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2011年04月19日(火)

22.東天紅サンマのルール

テーマ:麻雀回顧録

ここでサンマの中でも『東天紅』と呼ばれるルールについて紹介したいと思います。


※東天紅にも様々なローカルルールが存在しますので、当時の最高位戦(新津さん)周辺で採用されていたルールについて説明します。

天鳳サンマ のルールを知っていることを前提として、それと異なる部分について説明します。

(参考:東天紅のルールとその魅力東天紅 (麻雀) - Wikipedia



【基本ルール】

・マンズの2~4、6~8を除外する。

・1萬、5萬、9萬、北をガリ(抜きドラ)として使用する。

・抜きドラによる嶺上開花や一発消しはできない。

・嶺上牌は16枚(ヨンマは4枚、天鳳サンマは8枚)なので、ドラ表字は割れ目から9トン目。

・王牌はドラ表字牌の隣まで取りきる。

・ノーテン罰符は場に20点。

基本的な役は同じだが、符計算なしで1翻を1点として計算する。(役満は50点+ガリ)

ロンは1人から、ツモは2人からの収入。(ツモると点数が2倍)

常に東場で、前局の和了者が次局の親番。(一局精算)

・ピンズ、ソーズの5は常にドラ。(赤ドラは2点)

・流し満貫、オープンリーチへの(リーチ後のツモ切り以外での)放銃は役満。

・役満で必要な場合のみガリの手牌への使用可。(抜きドラのチャンカンも可)



【特殊役】(和了役ではない)

・メンゼン(面前で和了したら1点)

・親(2点)

・バンバン(いわゆる場ゾロで2×2=4点)

・積み棒(1本場につき2点)

・暗槓(2点)

・ガリ(抜きドラは1枚につき1点)

・カラス(ガリなしの和了は面前で20点、鳴くと10点)

・セット(同一のガリを4枚とも抜くと倍の8点)



【その他】

・100点棒を1点として使用する。(点棒2万5千点分なら250点)

・点数計算は指折り数えられないので、牌を使用して積み木のように並べて計算する。

・一局精算で半荘などの区切りがない為、基本的には「○時まで」というように時間で区切る。

・一晩打つと、大体300~500点くらいは動く。



【和了例】

(親、0本場、リーチ)

 ロン ドラ ガリ

・リーチ

・タンヤオ

・ピンフ

・ドラ4

・メンゼン(1点)

・親(2点)

・バンバン(4点)

・ガリ3

計:17点


(子、1本場)

ポンポン ツモ ドラ ガリ(なし)

・役牌

・ホンイツ

・ドラ2

・バンバン(4点)

・積み棒(1本場で2点)

・カラス(鳴いてるので10点)

計:21点オール(42点)



【特徴】

・(打てるメンツ同士なら)8巡以内には大体決着がつく。

・振り込んでもツモられても払う点数は同じ。(オリが有効な局面がほとんどない)

・和了役では打点に差がつかない。(ツモ、ガリ、役満くらい)

・駆け引き要素がほとんど存在せず、戦略としては和了率を高めるしかない。

・(副露を含めた)牌理とこのルールへの習熟度合いで実力に極端な差が出る。

2011年04月14日(木)

21.ニーツ組入会!?

テーマ:麻雀回顧録

發王戦の翌週、リーグ戦の対局を終えて帰り支度をしていたところ、同じC2の山崎(かな女)さんと高浜さんに飲みに誘われました。


それまでの僕はほとんど日帰りしていたので飲み会とかにはほとんど参加していなかったし、知り合いもあまりいない状態でした。(仲良く喋ったりするのは↑の2人を含めて4~5人くらい。)


山崎さんは以前にも登場しましたけど、高浜さんの方を簡単に紹介すると雀風は極端なトップ・ラス麻雀(でC2のカオス化に貢献)、性格はいかにも麻雀崩れっぽい(失礼とは思うけどそうとしか表現できない)感じの人です。(少しフォローしとくと、運営に積極的に参加している人で、対局後に一度家に泊めてもらったことがある。)


僕は最終の飛行機まで2時間ほど余裕があったので、それまでというつもりで飲みに行くことにしました。



2人に連れられて外に出たのですが、どこか近所なのかと思ったらなぜか電車で池袋へ、電話連絡していたので他に誰かいるのか聞いてもなぜか教えてくれませんでした。


それで普通の居酒屋に着いて、何か嫌な予感を感じつつも中に入りました。


すると、通された席にはまだ残暑も厳しいのに白いジャンパーを着て酒焼けとおぼしき浅黒い肌と黒縁メガネの奥にニヤけた眼差しのやしきたかじん が…、もとい最高位戦代表の新津さんがいらっしゃいました。



「なんで新津さんのところに連れて来られたんだ?」


「もしかして最高位戦クビとか?」


「それともサンマのお誘いとか?」(当時の近代麻雀の花摘香里が連載していたマンガの中で、新津さんは悪魔の格好のキャラクターで登場して高レートサンマでかっぱぐ恐い人として書かれていた。)


