り届ける燃料が足りません。

指定避難所ではない場所で過ごしている方も大勢いらっしゃるんです。(なるべく近くの避難所を知らせてあげてください)



ご自身も被災している立場でありながら、

仕事や善意で生活物資を供給してくださる方、

ライフラインの確保・復旧作業に携わっている方、

災害復旧の為に身を呈している方がたくさんいらっしゃいます。

国内外からも、先日大地震の被害に遭ったクライストチャーチからも救援に来られています。

僕もスーパーやコンビニやガソリンスタンドを何度か利用させていただきましたが、

この状況で営業してくださっている皆様に、ただただ感謝です。



東電の原発の影響で見知らぬ遠い土地へ避難している方や、屋内退避を命じられ実質孤立してしまった方もたくさんいらっしゃいます。

そして、どんなに世論に叩かれようとも、これ以上その被害を拡大させまいという使命感で正に命がけで原発に残り戦っている方も大勢いらっしゃるんです。
東京電力女子社員が実名で国民にコメント(mixiより引用)



上記以外にも、

医療の現場で奮闘している方々、

被災地へ救援の為に入られた自衛隊や救援隊やボランティアの方々、

物資を送っていただいた方々、それらを輸送していただいた方々、

救援や復旧の対策を検討・実行している役人さん、

節電(ヤシマ作戦)や買い占め(ウエシマ作戦)にご協力くださっている方々、

ブログを通じて応援してくださっている方々、

メールや電話で安否を気遣ってくれた方々、

多くの方々に支えられ、紹介しきれませんが、

みなさま本当にありがとうございます。



※紹介しきれていないし現状をお伝えしきれない記事ばっかりですみません





March 15, 2011 20:15:51

地震が起きました 経過報告④ ~5日目~

テーマ:3・11

コメントやメッセージ、ありがとうございます。

個別にお返事できず申し訳ない。

しっかり読ませていただいています。

ムダだとか、迷惑だとか、そんなことはありませんよ。

お心遣いにただただ感謝しております。



間が空いてしまいましたが、3日目・4日目も無事に過ごしておりました。

耳に入るもの、目に飛び込んでくるもの、

様々かつ多数の情報に、都度改めて驚くばかりです。

身近な人たちの無事を確認し、ほっとしております。



昨日3月14日の4日目は、3月11日以来に出社し、

会社が東京や仙台へ来る途中でかき集めた支援物資を頂く事が出来ました。

日本中で物資もガソリンも電気も何もかもが不足している中で、

こういった物資の支給は物を問わず、非常にありがたいんです。

会社のすぐ近くのガソリンスタンドが開店したことをすぐ確認できたため、

2時間程度並んだだけで車に給油できましたし、

灯油も確保して足りてない人へわけることもできました。



史上最大の地震が起きました。

未曾有という言葉が適当で、壊滅という言葉は文字通り。

この地震関連のブログの、いちばん初めでも言ったけど、

みんなが被災者なんだ。

史上初のトラブルや混乱が起きて当然の事態でしょう。

テレビの報道で、声を大にして終始、批判しているコメンテーターがいらっしゃった。

学者でも評論家でもない僕には何が正しくて間違っているのかはわからないけど、

確かに説明不足だったり後手後手だったり、それは事実としてあるけれども、

「自身の目で現場を見たことない奴がキレイゴトぬかすな」

という腹立たしい印象だった。

被災した人や土地、そこへ救援に来られる方々、行政や各機関も皆すべてが手探りなんです。

批判するのはこういった状況じゃなくても簡単なこと。

けなすことでこの状況の何が改善されるのか?そんなの無意味じゃん。

そんな正義感かざすヒマがあるなら今起こっていることについて何か改善策を考えることの方が有益じゃないのか。

ミスや至らないことについては、今じゃなく別のところで議論しろよ。って。



こういった災害や紛争が起こった場合、諸外国では暴動が起こる映像をよく見るけど、

コンビニやスーパーが荒らされていない景色を見て、

「日本でよかった」

なんて安堵してたんだけど。

今朝の河北新報の朝刊を読んでがっかりした。

河北新報社ホームページ⇒http://www.kahoku.co.jp/

停電便乗盗み相次ぐ 被害40件県警、警戒強める 宮城

どこにでも火事場泥棒っているんだな。やっぱり。

津波に車が流され、借りた車もガソリンがあまり入っていなかった為に車を置いておいた。

夜が明けて車に行ってみると、そのわずかなガソリンが抜き取られていた。

そんな話も聞きました。

お店を荒らして現金や商品を奪う奴。

停まっている車を見ては車上荒らしする奴。

そんな奴らこそ津波にのまれればよかったのにな。



こんな事態にいつもどおりブログで毒を吐いてる僕もどうかと思うけど。



そんな3月15日、5日目。

余震がいつもより少ないかも。

暖かかった4日目とはうって変わって、寒い一日となりました。

地域によっては氷点下まで冷え込むそうです。

僕は久しぶりにアパートで過ごしています。

水道はまだ使えないけど、電気が復旧していて、ガスはプロパンだから使えるし。

避難所で過ごす人々を思うと、贅沢な環境にとても申し訳なく思うけど。



長文の上、締まらないけど、

今日はこのへんで。



普段どおりの生活が送れていない、

それだけで被災者と言えるのではないだろうか。





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