神崎 美紅が初めて俺の前に現れたのは、朝霧の濃い湖畔だった。
ここがどこなのかは忘れたけど、学校の移動教室で来ていた。
朝、早く目が覚めたので、抜け出して近くの湖に向かう。
別に、湖に用事があったわけでも無く、水切りでもしようかなとか、そんくらいのこと思って歩いていった。
ところが、いざ湖に着くと先客がいた。
どうやら女の子で、その子はまさに俺がしようと思っていた水切りを、面白くもなさそうにやっていた。
名前は後で知ることになるが、それが神崎 美紅だった。
俺が近づいていくうちに、あっちも俺に気づき目線を向けてきた。
手に持った平たい石を、片手でお手玉をするように投げながら「誰?」と聞いてくる。
「誰?って言われても」と思った。
仮にここで「真ヶ谷 晴です」って言ったところで「あぁ、あの真ヶ谷くんかぁ」となるとは想像できなかった。
だから考えて「移動教室でそこのホテルに泊まってる」と説明してみることにした。
すると驚いたことに「あぁ、あの」と返ってきた。
「藍賀小、だっけ?そこの生徒でしょ?」
「どうしてそれを?」と言う前にその答えが分かった。
「あっ、一緒に泊まってる団体の」
「敷沼中の生徒でーす」とだるそうにピースサインを出された。
それを聞いて、少なからず驚いていた。
「中学生?」
「うん。3つ上くらいじゃない」
とたんになぜだか気恥ずかしくなる。
一方、相手はまたつまらなそうに石を湖面に放った。
だが、その石が弾むことはなく、ズブンと沈む。
「下手っぴ」と俺が言うと「うるさいなぁ、じゃあやってみなよ」と振り返ってくる。
俺は手頃な石を探して投げる。
だが、その石も弾んでいくことはなかった。
当然「下手っぴ」と嫌味たっぷりに言われ、「うるさい」と言う羽目になる。
「だいたい年下がでしゃばって上を越すなんて生意気だよ」
そんなこと言ったらいつまでも追い越せないじゃないか。
「だってさ、もし中身で私が負けてるなら、私が下に勝てるわけないじゃん。老いて先に死ぬのは私だよ」
勿論、実際問題はそんな決めつけは出来ないんだけど、そんなことを言うこともできなかった。
だって何年経ったとしても、年齢差は埋まらない。
実際、先に20才を迎えるのは彼女が先だしね。
「じゃあ、わざと“負けて”あげれば良いんじゃない?実力はあるけど、下のために負けてあげました、って」
我ながら名案だと思ったけど「それって、ただの言い訳に聞こえるんだけど」と言われて少し落ち込む。
その人は再び川に石を投げる。
放物線を描き、豪快な音を立てて沈んだ。
どうやらわざと水の中へ投げ込んだらしい。
「私はね、したいからそうするの。私だけの基準っての持ってるの。例えば、女は自分から告白した時点で負けだと思ってる」
というところで一度話を切り、こちらを見つめた。
あれ?っと思いもしかして..と憶測する。
告白しろって言ってる?違う?
「他人は勝手に判断しなきゃ良いんだよ。私のその中なんてどうせ分からないんだから」
でも、告白なんて覚悟、出来るわけもなく、そのままなんでもないように話は進んでしまった。
「でも比べるなってほうが無理だから、だから下はでしゃばって来ないでくれる?」
「・・結局それ?」
「そろそろ戻らないとヤバそうかな、私、先に行くよ」
そういって歩いていく彼女に、声をかけたかったんだけど、思い浮かばなかった。
でしゃばりたくても、でしゃばるほどの経験も力量もなかったんだ。
だから無言で手を振ることしかできなかった。
神崎 美紅が次に目の前に現れたのは、その移動教室の最終日だった。
朝、食堂で俺がクラスメイトと朝食を食べていると「ねえ」とやって来た。
周りの友達よりも俺の方が驚いていた。
「今日帰るんでしょ?」
「まあ」
「だよね」と言って座ってる俺の肩に手を置いてくる。
瞬間、心臓がドラムロームのように高鳴った。
「しょうがないから、今回は負けてあげる」
そう言って俺のフードごしに背中を叩いた。
「痛っ!」と言う俺になんの反応も示さず、彼女は歩き出す。
「あっ、そうそう。私の名前もそこに書いてあるから」
「そこ?」
でも、彼女はそのまま行ってしまい、詳細は聞けなかった。
当然、周りは「誰あれ?」「誰あれ?」の嵐になる。
それから逃げるために、行きたくもないトイレに行く羽目になった。
トイレを選んだのは、別に理由も無かったんだけど、その理由もない状態のまま鏡を眺めた。
「あれっ?」と気付いたのはフードの中だった。
灰色のパーカーのフードの中が赤色に見えた。
手を入れてみると、そこには赤い1枚のメモが入っていた。
メモには彼女の名前とアドレスがかかれている。
「ああ、そういうことか」
負けてあげるってこれか。
女である自分からのアプローチ。
あるいは上である自分からのアプローチ。
彼女は自分が嫌うやり方をあえて使ったんだ。
気づくと俺は笑っていた。
たった数分間しか関わってないのに、彼女のことが分かった気がしたから。
「他人は勝手に判断しなきゃ良いんだよ」って言う彼女のことだ。
そんなことを言えば怒りだすんだろうけど。
俺はそのメモを持ちながら、しばらくそのまま眺めていた。
次、神崎 美紅の目に、俺が映るのはいつだか、それはまだ分からない。
でもそれは、きっと近いミライになる。
きっと、どっかの誰かがでしゃばる。
:*:*fin*:*:
同じテーマの最新記事
- ーdubー 05月11日
- ーP.P.Fー 04月28日
- ー彼はイケメンである。絡みはまだないー 04月27日