「それとも何かもっと恐ろしいことが?」


色々な考えが脳裏をよぎり、挙動不審で立ち尽くしていると、意外とフレンドリーに席に着くように勧められました。



よくよく話を聞いてみると、対局後には飲み会をやるのというのが麻雀プロの恒例で、たまたま新津さんとの飲みに連れてこられただけでした。


そこでは麻雀の話題から(誰と誰が仲が悪いとか付き合ってるとかの)下世話な話題まで色々と興味深い話を聞くことができました。


その中でも「(代表としては)単に麻雀が打てる人材よりも、麻雀以外にも色々とできる人材が欲しい」という言葉が非常に印象に残っています


この機会をきっかけに、対局終了後は必ず新津さんの飲み会に(強制的に)参加することになりました。(そして麻雀プロの対局以外での醍醐味を体験していくことに…。)



そうこうしているうちに飛行機の時間はとっくに過ぎ、飲み会もそろそろお開きという雰囲気で、この後どうしようかと考えていると、突然悪魔が現れてこう言いました。


「おい、ちょっとサンマでも遊んでいかないか?」

2011年03月31日(木)

20.勉強会

テーマ:麻雀回顧録

發王戦の敗退後、帰りの飛行機がなくなってしまっていたので、次の日の朝まで時間が空いてしまいました。


それで、4回戦の101の長考王子(全ての打牌で10~30秒の長考)と最高位戦の長考番長(牌をツモった後にタバコに火をつけ、1本吸いきってから打牌)の対決を半笑いで観戦し、その後は会場係をやっていた人が麻雀を打ちたいと言っていたのでそれに加えてもらうことにしました。



ところで、当時の最高位戦には新人の研修会というものがありました。


・希望者のみ参加のリーグ戦(月に2~3回開催)

・旧最高位戦ルール(一発裏ドラなし、ノーテン罰符なし、和了連荘)

・トップを勝ちとし、規定打荘数以上で最も勝率の高かった者に賞金5万円

・2着以下の者から運営費として500円を徴収

・教育係として五十嵐さんと副代表の阪本さん、他にも新津さんやC1以上の人も飛び入りで参加


(主に月曜開催だったので)僕はあまり参加できなかったんですけど、競技麻雀を熟知している人と対戦したり、直接アドバイスを聞けたりするのは非常に有意義でした。(全てが有効とは限らないが、考えるヒントには非常になった。)


また、研修会以外にも有志で集まって勉強会が開催されたりしました。



それでC2の4人で麻雀を打つことになったんですけど、普通のセット麻雀ではなくて勉強会としてブー麻雀をやろうということになりました。(ちょっぴり賭けて、トップ賞とチョンボを場代として供託。)


ブー麻雀に関して、僕は小説の麻雀放浪記で打ってるのを読んだだけだったんですけど、他のメンバーも「ルールは知ってるけど打ったことはない」という感じでした。(参考:天鳳ブー麻雀


で、実際に打ってみたところ、みんなAトップを狙い過ぎて殺伐とした麻雀になってしまった上に、禁止和了でチョンボ頻発という始末でした。(一応みんな麻雀プロなのに…。)(だからみんなツモ専に構えたのかも?)


最初はトーナメント方式対策で条件戦の勉強のつもりだったんですけど、むしろ引き強コンテストみたいになっちゃってました。



それから、勉強会といえば連盟系の某研究会にも一度参加したこともあります。


その研究会は『採譜しつつ対局して、その後に検討する』という形式なんですけど、その内容は結果論と精神論が満載で怪しげな宗教のセミナーみたいな感じでした。


結局、僕対残り全員のケンカみたいな構図で険悪な雰囲気になったりもしたんですけど、これはこれで反面教師として非常に勉強になりました。

2011年03月26日(土)

19.發王戦

テーマ:麻雀回顧録

9月になり、發王戦が開催されました。


リーグ戦以外での対局はこれが初めてということになります。



發王戦は最高位戦が主催するタイトル戦で、トーナメント方式(同一面子で半荘2~3戦を打ち、上位2名が勝ち上がり)が採用されています。


当時は一般予選(トーナメント方式ではない)の勝ち上がり者に最高位戦の全選手と他団体の選手数名が加わって本選を行なうという形でした。(進行に時間がかかる為に1~4回戦は全体を2ブロックに分けてそれぞれを別日程で行なう。)


そして、C2の僕は1回戦からの出場でしたので、朝早くから会場の池袋に向かいました。(C1・Bが2回戦から、Aが3回戦、タイトルホルダーが4回戦というようにシードされている。)



【1回戦】


会場は10卓ほど、各卓にC2が1名と残りが一般予選勝ち上がり者という組み合わせでした。


それと、隣の卓にはなぜか倉田真由美がいました。(当時は近代麻雀に落書きみたいなきったないマンガ書いたり雀荘でバイトしたりして業界をチョロチョロしてた。あと、確証は全くないけどKプロの愛人説とか…。


対局が始まると、1人が2戦ともに突き抜けてしまったのですが、僕は特に危なげなく2着をキープできました。


このトーナメント方式というのは僕の非常に好きなシステムで、元々考え過ぎるタイプだったのが条件戦ということで逆にシンプルに打つことができました。(一般人が相手という全く根拠のない自信もあったかも?)


結果:2-2(1回戦突破)



【2回戦】


2回戦の組み合わせは101の曽根さんとの対戦でした。


101の人との対戦は初めてで、「やっぱり、ツモ和了でもロンと言うのかな?」とか思ったりしました。(結局、ツモの場面は見られず。)


1戦目は僕が3着で曽根さんが2着だったんですけど、(僕だったらシンプルにオリそうなところで)ハイテイずらしや犠打(?)っぽいことを色々とやってて「変な麻雀だなー」と思いました。


2戦目は東場で僕が4000オールを引いた次の局にダマで曽根さんから7700をあがったんですけど、その時に殺されるんじゃないかってくらいにらまれました。(その後も半荘が終わるまでずっと。)


僕は何でにらまれるのかわからなくて(点数申告で「ナナ・ナナ」って言ったからか?)、その後は一切目を合わせないないようにして打ちました。(対局終了後も「あの最高位戦の若いやつは何だ?」と怒ってたと他の人から聞いてかなりビビりました…。)


結果:3-1(2回戦突破)



【3回戦】


3回戦の組み合わせは最高位戦の立川さんとの対戦になりました。


1戦目は2着でしたが、2戦目はいきなり一般の人のダブリーに一発で親ハネ放銃し、最後にはハコ割れしてしまいました。(手は入ってたけど、焦って全部リーチに行ってかわされてしまった。)


そして、対局終了後には副代表の阪本さんに「プロがキレちゃ駄目だ」と懇々と説教をされてしまいました。(僕としてはリーチがかわされたのは結果論でキレてはないつもりだったが、対局中の態度は良くなかったかもしれない。)


結果:2-4(3回戦敗退)



こんな感じで發王戦への挑戦は終了しました。


僕が麻雀で負けて悔しいと思うことはほとんどないんですけど、自分が麻雀プロであることを初めて意識して色々と考えさせられる対局になりました。

2011年03月19日(土)

18.振替対局

テーマ:麻雀回顧録

7月、台風で上京できなかった対局 の振り替えがA・Bリーグと同じ日程で行なわれました。(C1・C2は土曜、A・Bは水曜に開催。)



それでまず驚いたのが、対局が通常の営業が行なわれているフリー雀荘の一角で行なわれているということでした。(C1・C2は別の雀荘で貸し切りだった。)


すぐ隣ではお客さんが普通に麻雀を打っていて、さらに麻雀プロの対局なのに観戦者は1人もいないという状況を目の当たりにして、(麻雀プロの現状や巷の麻雀ファンの意識をよく知らなかった)僕はちょっと複雑な気分になってしまいました。


ただ、Aリーグの対局には採譜者がついていて、その点に関しては普通の麻雀とは違うし、僕にとっては『憧れの舞台』という感じがしました。


一方で僕自身の対局についてはほとんど記憶に残っておらず、おそらく特筆するところもなく4回を打ち終えたのだと思います。(むしろAリーグの対局の方が気になってた。)



それから僕は半荘1回だけ採譜を行なうことになりました。(新人には採譜に参加する義務があったが、僕は九州在住の為にできないでいた。)


岩川さんという方の担当になって、最初はかなり不安だったんですけど、始まってみたらかなり余裕を持って記入できて、最後の方は採譜よりも観戦がメインになっていました。


実際、採譜の作業自体はそんなに難しくはなくて、よっぽど集中力が欠けていたり(対局者がイジワルしたり)しない限りは特に問題が起こることもありません。


最低限、配牌・ツモ(副露)・捨牌(リーチ)だけミスなく記入できていれば、他の最終形・ドラ・シャンテン・持ち点(収支)などの情報は整理牌譜(4人分の採譜を1つにまとめる作業)の段階で埋めることができます。


これは僕のような牌譜マニアからすると、Aリーグの対局を最も間近から観戦できる上に牌譜も手に入るという最高の仕事でした。



ちなみに、採譜者には5級から1級までのランク分けがあり、採譜が半荘4回で3000~7000円、整理牌譜が1回で3000~5000円の報酬が支払われていました。(僕は講習を1度受けただけで4級。)


この額が報酬として高いか安いかはよくわかりませんが、採譜+整理牌譜を4級で換算しても半荘1回あたり7500円の人件費がかかり、Aリーグ・最高位決定戦の他にも發王戦などタイトル戦決勝も採譜を行なうことを考えれば団体側としてはかなりの負担になっていたと思います。

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